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42.バレてしまった大学時代

 翌日の昼休み、源蔵はコンビニへと昼食の買い出しに出かけた。

 その際、康介と詩穂が追いかけてきて、左右に肩を並べた。


「楠灘さんっていつも、コンビニなんですか?」

「ん~、その日によりますねぇ」


 詩穂に答えつつ、源蔵は行きつけのコンビニ内を遠目に覗いてみた。いつもこの時間はそれなりに混んでいるのだが、今日は比較的空いている様だ。これはラッキーかも知れない。

 そんなことを思いながらふたりの部下と雑談を交わしつつ信号待ちしていると、後方から余り聞きたくない声が飛んできた。


「あれ? もしかして、楠灘?」


 振り向くと、そこに第二システム課へと配属された中途採用社員の小林俊雄(こばやしとしお)が幾分驚いた様子で佇んでいた。


「あー、やっぱ楠灘じゃん。頭剃ってるから、一瞬分かんなかったよ」

「お久しぶりですね、小林さん」


 一応笑顔で会釈を返したものの、内心では渋面を浮かべている源蔵。

 俊雄は当たり前の様に詩穂の隣に立って、彼女に源蔵の同僚かと問いかけている。


「いえ、部下です」

「へぇー、部下ってことは……楠灘、お前、役職就いてんの?」


 意外そうな面持ちで問いかけてきた俊雄だったが、信号が青に変わった為、源蔵は聞こえないふりをしながら車道へと踏み出した。

 その俊雄に、詩穂が幾分怪訝そうな面持ちで問い返していた。


「えっと……課長のお知り合いの方なんですか?」

「え……課長? 楠灘って、課長やってんの?」


 俊雄は、そんな馬鹿な話があるのかといわんばかりの驚き具合だった。その表情には直前まで、源蔵に対してマウントを取ってやろうという色が明らかに見え隠れしていたから、当然の反応ではあっただろう。


「ふぅ~ん……お前なんかが課長ねぇ……」

「あのぅ、さっきから凄く失礼ないい方されてますけど、どちら様ですか?」


 詩穂が結構な強気で問いかけると、俊雄は一瞬だけむっとした表情を浮かべてから、すぐに愛想笑いへと変じて探る様な目つきを返してきた。


「あ、俺は小林。第二システム課にキャリア採用で入ったばかりなんだよね。楠灘とは大学のゼミで一緒だったんだよ。俺の方がひとつ上で、楠灘は俺の後輩だったんだ。な、楠灘?」


 わざわざ源蔵に念を押してくる辺り、詩穂に対しても何とかして、自分の方が源蔵より上だという印象を与えたかったのかも知れない。

 しかし源蔵は、まぁそうですねと軽く応じただけで、それ以上は何もいおうとはしなかった。

 詩穂と康介もなるべく相手にしない様にと努めているのか、俊雄からの言葉には適当に受け流すかの如く、曖昧な相槌を返すばかりである。


「俺さー、前の会社で200人規模のプロジェクト引っ張ってたんだけど、給料がやっすいとこでさー。イイ加減やってらんなくなって、転職してきたって訳よ」


 訊いてもいないのに、やたらと人数自慢を押し付けてくる俊雄。

 源蔵は表情を崩さなかったが、詩穂は辟易した様子を見せ始めていた。

 一方、康介は俊雄の見えない位置で小さく肩を竦めている。その面には、やや侮蔑の色が浮かんでいる様にも見えた。


◆ ◇ ◆


 翌日になって源蔵が出社すると、まだ始業時間前だというのに、詩穂が幾分不機嫌そうな面持ちで課長席へと足早に歩を寄せてきた。


「楠灘さん、ちょっと愚痴、イイですか?」

「何かあったんですか?」


 若干驚きの色を湛えて源蔵が問い返すと、詩穂は盛大な溜息を漏らした。

 曰く、俊雄が昨晩、リロードに来店したのだという。

 どうやら彼は、源蔵の第二システム課時代の同僚である啓人から源蔵の白富士での業績や過去について色々と問いただしたらしく、その中でリロードの存在も知ったらしい。

 そんなこととは露とも知らなかった詩穂は、駅前で早菜と合流してからリロードへ足を運んだ。

 昨晩は他に美智瑠と晶も来店していたとの由。ふたりは先日行われた某情報処理資格試験の答え合わせの為にリロードを利用していた様だ。

 そこへ、俊雄が現れた。

 彼はリロードの雰囲気や、操が淹れたコーヒーの旨さを褒めつつ、大学時代の源蔵についてあれこれと語り始めたのだという。

 本人曰くは、皆が知らない大学時代の源蔵の一面を教えてやるということで、半ば思い出語りみたいなものだと笑っていたが、その内容は明らかに源蔵に対する悪口のオンパレードだったらしい。

 特に、源蔵が三度目の失恋を喫した女子大生の話で、俊雄がその女性とすぐに恋仲になったというくだりは聞いていて腹が立ったと、詩穂は相当におかんむりな様子を見せた。


「何なんですか、あのひと……ホント、失礼極まりないですよね。ああやって課長の過去を暴露して、マウント取ったつもり?」


 尚も詩穂は怒りが冷めやらぬといった調子で、ぶつぶつと文句を並べていた。


「誰にだって嫌な過去とか恥ずかしい経験なんてありますよ。それいい出したら、あたしなんてほとんど真っ黒な黒歴史だらけですよ?」

「まぁ小林さんからしたら、大学時代は自分の方が上やったのに、っていうのがあるんとちゃいます?」


 源蔵は苦笑を漏らしながらも、詩穂が味方してくれていることに対して心底嬉しく思った。

 あの場に居た美智瑠、晶、早菜、操が俊雄の話をどの様に受け取ったのかは分からないが、少なくとも目の前で怒りをぶちまけている彼女だけは間違い無く、源蔵の側に立ってくれている様だ。


「他のひとが小林さんの話を信じたかどうかは知らないですけど、あたしは絶対、最後まで楠灘さんの味方ですからね!」


 そのひと言を最後に、詩穂は自席へと戻っていった。

 だが実際、詩穂以外の面々が源蔵の過去を知り、幻滅し、或いは軽蔑したとしても、それはそれで仕方の無い話であろう。

 他人の過去をどう捉えるかは、そのひと自身の感性によるものだ。源蔵があれこれ弁解したところで、きっとその評価は変わらない。

 ただ、リロードに足を運びづらくなったのは事実だ。正直、かなり気まずい。


(もうエエか……園崎さんと雪澤さんの資格試験勉強も、ひと段落ついたことやし)


 そういえば、あと何日かすれば晶と美智瑠の合否が分かる筈である。

 せめてその結果ぐらいは見届けるつもりだが、その後どうするかは本人達次第であろう。


(僕が過去に三度、手酷い失恋喰らったって話は前にもしてあることやし……今更やな)


 源蔵は、俊雄に色々暴露されたからといって取り繕うつもりは無かった。

 仮に、俊雄の話に感化されて源蔵と距離を置きたくなったというのならば、それはもうどうにもならない話であろう。

 少なくとも、統括管理課の部下達は依然として源蔵を信じて一緒に仕事をしてくれているのだから、それだけで満足すべき話だった。

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