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48.バレてしまったデキる男

 翌週、平日の夜。

 源蔵はリロード二階の住居スペースでひとり、スマートフォンを弄っていた。

 この日はいよいよ、操の両親が彼女に会いに来るという日だった。

 既に源蔵は、操が店舗に案内してきた両親とはリロードのオーナーとしての挨拶を簡単に済ませている。

 後は操と隆輔に全てを任せた形で、二階に腰を落ち着けたという訳だ。

 源蔵は何かあった時の対応の為に居残っているだけで、基本的には出番は無い。


(週末限定ボドゲカフェはエエ感じやったな)


 この数日前に、リロードで最初の週末限定ボードゲームカフェの経営が始まった。結果は上々で、想定以上の盛況を得ることが出来た。

 早菜と詩穂による各ゲームの解説も非常に手際良く、こなれている感じが伺えた。

 聞けば早菜は高校から大学時代にカードゲームショップでアルバイトをしていたことがあるらしく、対戦スペースで来店客にルールの説明をしたり、実際に対戦相手となって遊んでやるなどの経験を積んでいた模様。

 一方の詩穂は、同人誌即売会で鍛えた購入客への対応経験を遺憾なく発揮した。更にはオタクとしての知識も総動員し、多くのゲーマー客に満足の笑みをもたらしていた。

 このふたりが今後もボードゲームカフェ開催時のスタッフとして入ってくれるのであれば、かなり安心することが出来る。

 冴愛と徹平も少しずつ色々なゲームのルールやセールスポイントなどを勉強し始めており、ゆくゆくは戦力としてひとり立ちしてくれるだろう。


(どんどん夢が広がるなー。冴愛ちゃんに料理教えて二号店とか立ち上げたろか)


 そんなことを考えていると、不意に階段を上って来る足音が鳴った。何事かと振り向くと、隆輔が幾分切羽詰まった様子で源蔵を呼びに来た様だ。


「すみません、楠灘さん。すぐ、下りてきて貰えますか?」


 一体何かあったのかと問いかけると、操の両親が、このリロードを買い取りたいと申し入れてきたというのである。


(買い取る? 何で?)


 内心で小首を捻りつつ、源蔵は隆輔と共に階下へ足を運び、再び操の両親と顔を合わせた。

 どうやら操の両親は、自分達の娘が働くこの店がよく知らない他人の名義であることに不安を覚え、出来ることなら娘の為にも買い取ってやりたいとの意向を示しているのだという。


(まぁ、その気持ちは分からんでもないけど)


 見るからにチンピラ若しくはヤクザな外観の源蔵がオーナーを務めていることに、相当気を揉んでいるのだろう。自分達の大切な娘がヤクザ運営の店で働いているのではとの疑いを抱いたとしても、それはそれで仕方の無い話だった。


「大変恐れ入りますが、こちらの建物と土地の売買契約書をお見せ頂けないでしょうか? 今すぐには全額とまではいかないと思いますが、何とかしてお支払いさせて頂きますので……」


 操の父が如何にも恐々といった感じで申し入れてきたが、源蔵は内心、


(え……あれ、見んの?)


 と、幾らか焦ってしまった。

 恐らく操の父は、自分達の貯金で何とかなる額だと踏んでいるのだろう。しかし事実は違う。源蔵がこの家屋を買い取った金額は2億だ。

 隆輔もその事実を知っているからだろうか、物凄く焦った表情で源蔵の顔を見つめてきた。

 一方、操は不思議そうな面持ちで凝り固まっている源蔵と隆輔の顔を交互に見比べている。そういえば彼女には買取金額については一度も話したことが無かった。

 ということは、操も、そして彼女の両親も、リロードとその家屋の買い取り額を相当低い値で見ている可能性がある。


「えっと……何か、お困りなんでしょうか?」

「あー、いや、まぁ、お見せするにはしますけど……あんまりお勧めは出来ませんので……」


 源蔵が乾いた笑いを漏らすと、隆輔も相当引きつった顔で同じ様な笑みを浮かべていた。

 そうして源蔵が二階からリロードが入っている家屋と土地の売買契約書を持ってくると、そこに記されている金額に操も、彼女の両親も唖然としてしまって、しばらく声が出なくなってしまった。


