46.バレてしまった洒落にならん顔
リロードでの週末限定ボードゲームカフェ開業まで、あと数日と迫った或る日。
入浴を済ませてそろそろベッドに入ろうかとしていたところに、ラインの着信音が鳴った。
「夜分遅くにすみません。少し、お電話宜しいでしょうか?」
操からのメッセージだった。その文面に、どこか切羽詰まった雰囲気が漂っている。
何事かと眉間に皺を寄せながら、源蔵はOKの返事を打ち込んだ。それから程無くして、今度は音声通話の着信コールが鳴り響いた。
「はい、もしもし。珍しいですね、こんな時間に」
「すみません楠灘さん。どうしても、御相談したいことがありまして」
回線の向こうで、操が本当に申し訳無さそうな顔をしているのが、何となく想像出来た。
源蔵はまだ就寝前だから全然問題無いと笑った上で、改めて用件を訊いた。
「実は来週、うちの両親がこっちへ来るという連絡がありまして……」
その口ぶりから、リロードを臨時休業したいという申し入れだと勝手に解釈した源蔵。今のところ利益は十分に上がっているから、一日や二日休んだところで全く何の問題も無い。
「あぁ、それなら二日ぐらいお休み頂いても結構ですよ。親孝行してあげて下さい」
「いえ、その……ちょっとそういう問題ではなくて……」
ここで僅かに言葉を濁らせた操。次に出すであろう言葉に対し、何やら勇気を振り絞ろうとしている雰囲気が感じられた。
「それで私……親に、恋人か婚約者を紹介しなくちゃならなくって……」
「ん?」
源蔵は思わず、小首を捻った。
だいぶん予想の斜め上な展開に雪崩れ込もうとしている空気が漂っている。
何となく嫌な予感がしないでもなかったが、しかしまずは操のいい分を聞こうと考え、彼女からの申し入れを更に待つことにした。
「で、ですね……その……もし出来ればで良いんですけど……その……楠灘さんに、私の、カレシ役を、お願いしたくって……」
「神崎さん、それだけはやめときましょう」
源蔵はやや食い気味にずばっと拒絶した。
対する操は、電話回線の向こうでしばし沈黙に陥っている。
(何をいい出すかと思うたら……)
操には聞かれぬ様にと、マイクから離した位置で静かに溜息を漏らした源蔵。
如何にリロードのオーナーであり、操の雇用者であるとはいえ、流石にこの役だけは絶対に引き受けてはならないと瞬間的に判断を下していた。
「あの……御免なさい。やっぱり、駄目ですよね。私なんかの、恋人として見られるなんて……」
「あのね神崎さん。常識的に考えて下さい」
源蔵はここでビデオ通話をONに切り替えた。
画面の向こうには、ラベンダーベージュのロングレイヤーカットをルームヘアバンドで押し上げている操の姿があった。
「この面、よう見て下さい。何も知らんひとが見たら、どんな風に思います?」
ところが操は、不思議そうに小首を傾げるばかりだった。
これは駄目だ――源蔵はやれやれとかぶりを振って、少しばかり語気を強めた。
「神崎さんはもう見慣れてしもうてるからピンとけぇへんかも知れませんが、普通一般的に見たら、僕の顔はスジモンですよ。めっちゃガラ悪いチンピラですよ。そんな奴が恋人とかいうて現れたら、絶対御両親びっくりしますよ。そこ説明するだけで多分二、三時間かかりますて」
「え……そう、でしょうか……?」
尚も怪訝そうに眉を顰める操。
これは相当重症だ。
本人は相当な美人なのに、男を見る目が色々とアレな部分もある所為で、少々感覚がズレているのだろう。
「いや、ホンマに絶対やめた方が良いですって。下手したら御両親、心臓発作起こしてしまいますよ」
「あ、大丈夫です。うちは父も母も至って健康ですから」
この期に及んで尚もズレた発言を繰り返す操。
しかしここで根負けしてはならない。
「兎に角、僕は駄目です。神崎さんと御両親が喧嘩になるのを黙って見とく訳にはいきませんので」
と、ここで源蔵は別の視点に頭を切り替えた。
そもそも何故操は、いきなりこんな訳の分からないことを持ち掛けてきたのだろうか。
その点について訊いてみると、操はバツが悪そうな表情で頬を掻いた。
「実は私、30になるまでに結婚相手を見つけることを条件に、家を離れてたんです……」
少し前ならば、元カレの健一を紹介して事無きを得る筈だった。
ところがその健一は店の資金を持ち逃げした上に、源蔵に逆切れをぶちかます様な最低のヒモ男と化してしまったから、今更あの男をカレシなどといって紹介する訳にはいかない。
では誰を恋人に仕立て上げて両親の追及を躱そうというのか。
そこで思いついたのが源蔵だった、ということらしい。
「本当にすみません。私的には、楠灘さんしか居ないって思ってて……」
「そこで僕一択ってなる発想がよう分からんのですけど……藤浪さんでエエやないですか」
その瞬間、操は明らかに不服そうな表情を浮かべた。
「え……だって楠灘さん、私が隆輔と一緒になるの、嫌だっておっしゃってたじゃありませんか……」
「あの時はそういう事情があるなんて知らんかったからです。けど今は、んな悠長なこと、いうてられへんでしょう?」
源蔵の言葉に、操は苦しげな色を浮かべて僅かに俯いた。
誰がどう見ても、操の恋人役には隆輔こそが相応しい。過去に源蔵は隆輔と操が急接近したことで多少機嫌を損ねたこともあったが、今はそんなことをいっていられる状況ではなかった。
操がリロードに残りたいと求めるならば、源蔵の感情などに拘っている場合ではない。
「兎に角一旦、藤浪さんも呼んでお話しましょ。あのひとは物分かり良いから、きっと相談に乗ってくれますって」
「……はい、分かりました」
尚も操は納得がいかない様子ではあったが、源蔵の言葉には渋々従うことで何とか合意した。
(僕は飽くまでもオーナーとして御挨拶するだけやからな。下手に男女の仲とか、そんな方向に話持っていってしもたら、荒れまくってしゃあないわ)
源蔵は不細工であり、強面であり、そして今はスジモンにしか見えない己をよく理解している。
だからこそ、絶対に操のカレシ役など引き受けるべきではない。
己の外観を誰よりも良く理解し、弁えているからこその判断だった。
(僕がカレシ? いやいや、洒落にならんて、んなもん)
女性との恋愛に憧れたのは、もう過去の話だ。
今の自分は、色恋の世界に足を踏み入れてはならない――それだけは自信を持っていえた。




