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181.ハゲは観戦する

 結局源蔵は亜澄を追い払う上手い手立てを何ひとつ思いつくことが無いまま、近くのオープンテラスカフェへと足を運んだ。

 当然ながら亜澄も一緒になって、ついてきた。


(まぁ……何かのオフ会で知り合った、ぐらいの感覚で対処するしか無いか……)


 自分にはアイスコーヒーを、そして亜澄にはオレンジティーをオーダーしながら、色々と頭の中で整理を進めてゆく源蔵。

 要は犯罪に手を染める様な真似さえしなければ、それで良いのである。

 その上で亜澄が機嫌良く源蔵の前から去ってくれれば、恐らくは何の禍根も残さないだろう。


「ねぇおじさん。この後、どーすんの?」


 ウェイトレスが運んできた冷たいオレンジティーで喉を潤しながら、亜澄が興味津々な様子で源蔵の強面を覗き込んでくる。

 源蔵としては、亜澄と密室でふたりっきりになる状況だけは作りたくない。その為、カラオケボックスやインターネットカフェの様な個室環境に連れ込むことだけは、絶対にご法度だろう。

 そもそも源蔵自身、それらの遊興施設にはほとんど興味が無い。羽歌奈に誘われたら、或いは暇潰しについて行くかも知れない、ぐらいの感覚しか無かった。

 かといって、亜澄の行きたいところに行くというのは、それはそれでリスクがある。変なところに連れ込まれて余計な事実関係を作りたくもない。


(このひとが興味のありそうなとこっちゅうたら……)


 源蔵は無関心を装いつつ、ここ一時間程の間に見せた亜澄の言動を頭の中でトレースした。

 彼女が放った台詞や仕草に、必ず何らかのヒントがある筈だ。

 実際、このオープンテラスカフェに足を運ぶ直前、源蔵は敢えてゲーセンに立ち寄って亜澄の言動をそれとなくチェックしていた。

 普通に喋る分には、亜澄は今どきのギャル美少女である。

 お洒落関係やグルメ関係、更には恋バナ辺りに関心が強い様にも思われたが、しかしその中で源蔵は、幾つかの違和感を覚えていた。

 時折彼女は、ギャル美少女にしては微妙にセンスのずれたフレーズを口にすることがあったからだ。


(そういえば……)


 源蔵は亜澄がクレーンゲームやメダルゲームに興じていた際、


「やりぃ~。ゲッツーだもんねー」

「イイねイイね、低めにズバっと~」

「え~、マジこれ何ぃ~? コリジョンだよコリジョン~」


 などという台詞を口走っていたことを思い出し、或る結論に達していた。

 ここはひとつ、カマをかけてみても良いかも知れない。


「筒山さん、好きなチームどこ?」

「えー? そんなの決まって……」


 そこまで答えかけた時、亜澄は不思議そうな面持ちで源蔵の素知らぬ顔を覗き込んできた。


「うっそ……何で、分かっちゃったの?」


 どうやら亜澄自身は、然程意識していなかったらしい。しかし源蔵の観察眼は間違い無く、彼女の知られざる趣味を確実に見抜いていた。

 亜澄は間違い無く、野球好きであろう。プロ野球ファンかMLBファンか、或いは高校野球ファンか。

 いずれにせよ、明らかに見た目ギャルな彼女が野球の専門用語を日常生活の中でさらっと口にする程度には、野球に慣れ親しんでいると考えて良さそうだった。

 実は源蔵も、関西に在る老舗のプロ野球チームを長年応援している。

 最近では余り地上波で見ることも無くなったが、BSやケーブルテレビ、或いはインターネット動画放送などでプロ野球中継を観戦することは決して少なくなかった。


「普通ね、ギャルJKがコリジョンとかいいませんって」

「あっちゃぁ……うち、そんなにダダ漏れだったぁ?」


 曰く、亜澄はなるべく自分がプロ野球ファンだということを友人らの間では見せない様にしているらしい。

 どうやら余り理解してくれるひとが居ないから、自然とそういう癖が身に付いてしまった様だ。


「でもねー、結果はやっぱ気になるし、動画とかSNSでも結構細かくチェックしちゃうんだよねぇ」


 その気持ちは、分からないでもない。

 自分の趣味や話の合う友人が居ないというのは、それはそれで寂しいものがある。

 しかも彼女が応援しているチームというのが、実は源蔵と同じく関西に拠点を置く老舗プロ野球チームだったというから尚更であろう。

 そんな訳で源蔵が、そのチームの四番打者やリリーフ陣についての話題を振ってやると、物凄い勢いで食いついてきた。

 尚、源蔵が最も贔屓にしている選手は、最近ショートのポジション争いで頭角を現してきた三年目の若手選手だった。


「うっわー、おじさんめっちゃイイ選手推してんじゃん! うちもあのひと、だーいすき!」


 亜澄の語り口調が明らかに変わってきた。

 これはどう見ても、推しを熱く語るひとりのオタクだ。おっさんだろうがギャルだろうが、好きなものを熱く応援する姿勢は矢張り然程には変わらないらしい。

 好きな物を好きだとして、同じ趣味を持つ仲間同士で楽しく分かち合える場というものが、亜澄の人生には足りていなかったのかも知れない。

 そう考えると、少しばかり不憫にも思えてきた。


「あ、そういえば今日、デーゲームやってますね」

「だよね。うちもこの後、ネットでちょくちょくチェックするつもりだったんだぁ」


 嬉しそうに笑う亜澄。

 しかし源蔵は、折角だからともう一歩踏み込んだ提案を口にしてみることにした。


「実はうちの会社がね、東京の年間シートを幾つも買うてるんですけど、案外観に行くひとらんらしくて……良かったら今日、観に行きます?」

「え……イ、イイの? マジで、イイの?」


 物凄い勢いでテーブル上にぐいっと上体を乗り上げさせてきた亜澄。

 野球場ならば密室でふたりきりという状況とは真逆だし、源蔵としても安心して亜澄を隣の席に座らせることが出来る。

 周囲からも中年とJKの変なパパ活デートではなく、健全な野球観戦者として見てくれるだろう。


「空席にすんのも勿体無いんで……もう開場しとるでしょうから、今からでも行きますか」

「うん! 行く行く! ぜーったい行く!」


 そんな訳で源蔵は、今日初めて出会ったギャル美少女とプロ野球観戦に臨む運びとなった。

 源蔵自身、全く予想だにしていなかった展開である。

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