(そら、そうなるわな……)


 源蔵は、もうどうにでもなれという心境で、自分で淹れたコーヒーをすすっている。

 すると操が、明らかに動揺した様子で問いかけてきた。


「え……でも確か、楠灘さんがここを買い取ると決めてから実際に手続きが進むまで、たった二週間ぐらいでしたよね? もしかして、その二週間で、2億もご用意されたんですか……?」


 操が呆然と問いかけてくる。源蔵は嘘をつく訳にもいかない為、仏頂面で頷き返した。


「そういえば……確か美智瑠ちゃんと晶ちゃんが、楠灘さんの総資産額が52億とかどうとかいってた様な……あれって私、てっきり冗談かと……」

「んえぇ? ご、52億? それは俺も初耳です! 楠灘さん、そんな大資産家だったんですか?」


 今度は隆輔が度肝を抜かれた様子で声を裏返した。

 源蔵は、何だか嫌な流れに傾き始めている空気に渋い表情を浮かべた。本来なら操が隆輔を自分のカレシだと紹介するだけで終わる筈だった今宵の顔合わせ。

 それがどうして、こんな話になっているのだろう。


「た……大変、失礼しました……まさか、そんな大金だったとは露知らず……」


 操の父親もすっかり諦めた様子で、がっくりと項垂れている。

 ところが操は、何故そんな額でこの家屋と土地を買ったのかと、驚きと困惑の表情で尚も問い詰めてきた。


「いや、速攻で勝負かける必要があったからですよ。あの時、もう全然運転資金無くて、次の月にはもう立ち退かんとあかんかったんでしょ? それやったら、前のオーナーさんが一発でOK出してくれる金額を提示せなあかんかったんですよ。それでまぁ、流石に2億出しゃあ文句いわんやろと思いまして」


 すると、その時だった。

 操の両親が、背筋を伸ばして姿勢を正した。ふたりは揃って神妙な面持ちで源蔵の強面をじぃっと見つめてくる。


「恐れ入りますが、楠灘さんは普段、どの様なお仕事をなさっておいでで……」


 まさかそんなことまで訊かれるとは思ってもみなかった為、源蔵は正直に己の勤務先や現在の職制、業務内容について正直に答えた。

 更には親から受け継いだ資産についても、話さざるを得なかった。決して不正なカネでリロードを買い取った訳ではないことを、操の両親に説明する為である。


「あ、それでね、お父さん。楠灘さんは私をストーカーから助けてくれたの。ここの二階に住ませて貰ってるのも、そのストーカーから私を守る為なんだ」


 加えて操は、自身の料理の技術も全て源蔵から教えて貰った点を付け加えた。勿論、源蔵が調理師免許を持っていることもこの場で暴露されてしまった。

 操がまるで我が事の様に嬉しそうな表情でひと通りの説明を終えると、操の両親の態度や表情にかなりの変化が生じていた。

 当初は源蔵をヤバそうなスジの男だと見ていたらしいのだが、今ではすっかり心酔したかの様な顔つきとなっている。

 源蔵は内心、拙いと低く唸った。


「なぁ操……その、ちょっと、考え直す気は無いか? いや、藤浪さんが御立派な方だというのはわしも重々承知しているんだが、こちらの楠灘さんも、ひとりの男性としては非常に魅力的で、素晴らしく男気のある方だと……」

「いやいやいや、何をおっしゃってるんですか。神崎さんがお付き合いされている方の前で、その様なことを持ち出されるのは失礼ですよ。おふた方とも、少し冷静になって下さい」


 全く予期しなかった展開に、源蔵は狼狽した。

 操の両親のみならず、操も何故か変に期待する様な眼差しをこちらに向けている。

 親子揃って一体何を考えているのかと、源蔵はただただ困惑するしかなかった。

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