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177.ハゲは容赦しない

 源蔵の読みは、当たっていた。


(上に報告されとらん細かいトラブルが、ちょくちょく出とるな)


 彩華が参加している他部署との合同プロジェクト。

 その進捗は一見すればスムーズに進んでいる様に見えるが、しかし実態は違った。

 課長や室長クラスにまでは上がってきていない細々としたトラブルが多発している。その最も顕著な影響が、本来なら必要無い筈の残業時間の増加であった。

 予実管理を厳正に照らし合わせてみたところ、下らない報連相の漏れが原因で無駄な手戻りが発生しており、その遅れを取り戻す為に、やらなくても良い筈の残業をせざるを得ない状況に追い込まれている社員が居る。

 それが、彩華だった。

 否、彩華だけではない。彼女と一緒にこの合同プロジェクトに参加している次世代AI機器設計開発部所属社員も何人かが、同様に無駄な工数を積み上げている。

 源蔵はこの合同プロジェクトのアドバイザーとしての権限を駆使して、何故この様な事態に陥っているのかを自身の目で徹底的に調査した。

 その結果、他部署の企画課の課員が、彩華とその同僚に対して適切な内容、適切なタイミングでの申し送りをしていないことが複数回に亘って発生していることを突き止めた。

 それらについての裏取りも、社内議事録や通信ログで完璧に抑えた。

 意図的なのかどうかは分からないが、これは明らかに件の別部署の企画課に責任がある。

 源蔵は全てのデータを揃えた上で、先方企画課の課長のもとへと乗り込んでいった。


「何と……そんなことが、起きていたのですか」

「うちとしては、被害を受けた立場になりますのでね……当然ながら残業代等諸々の人件費は、そちらの予算から出して頂くことになります」


 その企画課の課長は源蔵からの指摘に対して、沈痛な面持ちで俯いてしまった。

 源蔵は相手側の課の予算が非常に厳しく、現状でも既にかつかつであることを知っている。が、手を緩めるつもりは無かった。

 貴之と彩華の間のことは個人の話だから源蔵は敢えて目を瞑っていたが、仕事に関しては話は別だ。

 糾弾すべきところは徹底的に吊るし上げ、自部署の課員、室員を守り通さなければならない。

 更に源蔵は、今後彩華や彼女の同僚に対する業務上の申し送りは現場レベルではなく、ちゃんと職制を通してきっちり予実管理を徹底する旨も宣言した。

 これは最早要望ではなく、室長としての命令であった。


「そないせんと、また同じことが起きますよ。そちらの課としても、これ以上余計な人件費が嵩むのは困るでしょうし」

「はい……是非、そうさせて頂きます。この度はうちの課員が大変な御迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」


 先方の企画課課長は深々と頭を下げた。彼自身に直接の原因は無いのだろうが、自課の課員をしっかり教育し監督し、そして指導するという義務を果たしていなかったのだから、その責任は免れられない。

 そして源蔵自身が次に為すべきことは、現場レベルで何が起きていたのかを把握する為の、彩華への聴取であった。

 源蔵は室長として、そして合同プロジェクトのアドバイザーとしての社内の公的な責務を終えたところで、定時を迎えて誰も居なくなった室長個室に彩華を呼び出した。


◆ ◇ ◆


 久々に見る彩華の美貌は、すっかり憔悴していた。


(また随分と、疲れ切ってしもとるな)


 若干気の毒にも思いつつ、源蔵は彩華をこじんまりした応接セットに迎えた。

 もうちょっと早く手を打っておけば良かったと、源蔵は己の責任についても反省しなければならなかったが、兎に角この場は、彩華から現場の話を聞き出すことに専念しなければならない。

 しかしフロアー内で出回っている彩華の不名誉な噂について、源蔵の方から触れる訳にはいかない。それは業務の範疇外だからだ。

 場合によってはコンプライアンスにも抵触する可能性があるだろう。

 ところが意外にも、彩華の方からその話題について口にしてきた。


「本当に室長にはいつもいつも、御迷惑をおかけしてばかりで……」


 彩華は自身についてどの様な噂が出回っているかを簡単に説明してから、それは事実無根だと主張した。が、どうにも歯切れが悪い。


「ええと……事実無根だというのは私の意見でして、実際のところをいいますと、本当のことかも知れないんです」


 曰く、酒宴の席で彩華は記憶を失う程の酒量に至っていたことを白状してきた。つまり、酒に酔った勢いで噂で囁かれている様な台詞を口走ったことは否定出来ない、というのである。

 もしかすると自分は本当に、合同プロジェクトに参加している他課のイケメン達に肉体関係を迫ったのかも知れない。

 その罪悪感に苛まれている様子が、彼女の沈痛な表情にもひと目で分かる程によく出ていた。

 そして、その噂に嫌悪感を示した他部署の企画課の女子社員の一部が、彩華に対して正確な申し送りをしなくなったということらしい。

 つまり、嫌がらせである。その結果として彩華に問題があり、彩華が責任を取る形で手戻りの回復に奔走していたということらしい。

 ところが、何故そんな噂が出回り始めたのかが、よく分からない。


(いや……でも噂の出どころは、ほぼはっきりしとるんやけどな……)


 最初に彩華の醜態を公言して廻っていたのは、彼女に気がある様な態度を見せているイケメン社員だった。

 彼は彩華に貴之というカレシが居るにも関わらず、彩華にいい寄ろうとしていた。その人物が率先して、彩華の醜聞をばら撒いている。

 何となく、その意図は読めていた。


(西沢さんを精神的に追い込んで、孤立させて、そこで救世主の如く手を差し伸べて西沢さんの歓心を買おう……ってなところやろうな)


 男女間の駆け引きでは、その様な手段は決して珍しくないのかも知れない。

 しかし、場所が悪かった。

 ここは会社なのである。男と女の恋愛の駆け引きをして良いところではない。しかもそれが、源蔵の目に留まったのが更に拙かったといえるだろう。

 彩華からの聴取を終えた源蔵は、最後に問題のイケメン社員を室長個室に呼びつけた。そのイケメン社員は源蔵の直接の部下ではなかったが、先方の企画課の課長からの承諾も得ており、源蔵は堂々と彼を呼び出すことが出来た。


「あのですね……男女間の駆け引きとか恋のやり取りについては僕はどうこういうつもりはありません。西沢さんをモノにしたいなら、個人的にどんな手を使われようが口を出す気はないです。ただですね、ここは会社なんです。業務に支障を出しただけやなくて、明らかに人件費上の損失が出ています。そういうことは、会社の外でやって下さい。良いですね?」


 源蔵に厳しく釘を刺された件のイケメン社員は、真っ青な顔で何度も頷き、平身低頭の勢いで謝罪してから逃げる様に去っていった。

 個人間の恋愛模様には口を出すつもりは無い。それは貴之にも、そして彩華にも同様に説明している。

 だがそれが業務に支障が出てしまうという話であれば、源蔵も黙っているつもりはない。

 その様な場合、源蔵は鬼になる。容赦もしない。

 それが結果として貴之と彩華の関係修復の助けになるかも知れないが、そこから先は本人同士の問題だ。

 源蔵は飽くまでも、業務上の責任を果たすのみであった。

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