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4.バレてしまったカフェオーナー

 源蔵がオーナーとなって再スタートを切ったカフェ『リロード』は上々な滑り出しを見せた。


「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー」


 客を出迎える操の笑顔は、以前よりも更に明るくなった。

 同時に彼女は、それまで以上の忙しさに手応えを感じている様子でもあった。

 店のチラシを各所に置いて貰ったり、従来の常連客らに閉店撤回の話を広めて貰ったりなどの成果もあったのだろうが、何といっても土日のランチ客を新たに取り込んだのが大きな成功要因だった。


「楠灘さん、オーダーお願いしまーす」

「はーい」


 操が厨房へ呼びかけると、源蔵が頭にバンダナを巻きつけたエプロン姿で朗らかに応じた。

 リロードが新たに始めた土日限定ランチは、瞬く間に近隣で噂となっていったのである。

 実際オムライスやハンバーグ、ドリア、パスタ、カレーライスなど、源蔵が手掛ける料理はいずれも好評で、近所の主婦層のみならず、学生や土日に働くサラリーマンなどの昼時を満足させる手段のひとつとして、確実に評判を広めつつあった。

 更に、源蔵が通っているムエタイジムの練習生も話を聞きつけて、わざわざ足を運んでくれたりもした。


「やっぱ楠灘さんの料理、美味いっスねー」


 彼らは一様に源蔵の料理の腕を絶賛し、満腹の笑顔で帰ってゆく。

 これまで源蔵はプライベートでジムの練習生達に料理を振る舞ったことはあったが、店舗の厨房で本格的に彼らの為に料理を手掛けたのは、今回が初めてだった。

 それだけに、彼らが満足して帰路に就く姿を見送るのは、何ともいえぬ嬉しさがあった。

 そうして最繁時を抜ける午後三時頃になって、漸くまかない料理に手を出すことが出来るという状況ではあったが、この忙しさに源蔵は心地良い疲労感を感じていた。

 そんな日々が続く中、或る土曜日、会社の女性社員達がどこからか噂を聞きつけてリロードに来店した。


「あらー、ホントに楠灘さん厨房に居るんだー」


 会社でのスーツ姿とは異なり、カジュアルな私服姿で顔を見せた美智瑠が、晶や啓人といった例の合コンメンバーを伴って店の玄関を潜ってきた。

 彼女らは退職前の操とも面識があった為、久々の顔合わせに懐かしそうな笑顔を浮かべていた。


「うへー……楠灘って料理も出来んのかよ……お前ホント、何でもアリだな」

「まー、顔以外はね」


 カウンター前で驚きを隠せない様子の啓人に、源蔵が厨房の奥から苦笑を返した。

 すると晶が、


「ここまで色んなことが出来るんなら、もう顔なんてどーでもイイやって気もするよねー」


 などと冗談なのかお世辞なのかよく分からない台詞を放ってきた。


「っていうかさ、このお店のオーナーが楠灘さんっての、ホント?」


 テーブルに腰を落ち着けながら、美智瑠が操に訊いた。

 操は本当の話だと頷き返し、厨房の源蔵にちらりと視線を送ってくる。

 すると晶が、やっぱ資産家はやることが違うなどと意味深な笑みを浮かべて同じく厨房を覗き込む仕草を見せた。


「その話はあんま人前でせんといて下さいって」


 カウンターに出来上がったばかりのオムライスとパスタのプレートを手早く並べながら、源蔵は同僚達に苦笑を返した。

 資産額は個人情報に当たるから、余りあちこちで吹聴するなと釘を刺しておいた源蔵。

 美智瑠も晶も、そして啓人も一応はセキュリティを重んじる会社に勤めているということもあり、その辺の意識は高いだろうから信じては良いのだろうが、時折こんな形でぽろっと変な情報を口走ることもある。

 そういう意味では、少なくとも源蔵の目の届く範囲内では、彼ら彼女らに監視の目を光らせておく必要があった。

 すると操が、そういえば、と掌を自身の頬に添えて、不思議そうな面持ちで厨房に視線を流してきた。


「わたし、これだけお世話になってるのに、楠灘さんのこと何にも知らなかったな……」


 彼女はリロードを立て直した源蔵の財力のことをいっているのだろうが、そんなことはわざわざいう必要も無いと考え、源蔵は資金面の出どころや資産総額などについては、今までただの一度も彼女に話したことは無かった。

 そんな操に、啓人が声を潜めて耳打ちするかの様な仕草を見せた。


「あいつさ、すんげぇ資産家なんだぜ。でも基本ケチだからさ、俺らには全然、これっぽっちも出してくんねぇんだよ」

「そら当たり前ですがな。僕に何のメリットがあるんですか」


 出来上がった料理を次々とカウンターに並べながら、源蔵は苦笑を浮かべた。

 このリロードは、源蔵自身が何としてでも残したいと願ったから迷わずに出資した。

 しかし単なる同僚に過ぎない啓人や美智瑠、晶達からは何の見返りも無い。如何にお人好しの源蔵とて、流石に無償で資金をくれてやる程の甘さは持ち合わせていなかった。


「僕はギブアンドテイクが基本ですよ。何の見返りも無しにお銭は出しません」

「えー、じゃあここはやっぱり、神崎さんをテイクする為?」


 晶がとんでもない台詞を放ってきた。

 操がこの時、どぎまぎして顔を若干赤らめているのが視界の隅に入ってきたが、源蔵は違いますとかぶりを振った。


「そんなねぇ……カノジョも結婚も諦めた人間が今更って話ですよ。僕がここに出資したのは、ここが僕の憩いの場やからです。落ち着いて漫画やラノベとか読める場所って、そうそう無いんですよ?」


 馬鹿なことおっしゃいますなと、源蔵は肩を竦めながら厨房へと戻った。

 そもそも、この歳になって未だ童貞の自分が、異性に受け入れられる訳が無い。顔も不細工、頭もかなり禿げてきている。

 既に見た目から自分は敗北者だ。こんなキモい奴をまともに相手出来るのは、恐らく美醜の感覚が異なる未開の地の異国人ぐらいだろう。

 しかし、だからこそ開き直ることが出来る。

 もしも操に対して男女の意識を持っていたら、今回の様な出資話は出来なかっただろう。


(僕らブサメンは変に女性を意識せん方が世の中、平和なんよ)


 そんなことを考えながら、源蔵はフライパンを手に取った。

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