37.バレてしまったアイデアマン
結局、件の大型台風は週末に大荒れの天気を残しただけで、翌週月曜には東北地方の太平洋側へと抜けて温帯低気圧に変わった。
リロードは特に大きな被害を受けることも無く、無事に営業を再開。
店舗周辺道路で少し念入りに掃除する必要はあったものの、開店時刻には玄関ドアにOPENの吊り看板を下ろすことが出来た。
そして源蔵は二週間後に迫った組織再編に向けての準備に、慌ただしい日々を送り始めることとなる。
彼が課長を務める総合開発部統括管理課がいよいよ、発足のカウントダウンに入っていた。
ところがこの日、源蔵の注意を引いたのは統括管理課や第二システム課に関する業務ではなく、完全にプライベートな出来事だった。
まず昼休憩の開始直前に、隆輔が第二システム課のフロアに姿を現した。
彼はトータルメディア開発部と総合開発部との間の定例連絡会の為に、丸の内オフィスから足を運んできたということらしい。
その隆輔が神妙な顔つきで、
「ちょっと良いですか?」
などと小声で呼びかけてきた。
この時源蔵は、恐らく健一のことだなと当たりを付けた。その読みは的中した。
「あいつ、帰ってきたそうですね。一体どの面下げてのこのこと……」
しかし源蔵はどちらかといえば、何故隆輔がその事実を知っているのかという点の方が気になった。操がわざわざ連絡したのだろうか。
「いえ、岸田の方から私に連絡してきました。全く、どういう神経してるんだか……」
曰く、健一は源蔵がリロードのオーナーになっている事実について、隆輔から詳細な確認を取ろうとしたのだという。
隆輔は、もうお前の出る幕は無いから口を挟むなという意味の返信を送り付けたといって、肩を竦めた。
そしてそれ以降、健一からは何の応答も無いとの話だった。
「何というか、本当にすみません。別に私が謝る義理は無いんですが、操を巡って争ったライバルだから、どうにも申し訳無い気分でして……」
「ははは……仰る通り、藤浪さんには何の非も御座いませんよ。けど、お気持ちは受け取らせて頂きます」
源蔵が穏やかに笑うと、隆輔も幾分救われた様な笑みを浮かべて改めて頭を下げた。
次いで彼は何か別のことを口にしようとしていた様だが、少しの逡巡の後、妙なひと言を発した。
「操のこと、宜しくお願いします」
それだけいい残して、隆輔は第二システム課のフロアを去っていった。その時の彼の面には、随分と晴れやかな色が浮かんでいた様にも思えた。
何かが吹っ切れた――そんな感情が張り付いている風にも見える。
この時源蔵は、操が隆輔からの交際を断っていたことを思い出した。ということは隆輔も気持ち新たに、次のステージに向けて歩き出そうとしているのだろうか。
勿論当人から直接その様な台詞を聞いた訳ではないが、源蔵は何となくそう確信していた。
◆ ◇ ◆
そして隆輔が辞していった直後、更にもうひとりの来客があった。
美智瑠と共にトータルメディア開発部ファッションインフォメーション課に異動した筈の晶が、一緒にお昼はどうかと顔を覗かせてきたのである。
聞けば彼女も隆輔に同行して、定例連絡会に出席していたとの由。
カシスピンクのワンレンボブは、地味な課員が多い第二システム課のフロアに於いては、随分と華やかに見える。そこへ来て、彼女のクールビューティーな印象を漂わせる美貌である。
スキンヘッドの巨漢の傍らでにこにこと佇んでいるだけで、その姿は恐ろしく目立っていた。
「楠灘さんは今日もコンビニ?」
「いやー、今日は下行きましょか」
ふたりは連れ立って、同ビル地下のフードコートへと足を運んだ。
それにしても、何故晶はわざわざ源蔵を昼食の相方に指名してきたのだろうか。単に顔見知りだからという以外にも、何かありそうな気がした。
そして源蔵の読みは当たった。
晶はフォークの先でパスタセットをつつきながら、これ見よがしに溜息を漏らしてきた。
「またでっかい溜息なんかついて……どないしたんですか」
「ねぇー、聞いて下さいよー」
源蔵からの問いかけに対し、晶は待ってましたとばかりに身を乗り出す様な仕草を見せた。
どうやら彼女は、職場でのオトコ関係に頭を悩ませているらしい。
しかしそんな話を、彼女居ない歴イコール年齢の自分にわざわざ訊きに来るのかと、源蔵は内心で苦笑を禁じ得なかった。
「何かねー、色んなイケメンがねー、あたしに声かけてくれるのはイイんですけどー」
ところがそれらの面子はいずれも、まず美智瑠に声をかけるのだという。そして美智瑠に蹴散らされた後、じゃあ次はという空気で晶に近づいてくるということらしい。
要は、晶は美智瑠のスペア、或いは滑り止めの様な扱いとなっている日々が続いているのだという。
「いっつもそうなんですよ。あたしは美智瑠のおさがり要員かっつーの」
「あー、成程……そらぁ確かに、失礼な話ですねぇ」
源蔵は稲荷寿司を頬張りながら、オフィスに於ける晶の姿を何となく想像した。
と、ここで或ることが気になった。
「園崎さんって、オフィスではどんな立ち位置なんですか?」
「立ち位置?」
源蔵がいわんとしていることがよく理解出来ない様子で、晶は両目を瞬かせた。
これに対し源蔵は、例えばと前置きして言葉を繋いだ。
「雪澤さんは恋多きオンナをアピってましたよね。せやから色んなイケメンが寄って来る。で、園崎さんはどんな感じです? やっぱりカレシ欲しい感出しまくってんですか? それとも、何か特定の趣味とかがあって、気の合うひとを求めてはるんですか?」
「あー、そういうこと……」
いわれて初めて気が付いたといった様子で、晶は視線を宙空に漂わせた。
ここまで考え込むということは、恐らく特定の空気感を漂わせていないのだろう。事実、彼女は特に何も決めていないと応じてきた。
「ほんなら、そこをまず決めてしまいません? そこで寄って来る男共を篩にかける空気をバシバシ流しといたら、ホンマに園崎さんに興味あるひとしか寄ってけぇへん様な気もするんですけど」
「……あー、なーるほど……さっすが楠灘さん、あたしなんかとは、出てくる発想が違いますね。やっぱ管理職になろうってひとは違いますね……そっか、あたしの趣味かー」
晶は真剣に考え込んだ。
これが何かのヒントになってくれれば良いのだが、と源蔵は蕎麦をすすりながら晶のやや細面な美貌を静かに眺めた。




