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20.バレてしまったグルメぶり

 その夜、源蔵は玲央に連れられ、都内の高級鉄板焼き店へと足を運んだ。

 A5の最高級牛を食わせてくれる店で、ふたりは目の前で上手そうな肉汁を溢れさせている分厚い牛肉を眺めながら、それぞれ好みの酒で一杯やっていた。

 源蔵は矢張り調理師免許を持っている所為か、この店が出す料理の数々が特に秀逸であることを、幾つかの品を味わっただけですぐに理解した。


「流石は楠灘さん。初めてのお店でも、良さを分かって頂けましたか」


 玲央はすこぶる上機嫌で、次々と高級な食材をオーダーしながら源蔵との会話に花を咲かせた。

 最初は仕事の話から始まり、次いで玲央の米国支社赴任中の諸々の出来事などへ話題が進んだ。

 更にそこから、今度は源蔵の趣味や通っているムエタイジムへと会話のネタが展開してゆく。

 そうしてお互いに懐をある程度開き合ったところで、源蔵は或る噂がどうしても気になるとして、敢えて斬り込んでみた。


「こんなことをお聞きするのは大変失礼かとは存じますが、それでも矢張り気になって仕方が無いもので」


 ここで源蔵は、玲央が米国支社への転属の切っ掛けとなった例の噂――社内不倫の件をぶつけてみた。

 矢張り相手の本当の人柄を知る為には、聞きにくい話題をわざとぶつけてみないことには何も分からないというのが源蔵の哲学であった。

 これに対し玲央は、


「あぁ、そのことですか」


 と別段気分を害する訳でもなく、さらりと応じてみせた。


「あれはまぁ、私が仕掛けたフィクションではあるんですが」


 高級日本酒を冷やで一杯やりながら、玲央は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


◆ ◇ ◆


 今から数年前。

 玲央には親友と呼べる同期が居た。彼は非常に優秀で、人望も厚い爽やかな男だったが、或る程度のキャリアを積んだところで独立し、フリーランスの技術者としてひとり立ちすることとなった。

 その彼には愛する妻が居た。

 とても美しい女性で、彼女もまた白富士インテリジェンスの社員だった。

 ところがその同期の妻に、白藤家の血筋の男が一目惚れし、何とか自分のものにしようとあれこれ画策し始めたというのである。

 これに激怒した玲央は、同期夫妻を守るべく、一芝居打つことにした。

 それが、玲央とその女性との不倫の噂であった。

 流石に白藤家の血筋の者が不倫した女性を娶るなど以ての外だということで、件の白藤家の男は彼女を諦めざるを得なかった。

 しかし玲央は当然、無傷では済まない。

 同期夫妻と共謀しての芝居だったとはいえ、矢張り不倫などという社会的にも許されざる行為を噂として流してしまった以上は、何らかの制裁が必要だ。

 それが米国支社への左遷であった。

 が、玲央は喜んでこの人事を受け入れた。彼はかねてから米国支社の立て直しは絶対に必要だと考えており、この転属を機に北米でのビジネスを軌道に乗せようと腹を括ったのである。

 この玲央の決断は見事に成功し、米国支社で実績を挙げた彼は日本の本社へと復帰し、この若さで室長という役職を得るに至ったのだという。


◆ ◇ ◆


 玲央の話を聞き終えて、源蔵はただただ感心するしか無かった。

 親友の同期夫妻を白藤家の魔の手から守り抜いただけではなく、傾きつつあった米国支社をその手で復活させるなど、どう考えても只者ではない。

 それ程の人物が、源蔵を特別に気に掛けてくれているというのだから、これはもう意気に感じない訳にはいかなかった。


「そういえば、まだ正式にはお答えしていなかったですね」


 源蔵はふと思い出して、居住まいを正して玲央の端正な面を真正面から見つめた。

 玲央も源蔵の心を察したのか、こちらも背筋をぴんと伸ばして応じる構えを見せた。


「幹部社員登用審査の件、謹んでお受け致します」


 その瞬間、玲央の美麗な顔立ちがぱっと明るくなった。

 既に白藤家が源蔵周辺の人間関係に刃を入れ始めていることに対し、彼は相当気に病んでいたらしいのだが、こうして源蔵が改めて玲央の頼みを聞き入れる意向を示したことで、相当にほっとした様子だった。


「でも、安心するのはまだ早いですよ。私が合格すると決まった訳ではありませんから」

「いえいえ、楠灘さんなら余裕で合格します。そうでなければ、うちの登用審査の基準がおかしいということになります」


 玲央は源蔵の決意を受けて、これでもう安心だといわんばかりの笑顔を浮かべていた。

 勿論、実際に受験する源蔵とて、合格するつもりで挑む。しかし相手は白藤家の息がかかった人事部だとすると、これは中々ひと筋縄ではいかないかも知れない。


「それにしても、白藤家の皆さんは本当に恋愛体質というか何というか……私から女性の友人を切り離しただけで、もう勝ったつもりで居るんでしょうかね?」

「ははは……返す言葉も御座いません。美醜に拘るとは即ち、男女の色恋に必要以上に価値観を見出すのと同義ですからね。そういうところが危ういと、私は何度も申し入れているのですが」


 苦笑を滲ませる源蔵に、玲央は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 恐らく玲央も、源蔵から美智瑠、早菜、晶、そして操の四人が切り離された時点で相当ヤバいと思っていたのだろう。

 そういう意味では玲央も、矢張り白藤家と同じ価値観を多少なりとも持ち合わせていたといえなくもないのだろうが、幸い彼は事の良し悪しを正しく理解している人物だから、その点は心配無用であろう。


「ま、そんな考え方自体が本当に古臭くて、前時代的だと散々文句をいってはいるんですが、本家の連中は誰も聞きやしない……」


 やれやれと肩を竦めた玲央。

 彼のそんなぼやきに対しても、源蔵はただ苦笑を返すしか無かった。


◆ ◇ ◆


 その後、更に二件三件とはしご酒をしたところでお開きとなり、源蔵はタクシーで帰ってゆく玲央を見送ってから帰路に就いた。

 ところが――。


「あー! 楠灘さん、みーっけ!」


 繁華街の大通りを抜けようとしたところで、不意に聞き覚えのある黄色い声が飛んできた。

 若干酔っ払った様子の美智瑠が、赤ら顔で大きく手を振っていた。

 と思った次の瞬間には、彼女は物凄い勢いで駆け寄ってきて、源蔵の頑健な体躯に周りの視線も気にせず抱き着いた。


「ふぇぇぇぇぇ……会いたかったよぉ、楠灘さぁん……」

「一体どないしたんですか」


 源蔵は幾分驚きながらも、美智瑠のとろんとした目を凝視した。


「楠灘さぁん……ちょっと付き合って下さいよぉ」

「んー、まぁまだ時間ありますし……どっかで落ち着きましょか」


 そういってふたりは、手近の居酒屋へと足を運んだ。

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