23.バレてしまった男前
源蔵のスキンヘッドは、概ね好評だった。
週明け、月曜の朝。
第二システム課のフロアへと向かう途中、色々な方向から視線が飛んでくるのを感じた。びっくりした者や引き気味の者なども居たが、しかしそれ以上に多かったのが感心や憧憬に近い眼差しだった。
正直、余りに強面でいかつ過ぎた為、皆にビビられまくるんじゃないかという心配もあった。
が、いざこうして出社してみると、ほとんどの者が好意的な目で見てくれているのが分かった。
そうして自フロアに辿り着くや否や、當間課長が妙に嬉しそうな笑顔を浮かべて声をかけてきたし、他の同僚らも最初の一瞬だけは驚いた様子を見せていたが、それ以降は矢張り同じく称賛に近い感想を口にしていた。
(流石雪澤さんやな……お見事な慧眼やわ)
源蔵は、スキンヘッドが絶対に似合うと激推ししていた美智瑠にただただ感謝するばかりであった。
近いうちに、高級料理店などで御馳走して差し上げなければならないだろう。
そして源蔵の強面スキンヘッドは室長室にまで聞こえたのか、昼休み中にわざわざ玲央が足を運んできて、綺麗に剃り上げた頭を観察していた。
「いやはや……綺麗な形をしていらっしゃる。それに眉を落としたのは良いチョイスですよ。いかつさの中に威厳と迫力を感じます。ただ強面なだけじゃなく、相手を捻じ伏せる無言の圧を感じますね」
「それ、下手したらスジモンってことになりませんか?」
源蔵が苦笑を返すと、それはそうかも知れないと玲央も下手に否定せず、可笑しそうに肩を揺すった。
しかし玲央は、明らかに源蔵の男前レベルが上がったと語った。
以前の源蔵は中途半端な毛髪が頭に残っているのが却ってみすぼらしい印象を与えていたが、こうして全てを剃り落としたことで逆にザ・漢というイメージが強くなったのだという。
「やっぱり、少ない髪の毛にいつまでも汲々とするより、こうして綺麗さっぱり剃り落とした方が潔いっていう風に見られるんでしょうか」
「それは、あると思います。中途半端に残った髪に縋るよりは、思い切ってスキンヘッドにしている方が何倍も格好良く見える、というのはあるでしょうね」
矢張りそういうものなのか――源蔵は、今後はずっとスキンヘッドで生きていこうと、本気で考える様になった。
少しでも己のブサメンイメージを自分の中で払拭出来れば、もう少し自信を持った人生を送ってゆくことが出来る様な気がした。
そしてその後も、源蔵の社内に於ける注目度は自身の想像を遥かに越えた。
屋内を歩けば、すれ違う他部署の女性社員らから今までとは明らかに異なる色目使いな視線が飛んでくる様になったし、男性社員からはブサメンだと馬鹿にする調子から畏怖の念が伴った目に変わっている。
もともと源蔵は身長が190cm近くあり、ムエタイで鍛えた頑健な体躯はワイシャツの上からでもはっきりと分かる程に、引き締まった筋肉美を現出させている。
そこに加えてこの強面スキンヘッドだから、社内での彼を見る目が一変したのも頷ける話だった。
中には、外国人の格闘家と見間違える者も居たぐらいだから、源蔵のビフォーアフターはそれ程に劇的な変化を遂げたといって良い。
「いやしかし、これでは美醜に拘る白藤家を叩く為のインパクトが少々薄れてしまいますね」
玲央が幾分困った様に苦笑を浮かべたが、しかし源蔵は、
「いえいえ、もともとブサメンなのは一緒です。逆に綺麗な顔ばかりが全てやないってことをお教えする良い機会かも知れませんよ」
と、全く問題は無いとかぶりを振った。
その源蔵の意見には一理あると悟ったのか、玲央も確かにその通りだと静かに頷き返した。
ここで気を良くした源蔵は、帰りにリロードへ寄ってみようと考えた。
既に徹平はムエタイジムで一度源蔵のスキンヘッドを見ているが、操と冴愛には今日がお披露目となる筈であった。
そうして彼がドアチャイムを鳴らして店内に足を踏み入れると、操と冴愛がびっくりした様な顔でこちらをまじまじと眺めてきた。
他の顔見知りな常連客らも一瞬誰だか分からなかった様子で、しばしぽかんと口を開けている始末だったが、徹平が源蔵の名を呼んで笑顔を向けてきたことで、店内は一斉に驚きの声に包まれた。
「ははは……ちょい驚かせ過ぎましたかね」
「え……ちょ、マ? ホントにオーナー?」
源蔵の声を聞いても尚、まだ信じられないといった様子の冴愛。しかしその面には、嫌悪感は微塵にも感じられなかった。
「へぇ~……でもイイじゃん、イイじゃん。チョー似合ってるし、カッコいいよ!」
「そない褒めてくれると、頑張って剃った甲斐があったわ」
苦笑を浮かべながらお気に入りのテーブルで席を取り、いつもの様に熱いコーヒーをオーダーした。
そして淹れたてのコーヒーをトレイに乗せて運んできたのは、操だった。彼女はその清楚な美貌に未だ驚きの色を滲ませて、源蔵の強面スキンヘッドを凝視し続けていた。
「お顔は確かに楠灘さんですけど……こんなに印象って、変わるものなんですね」
「そこらのチンピラよりも、よっぽど怖い顔しとるでしょ」
読みかけのライトノベルに栞を挟んでテーブルに置きながら、源蔵は香り立つ熱いコーヒーをすすった。矢張りこの店で飲むコーヒーは、格別な味わいがあった。
「ところで、その、楠灘さん……冴愛ちゃんから聞いたんですけど……」
と、ここで操が僅かに声を潜め、物凄くいい辛そうな調子で低く搾り出した。
「もう……ここで料理を作っては下さらないのですか?」
「えぇ、まぁ、そうですね。僕が居ると、色々アレなんで」
源蔵は言葉を濁しつつも穏やかな笑みを返した。
すると操はこの後、閉店してからも少し時間が欲しいと小声で囁いてきた。
「もう一度だけ、お話させて下さい。わたしの中では、まだちょっと、整理が出来ていないので……」
「はい、良いですよ。お待ちしましょう」
源蔵は静かに頷き返した。
どうせ話したところで結論は変わらない。であれば、操にもはっきりと、この店の主人は彼女であることを認識して貰うべきだろう。
今宵源蔵は、リロードに於ける問題に決着をもたらす腹積もりだった。




