32.バレてしまったスジモン臭
同窓会がお開きとなり、美貴久や恩師曽根山とも別れの挨拶を終えた源蔵は、同じホテルの高層階に取ったダブルベッドの一室でひと息入れた。
何杯もワインやビールを楽しんだ為、流石に今夜はハンドルを握る訳にはいかない。
この後はひとりのんびりとディナーを楽しんでから適当に時間を潰そうなどと考えていたのだが、不意にスマートフォンからラインの着信通知が鳴り響いた。
何事かと手に取ると、送信主は美智瑠だった。
「楠灘さん、すみません……出来ればで良いんですけど、迎えに来て頂けませんか?」
奇妙なメッセージだった。
本当にたまたまではあったのだが、美智瑠には今日、同窓会の為にこのホテルに足を運んでいることを事前に伝えてあった。
どうやら彼女は今宵も合コンに出かけるらしく、終わってから時間が余れば一緒に飲まないかと誘ってきていたのである。
が、流石にそれは難しかろうと高を括っていた源蔵は、今夜はもうこのままひとりでのんびりするつもりだった。
ところがこのタイミングで、美智瑠からの呼び出しである。
何かあったのだろうかと首を捻りながら、彼女が指定してきた近くのフレンチレストランバーへと足を延ばした。
が、店内に足を踏み入れても美智瑠の姿が無い。
このレストランバーは商業ビルの地下に入っており、トイレは店舗外の共用部にある。もしかすると彼女はそちらに居るのかも知れぬと考え、源蔵は一旦店を出た。
そうして廊下からトイレ前を覗き込んだ時、漸く事態を理解した。
「オマエさぁ、イイ加減気取んのやめなよ。もうオレでイイじゃんよ。何が気にいらねーんだよ」
「だから……放してってば。アタシもうアンタとそーゆー関係になる気無いっていってんじゃない」
見知らぬイケメン男性が、トイレ前で美智瑠と揉み合っていた。
ふたりの口ぶりから恐らく顔見知り――否、それ以上の関係だろう。多分、元カレか何かだ。
しかし、何故こんなところで揉めているのか。
確か美智瑠は今頃、合コンを楽しんでいる筈ではなかったのか。
ともあれ、彼女が目の前のチャラいイケメン男に抵抗する様子を見せている以上、このまま放っておく訳にはいかない。
ここで源蔵は、お気に入りのサングラスをかけた。そして胸元に金色のネックレスをぶら下げ、手首には幾つものブレスレットをジャラジャラと巻きつける。
今は高級スーツに身を包んでおり、シャツは胸元まではだけて自慢の胸筋をチラ見せしている。
どう見ても、そのスジのヤバそうな外観であろう。これで準備は整った。
「おぅ兄ちゃん。自分、何しとんじゃ。わしのオンナに何ぞ用か」
源蔵がドスを利かせて呼びかけたその瞬間、美智瑠と件の男はぎょっとした表情でこちらに面を向けた。
しかし源蔵はお構いなしに芝居を続けた。
「おい美智瑠ぅ。こいつどこのシマのモンや。わし何も聞いてへんぞ」
「え……いや、あの、えっと……」
美智瑠は何が何だか分からない様子で困惑しているが、相手のイケメンはもうそれどころではないらしく、明らかに顔色を失っていた。
これは効果アリだ。源蔵は更に畳み掛けた。
「おぅ、黙っとらんと何かいえや。わし訊いとんのやろが」
すると、件のイケメンは訳の分からない台詞を口走りながら慌てて逃げていった。恐らく、すみませんとか御免なさいとか、その辺の言葉を発していたのだろうが、全く意味を為していなかった。
一方の美智瑠はその場にぺたんとへたり込んでおり、尚も呆然としたまま、その美貌を源蔵の強面に向けている。
源蔵はサングラスを外し、足早に美智瑠の傍らへと駆け寄った。
「雪澤さん、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
ここでいつもの源蔵に戻った。
美智瑠は未だぽかんとした表情のまま何度か頷き返してきたが、それからややあって、泣きそうな顔になりながら源蔵にしがみついてきた。
「き……来てくれたんですね……楠灘さん……怖かった……怖かったよぉ……」
「ちょっと、その辺で落ち着きましょか」
そういって源蔵は、美智瑠を近くの自販機コーナーにあるベンチへと誘導し、ペットボトルのお茶を購入して蓋を開けてから彼女に手渡した。
美智瑠は幾らかアルコールが入っているらしく、頬が若干上気しているものの、それでも源蔵に介抱されたことで漸く高ぶっていた気分が静まってきた様子を見せた。
「ありがとうございます……やっと、落ち着きました」
それから美智瑠は、ぽつぽつと事情を語り始めた。
今夜、彼女は間違い無く合コンに参加していたのだが、相手側の男性陣の中に、元カレが居たらしい。
それが先程までトイレ前で揉めていた相手なのだという。
件の元カレは合コンの最中、ずっと美智瑠と付き合っていた頃の様子や彼女の性癖などを暴露し続け、執拗に攻撃を重ねていた。
その余りに度を越した言動に場がすっかり白けてしまい、合コンそのものは早々にお開きになってしまったのだという。
ところがその後、例の元カレが尚もしつこく美智瑠に迫ってきて、遂には女子トイレに逃げ込んだ彼女を追って、トイレ外で待ち構えながら大声で喚き散らすという愚行に走っていたらしい。
美智瑠が源蔵に助けを求めたのは、その時だった様だ。
「世の中には、色んなひとが居てはりますねぇ」
ここまでくると、源蔵はもう苦笑する以外に無い。そういう男と過去に付き合っていたのは美智瑠自身なのだから、源蔵がどうこういえる立場でもなかった。
それでも美智瑠はそっと目尻を拭いながら、再度源蔵に礼を述べた。
「もうホントに……楠灘さんが来てくれなかったら、アタシどうなってたか……」
それから彼女はやっと心の余裕を取り戻した様子で源蔵の全身を上から下まで、舐める様に凝視した。
「ってか楠灘さん、すっごいコーデですね。それ全部でお幾らぐらいしたんですか?」
「ん? あー、全部合わせたら10超えるんちゃいますかね」
その瞬間、美智瑠は跳び上がる様な勢いで驚いていた。
源蔵はやっと元気を取り戻した彼女に、苦笑を返す。
「ただのスジモンか成金にしか見えんでしょ」
「えー、そんなことないですって。めっちゃカッコいいですよ」
しかし、どうにも嘘臭い。このチンピラヤクザみたいなスタイルで、先程の元カレを追い払ったのだから。
「ところで、僕まだ晩飯食うてへんのですけど……」
「あ、そうだったんですか……すみません、変なことで呼び出したりして……だったらアタシが、御馳走しますよ! どこがイイですか?」
もうすっかりその気になって立ち上がった美智瑠。
この様子なら、もう大丈夫だろうか。




