18.バレてしまった交友関係
本格的な夏が到来し、夏季賞与の支給で大いに盛り上がっている社内。
そんな中、昼休みに会社近くのコンビニへ足を運ぼうとしていた源蔵の前に美智瑠、晶、早菜の三人が揃って顔を出した。
彼女らはいずれも嬉しそうな、それでいて妙に困惑した複雑な表情を湛えている。
「お疲れ様です。どうか、なさいましたか?」
美女三人が中々用件を口にしない為、源蔵の方から声をかけてやることにした。
すると漸く踏ん切りが付いたのか、美智瑠が実は、と何か思い切った様子で切り出してきた。
「その、アタシ達、異動になりました」
「……へぇ、お三方、御一緒に?」
そういうこともあるもんだと内心で驚きつつ、源蔵は未だ困惑の色が見え隠れする美女三人の顔を交互に見遣った。
聞けば、丸の内にあるトータルメディア開発部への転属辞令が下されたらしい。
美智瑠は過日の社内コンペの成績が認められての異動であり、晶はその美智瑠をサポートする為の企画補助パートナーという位置づけの様だ。
そして早菜は源蔵が即興で作ってやったマクロで営業課内に業務効率化を推進させた力量が認められて、という話だった。
「その、何っていうか……楠灘さんのお陰なのに、私達がまるで自力で結果を出した様な形になっちゃって……それが何だか申し訳無くて」
早菜は幾分沈んだ表情。
トータルメディア開発部といえば、白富士インテリジェンス内では最も勢いがあり、この部に配属されるということはエリートコースに乗ったも同然といわれる程のブランド価値がある部署であった。
そこに、源蔵を差し置いて自分達が転属になるというのが、どうにも後ろめたさを感じてしまう、というのが彼女らの今の心境らしい。
しかし源蔵は、そんなことは気にするなと穏やかに笑った。
「こういうチャンスは、そう滅多に来るモンや無いですよ。巡ってきた時にきっちり掴んどかんと、後で後悔しますよ?」
だから元気を出して行って来い、と背中を押す台詞を贈った源蔵。
その言葉に勇気を得たのか、三人の美女は漸く安心した様子でほっと胸を撫で下ろし、揃って頭を下げた。
とはいえ、今まで色々と構ってくれていた三人の美女が一斉に姿を消すとなると、少しばかり寂しい気がするのも事実である。
入社後、女性と友人らしい関係を築くことがほとんど全く出来ていなかった源蔵にとっては、彼女らは数少ない異性の友達だったが、その三人が全員目の前から居なくなる。
本人達の為を思えばこの異動は大いに喜び、気持ち良く送り出してやりたいところなのだが、本音をいえば、残念な気分も多少在るには在った。
が、流石にそんなことを口に出していえる筈も無い。
彼女らは、新たな第一歩を踏み出そうとしているのだから、自分なんかが足を引っ張る訳にはいかない。
「改めまして、おめでとうございます。あっちでも、頑張って下さいね」
源蔵のその祝辞を受けて、三人の美女は改めて頭を下げた。
◆ ◇ ◆
その日の定時後、内々に玲央から呼び出しがかかった。
一体何事かと小首を捻りながら室長室へと足を運んだ源蔵。彼の到着を待ち受けていたらしい玲央は、その端正な面に渋い表情を浮かべていた。
「やられました。まさか、こういう切り崩し方をしてくるとは」
源蔵にソファーを進めながら、自らも応接テーブルを挟んで向かい側に腰を下ろす玲央。
しかし源蔵は、彼が何を懸念しているのかが今ひとつ、ピンと来なかった。
「本日付けで、トータルメディア開発部への転属が決まった雪澤さん、園崎さん、長門さんのお三方ですが、どうやら狙い撃ちされた様です」
「……と、いいますと?」
どうにも事情が分からない源蔵は、玲央の次なる言葉を待った。
「白藤家が私の動きを察知した模様で、楠灘さん周辺の交友関係を切り崩しに掛かってきました」
曰く、取締役会の一部が源蔵の周辺や交友関係を密かに探り、彼を孤立させようと手を廻している、というのである。
それもこれも、玲央が源蔵を幹部社員に登用しようとしているのを、白藤家に勘づかれてしまったのが原因だという話であった。
源蔵は流石に苦笑を禁じ得なかった。一介の係長に過ぎない自分の為に、会社がそこまでやるのかと信じられなかったのである。
しかし玲央は、自分達の思い通りにする為ならどんなことでもやるのが白藤家だと、苦虫を噛み潰した様な表情で低く吐き捨てた。
「前にもいいましたが、白藤家は兎に角美醜に対して異常な拘り持つ家系です。楠灘さんの周りから特に親しい美男美女を排除することで、貴方を精神的に孤立させれば全てが思い通りになるという馬鹿げた思想で、今回の様な手段に打って出てきたのでしょう」
「でも、それが結果的にあのお三方の個人成績向上に繋がるなら、それで宜しいんじゃないでしょうか」
源蔵が穏やかな笑みでそう応じると、玲央は本当にそれで良いのかと問い返してきた。
しかし源蔵は、今までが今までなので問題無いとかぶりを振る。
「僕は元々、女性には縁の無かった人生を送ってきました。今更ここで、ちょっとぐらい寂しい気分を味わったところで、これまでの生活と何ら変わりはありません」
「……矢張り、寂しいことは寂しいのですね」
玲央は申し訳ないと頭を下げた。自分が源蔵に白羽の矢を立てなければ、こんな目に遭わせることも無かったのに、と彼は沈痛な面持ちを見せた。
更に玲央はいう。
恐らく白藤家は、カフェ『リロード』にも手を伸ばしてくるであろう、と。
これに対し源蔵は、違法な真似をしたり、操や冴愛に不利な状況が発生しないのであれば問題無いとかぶりを振った。
「あの店は最初から、神崎さんのものです。僕がたまたま、あの店が廃業するのが嫌で手を貸しただけで、本来なら僕が関わることなんて無かった話ですから」
源蔵は穏やかに笑った。
白藤家のやり方は陰湿ではあるが、しかし源蔵から遠ざけようとするひとびとを不幸にする訳でもないのであれば、そこは黙って放っておくしかない。
ただ、今までの生活に戻るだけだ。
源蔵はそう割り切っていた。