43.バレてしまった不甲斐無さ
夜、源蔵は自宅リビングでソファーに寝そべりながら、パノラマビューの窓から東京都心部の夜景を静かに眺めていた。
今宵、彼は晶と美智瑠からの連絡を待っていた。先日受験した情報処理資格試験の結果が、この日に判明する予定だった。
晶も美智瑠も、手応えは十分にあったと笑っていた。だから然程に心配はしていなかったが、それでも矢張り合否がはっきりするまではどうしても不安が付き纏ってしまう。
(直前にやった模試でも、余裕で合格圏内の点が取れとったから、大丈夫やとは思うけど……)
それでも何が起こるか分からないのが本番というものだ。
ちょっとしたミスや気の緩みが、まさかという結果に繋がることも珍しくはない。
だから源蔵としても、本人達からの報告があるまではどうにも気が気でならなかった。
(こんな緊張すんの、いつ以来やろな……)
自分のことではほとんど緊張することがなくなってきた源蔵だが、友人達の試験の合否は、いうなれば源蔵自身の力が関与していない訳だから、己の手でどうすることも出来ない。
それだけに、余計に不安が募ってしまう。
自分のミスで、自分自身に関わることが失敗するならば幾らでも受け入れられるが、今回は晶と美智瑠の個人経歴に関わる問題だから、尚一層不安が尽きなかった。
そうしてひとり悶々としながら待ち続けていると、遂にスマートフォンの着信音が鳴った。
源蔵はほとんど秒に近しい速さで手に取り、応答ボタンをタップした。
「楠灘さーん! やったー! やりましたー! 受かりましたー!」
「合格、しました! あたし、受かってました……!」
最初に美智瑠からの派手な歓喜の声、次いで晶の若干控えめな合格を知らせる喜びの嗚咽。
どうやらふたりは、どこかの部屋で一緒に通話をかけてきたらしい。
よくよく着信番号を見てみると、晶のスマートフォンの電話番号だった。
「おふた方とも、よう頑張りはりました。素晴らしいのひと言です。ホンマに、おめでとうございます」
どっと疲れが出た様な感覚が、源蔵の全身に圧し掛かってきた。
やっとプレッシャーから解放された気分だった。
「あ、楠灘さん! ビデオ通話にしてもイイですか?」
源蔵が答える間も無く、美智瑠が通話機能を切り替え、その画面上に美智瑠の笑顔と晶の泣き笑いの美貌が画面上に現れた。
どうやら誰かの個人宅の室内の様だが、そこに居たのは晶と美智瑠のふたりだけではなく、早菜と詩穂の姿もあった。
四人で祝いの宴席でもやろうという訳だろうか。
「えへへへ~……実はあたし達も、受かってたんスよ~!」
晶と美智瑠の間から顔を覗かせる格好で、詩穂が嬉しそうにギャルピースをキメていた。
そういえば詩穂と早菜も、途中から一緒になって勉強を始めていたから、もしかするとという予感も無くは無かったのだが、まさか本当に受験していたとは思っていなかった。
「楠灘さんがいつも丁寧に教えて下さってたから、途中参加の私達でも、しっかり合格出来ましたよぉ!」
早菜も素直に喜びを弾けさせている。
源蔵は脱力した様にソファーに上体を預け、二度三度と頷き返した。
「皆さん、ホンマによう頑張らはりました。僕も嬉しいです。近いうちに、お祝いせんとあきませんね」
「いえ、それよりも……お祝いというか、感謝のありがとう会がしたいです」
晶が目尻を拭いながら静かに笑みを浮かべた。
しかし源蔵は、そういうのはやらなくて良いとかぶりを振った。
「頑張ったのは皆さんですから、皆さんをお祝いせなあきませんって……僕がちょっとお勧めの店に予約しときますから、皆さんで美味しいご飯、食べてきて下さい」
ところがそんな源蔵に対し、晶が僅かに不安げな表情を返してきた。
「え……一緒に祝って下さらないんですか?」
「僕は、えぇっと、何っちゅうかですね、ちょっと行きにくいっちゅうか……」
源蔵は苦笑を浮かべながら剃り上げた頭をぺたぺたと叩いた。
既に俊雄が散々源蔵の過去を暴露し、相当に悪いイメージを彼女らに植え付けている筈である。そんな状況でのこのこ顔を出すなど、気まずいにも程があった。
すると、美智瑠が眉間に皺を寄せ、頬を僅かに膨らませる様な仕草で唇を尖らせた。
「あー、分かった……あの、小林さんってひとが余計なことベラベラ喋ってるから、それが気になってるんですね?」
「まぁぶっちゃけ、そうです」
源蔵は渋面を浮かべて小さく肩を竦めた。
一瞬、僅かばかりの間が生じた。が、その直後には晶と詩穂が、あんな奴のいうことなんて気にするなと逆に励ましてきた。
「っていうか、実は昨日もリロードでべらべら五月蠅かったから、美智瑠さんがとうとうキレて、あのひと追い出しちゃたんスよ」
詩穂がけらけら笑いながら、美智瑠の小脇をつんつんとつついた。
美智瑠は美智瑠で柔らかくて豊かな乳房をスウェット越しに大きく揺らしながら、ぐいっと胸を反らせた。
「操さんも、楠灘さんが全然リロードに来てくれないーっていって寂しがってましたよー?」
「そういう訳ですからセンセ。気にしないで下さい」
晶もまだ少し涙目ながら、にっこりと微笑んできた。試験勉強期間中の彼女は源蔵を先生呼ばわりしており、妙に心酔した様子を見せることが多かったが、その姿勢は今も健在らしい。
「この際だから、リロード貸し切りにしちゃいましょうか。操さんもきっと、私達の合格記念パーティーだっていったら協力してくれると思います」
早菜の提案に、他の女子三人が歓声を上げて賛同した。
もうこうなってくると、事実上開催が決まった様なものであろう。
「ね、センセ。お願いだから来て下さい。でもって、あたし達の頑張り、褒めて下さい」
晶が熱っぽく訴えてくる。
こうまでいわれると、源蔵としても流石に断り辛い。
「そうですねぇ……ほんなら、今度の土曜にでもやりましょうか」
源蔵の応えを受けて、女子四人は画面の向こうで大喜びして騒いでいる。
その一方で源蔵は、尚も苦笑が消えない。
(エエ歳こいて、気ぃ遣われてしもたなぁ……不甲斐の無い話やわ)
情けなくはあったが、同時に何故か、嬉しくもあった。




