50.バレてしまった頼れる甥っ子
つくづく自分は面倒臭い男だ――源蔵は自宅バスエリアのミストサウナ室内で天井を見上げながら、ずっとそんなことばかりを考えていた。
少し前までは、あらゆる女性は恋愛対象となる男を顔基準だけで決めていると思い込んでいた為、自分の様な不細工は最初から眼中には無いものだと頑なに信じていた。
ところが操や美智瑠、或いは晶といった面々が源蔵をひとりの異性として好ましく思い、アプローチを仕掛けてきている雰囲気を感じ取ると、今度は不細工を理由に別れを切り出される可能性が怖いといい出して、女性からの好意に疑惑を抱こうとした。
だがいずれの場合も、源蔵本人の自信の無さを女性側に原因があると勝手に転換し、己を被害者に仕立て上げようとしていただけに過ぎない。
結局は、自分が悪者になりたくなかっただけなのだ。
(僕に女性との縁が無かったのも、単に三回フラれただけが原因やないよな……)
寧ろその後は、自分にこそ原因があった。
何かと理由を付けて女性との関係性を遠ざけ、否定し、常に自分こそが酷い目に遭わされた可哀そうな奴だと思い込んできた。
そう思うことでしか、己を正当化出来なかった。
しかし今は、どうか。
女性から好意を向けられた時、その気持ちを素直に受け取って、応えることが出来るか。
(いや……やっぱ無理や。頭では分かっても、気持ちが追い付かん)
悪いのは己の被害妄想だ。操も美智瑠も晶も、誰ひとりとして悪くない。
それでも、矢張り駄目だった。
どうしても先に、傷つきたくないという防衛本能が働いてしまう。
(僕のことはさっさと諦めて、早く他にエエひと見つけて下さいっていうしかないかな)
正直、かなり惜しいと思う。
操も美智瑠も晶も、揃って美人で揃って努力家で、誰もが羨望の眼差しを送る素晴らしい女性達だ。こんなチャンスはもう二度と巡ってこないだろう。
それでも、いつまで経っても煮え切らない自分なんぞに執着するよりは、早く別の男性に視点を切り替えて貰った方が彼女達の為だと思う。
なびかない男に若い女性らの時間を無駄に浪費させてしまうのは、大罪だといって良い。
(僕の女性に対する自信の無さは、これはもう多分一生治らん。こんなことの為に、あのひとらが結婚適齢期を逃してしまうのはアホみたいな話や)
相当な自惚れだと自分でも自嘲したくなったが、それでも矢張り、これは絶対に伝えるべきだ。
惜しいだの何だの、いっている場合ではない。
源蔵は汗まみれの頬を両手で軽く叩いて自らに気合を入れた。
◆ ◇ ◆
入浴を終えた源蔵は、カレンダーに視線を走らせた。
既に年末を迎えようとしているこの時期、女性らはクリスマスに何らかの行動を起こすことが考えられる。その前に決着をつけておいた方が良いだろう。
しかし何とも贅沢な話だ。
自分の様なブサメンが、美女を振る側に立つことになろうとは――皮肉にも程があるだろう。
そんなことを考えながら冷蔵庫からビールを一本取り出したところで、スマートフォンから着信音が鳴り響いた。見ると、長らく顔を合わせていなかった叔父からだった。
「おぉ源蔵君。久しぶりやね」
「叔父さんこそ、お元気そうで……で、急にどないしはったんです?」
この着信相手の叔父は幾つかのアパートやマンション、駐車場などを経営する資産家で、その資産総額は源蔵を遥かに上回る。
しかしながら気さくで話し易い相手であり、源蔵とは盆や正月に酒を酌み交わす仲であった。
その叔父が妙に困った様子で、電話口の向こう側で低く唸っている。
何事かと問いかけると、近々取り壊そうとしているアパートで問題が起きているというのである。
「実は長いこと家賃を滞納してるお嬢さんが居てはってな……他所へ越して貰おうにも、手持ちの残金が全然無うて、どうにもならんとかいうとるんや」
その女性は今年の春に高校を卒業したばかりのフリーターで、就職はせずに何とかアルバイトで食いつないできたらしいのだが、そのアルバイト先が先月潰れてしまい、今は収入減が無いのだという。
彼女の名は、蕗浦美月といった。
「何か、先月から体調崩して次のアルバイトを探すのもままならんそうやねんけど、せやからいうて、いつまでも居座られんのもなぁ」
「……一体、どんなご家庭環境なんですか?」
聞くところによれば美月は母子家庭らしいのだが、母親が美月の高校在学中にオトコを作って失踪しており、以来ひとりで学費と生活費を稼ぎながら辛うじて生活してきたのだという。
しかし母親が方々で消費者金融に手を出していたらしく、その返済にも追われていた為、家賃の滞納が半年近く続いていたとの由。
「わしもなぁ、エエ伝手無いか色々探しとんのやけど、これが中々見つからんでなぁ」
「ほんで、僕に相談してきはったっちゅう訳ですね……いっぺん、お会いしてみましょか?」
源蔵がそう申し入れると、叔父は電話口の向こうで申し訳無さそうに笑った。
「頼まれてくれるかぁ。いつも済まんなぁ。こないな時、頼れんのはやっぱ源蔵君だけやわぁ」
そんな訳で、源蔵は明日の土曜、早速件のアパートへ足を運ぶことにした。
◆ ◇ ◆
美月が住んでいるアパートは、比較的近かった。
源蔵の自宅からは、車で10分とかからなかった。
アパート前の路上に愛車を止めて、美月の部屋のインターホンを押した。
しばらくして、オレンジベージュのレイヤーボブが乱れに乱れた、ほとんど下着だけに近い部屋着姿の女性が姿を現した。
顔立ちは悪くない。いや、寧ろ結構な美人だといっても良い。しかしその表情は険しく、鋭い警戒心に満ちていた。
いきなり強面の眉無しスキンヘッドの巨漢が訪れてきたら、誰でもそんな反応を示すだろうが、彼女の場合は特に強い敵意が感じられた。
「えっと……どちら様?」
「楠灘といいます。こちらの大家さんに頼まれて、様子を見に来ました」
その瞬間、美月は奥歯をぐっと噛み締める表情を見せた。
彼女の瞳には、絶望の色が見え隠れしていた。




