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30.バレてしまった超高級タワマン生活

 そろそろ秋の気配が残暑の中にそれとなく混ざり始めた頃。

 源蔵は全身をブランド物のスーツに固め、高級な革靴と数百万もする超高級腕時計でドレスアップした上で、都内某ホテルの宴会場へと足を向けた。

 この日は、高校時代の同窓会が催される日であった。

 いつもなら欠席で返信していた源蔵だったが、今年は空手部顧問でありクラス担任でもあった恩師の曽根山雄造(そねやまゆうぞう)が定年を迎えるということで、せめて挨拶だけでもと考えた次第である。


(どうせ誰も僕の顔なんか覚えてへんやろけど、曽根山先生だけは、多分大丈夫かな)


 何となく、そんな気がした。

 そしてもうひとり、高校時代三年間を通じてただひとりの友人だった植原美貴久(うえはらみきひさ)とは今も時折連絡を取っているから、彼も顔を見てすぐに分かってくれるだろう。

 そんなことを考えながら源蔵は左ハンドルの高級外国車をホテルの駐車場へと放り込み、そのまま大勢の同窓生がたむろする宴会場へと足を運んだ。

 そして受付の記帳台へと近付いたところで、同年代の女性数名が驚いた顔を見せている。

 こんないかついスキンヘッドの巨漢が同じクラスに居たのだろうかと、誰もが不審に思っているに違いない。しかし源蔵はそれらの目を一切無視して、己の名を書き込んだ。


「え……嘘、楠灘君? 本当に、楠灘君なの?」


 受付役として記帳台横の椅子に腰を下ろしていた端正な顔立ちの女性が、驚き慌てた様子で立ち上がった。

 彼女は確かクラス委員をやっていた女子だったかと思うが、顔も名前もよく覚えていない。

 が、一応源蔵は小さく会釈だけを送って会場内へと足を踏み入れた。

 すると、それまで幾つかのグループに分かれて談笑していた同年代の男女らが、一斉に驚きと困惑の入り混じった複雑な視線を送りつけてきた。


「おい……あれ、まさか楠灘……?」

「わ……全然、分かんなかった……彼って、あんなカンジだったっけ?」

「っていうか、何だかすっごくお洒落じゃない? どう見ても高そうなスーツ……」


 そこかしこで感嘆の息を交えた声が囁かれているが、源蔵はそれらには目もくれず、ひとりの男性の姿を探して視線を巡らせた。

 そして、すぐに見つけた。源蔵はその男性のもとへと一直線に歩を向けてゆく。

 その源蔵の到着を待っていたかの様に、恩師曽根山がにこにこと嬉しそうな笑みを湛えて出迎えてくれた。


「先生、御無沙汰しとります。この度は御定年とのことで、ひと言、御挨拶だけでもと思って参上しました」

「いやぁ、よく来てくれたね、楠灘君。お元気そうで、何よりだよ」


 背筋を伸ばして一礼する源蔵に、恩師曽根山はすこぶる機嫌良さそうに何度も頷いていた。

 と、そこへグラスを手にした美貴久が穏やかな笑みを湛えて歩を寄せてきた。


「久しぶり、楠灘。相変わらずセレブだなぁ。例の、メゾネットタイプの高級タワマンだっけ? 今もあそこに住んでるのかい?」

「うん、広過ぎてちょっと持て余しとるけどね」


 剃り上げた頭をぺたぺたと叩きながら、源蔵は苦笑を滲ませた。

 高校時代は三年間を空手部で過ごした源蔵だが、その一方で美貴久はアニメや漫画、ライトノベルを一緒に楽しんだ同好の士であり、共に多くの時間を過ごした仲だった。


「7LDKだっけ? 確か、リビングだけでも50畳ぐらいあるんだよね?」

「せやねん。無駄に広過ぎて、掃除すんのも大変やわ」


 そんなふたりの様子を、他の同窓生らは半ば唖然として遠巻きに眺めるばかり。

 当時は所謂陽キャの部類に入っていた男子女子らは、余りの変貌ぶりを遂げた源蔵にただ驚くしか無さそうであった。


「その腕時計って、幾らぐらいしたの?」

「んー、何ぼやったっけ……確か500は下らんかったと思うんやけど」


 当たり前の様にそんな会話を交わす源蔵と美貴久に、すぐ近くに居た他の同窓生らはごくりと息を呑んで聞き耳を立てている様子だった。

 すると、辛うじて顔だけは覚えている同窓生の女性らが数名、ぎこちない笑みを浮かべて近づいてきた。


「その……久し振りだね、楠灘君」

「えっと、御免……顔は何となく覚えてんねんけど、どちらさんやったっけ」


 源蔵は正直に答えつつ、苦笑を返した。

 高校時代、ほとんど口も利いたことが無い相手だ。今更同窓生を気取られても困るというのが本音だった。

 彼女らは露骨なまでの愛想笑いを浮かべてそれぞれ名乗ったが、矢張り思い出せない。


「凄く高そうなスーツだし、時計も高そうだけど、奥さんは何もいわないの?」

「いや、独身やから誰も何もいわへんよ」


 その瞬間、一部の女性同窓生らが色めき立つのが分かった。

 超高級セレブの源蔵が独身だときたものだから、彼女らの獲物を狙う感性が呼び覚まされたのだろう。

 そんな女性同窓生らの目が一斉に、ハイエナの如き野性的な眼光を帯び始めたのを、源蔵は何となく察してしまった。

 美貴久も高校時代の彼女らの態度を知っている所為か、その無様な程の変貌ぶりに苦笑を禁じ得ない様子だった。

 そして彼は群がる彼女らに当てつけるかの如く、更に源蔵のセレブぶりを強調する言葉を発し始めた。


「そういえば楠灘、御両親から受け継いだ資産……えっと、30億ちょいだっけ。今はどれぐらいまで増やせたんだい?」

「あー、確か52とかいうてたけど、今はもうちょい増えとんのとちゃうかな」


 これが決定打となった。

 それまでは多少遠慮気味に距離を取っていた他の同窓生の女性達も、このとんでもない数字を耳にしては黙っていられなくなったのだろう。

 我も我もとアピールするかの如く、ぞろぞろと源蔵周辺に群がり始めてきた。

 そして、それらの顔ぶれの中にはかつて源蔵を気持ち悪い不細工だから二度と話しかけるなと罵倒した、かつての想い人の姿もあった。


(おいおい……プライドも何もあらへんのか)


 流石に源蔵は気分が滅入ってきた。

 美貴久もちょっとやりすぎたと反省したのか、両手で拝む様な仕草を見せて御免ごめんと謝っている。

 こうなると色々面倒だから、源蔵は美貴久の肩に手を廻して、ふたりで昔を偲ぼうぜなどと露骨なまでの逃げ台詞を発して、テラス外へと脱出していった。


「楠灘くーん、後でお話しようよー」

「こっち、席空いてるからー」


 色んな方面から声がかかるが、源蔵はどの顔ぶれにも反応しなかった。

 逆に男性の同窓生らは何ともいえぬバツの悪そうな顔で、ただその辺をうろうろするばかりである。

 源蔵に主役の座を完全に奪われた元陽キャ連中は、悔しいというよりも、敗北感で打ちのめされている様な表情を浮かべていた。


「いやー、痛快だったなー」

「ちょっとやり過ぎやって自分」


 源蔵と美貴久は乾いた笑いを漏らしながら、テラス外でワインを酌み交わし合った。

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