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173.ハゲは期待される

 羽歌奈と彩華を室長専属解析班から本来の部署の役職へと戻してから、一週間程度が経過した。

 オフィスでは喜美江と貴之のふたりに助けられつつ、新しく加えた二名の新人解析班員を指導する日々が続いている。

 そして夜には、毎晩羽歌奈が源蔵のマンション個室に来襲するというのがほぼルーティーンと化していた。

 羽歌奈は部屋に押し込んでくる度に、


「んもぉ~! 室長に追い出されちゃったから、お仕事中はちょっと、っていうか、ずーっと悶々としちゃってるんですからねー!」


 という様な台詞を、異口同音で毎回繰り返している。

 その都度源蔵は苦笑を漏らしながらお手製の料理で彼女の機嫌を取っている訳だが、羽歌奈がプライベートの時にしか見せない子供の様な所作は、実のところ源蔵的には最高の癒しとなっていた。


「なぁ~んか室長、嬉しそうですね……わたしがこーんなに怒ってるのに」

「いやいや、佐伯さんが面白過ぎるんですよ」


 源蔵が苦笑を滲ませると、羽歌奈は面白いとは何だと唇を尖らせ、またぷりぷりと怒り出す。

 そういったやり取りをずっと続けている訳だが、源蔵としては美月との父娘生活以来、すっかり絶えて久しかった家族団欒という趣を感じる日常の一コマであった。


(家族、か……)


 ここでふと、別の発想が脳裏に浮かんできた。

 羽歌奈と家族になるということは、それは即ち結婚を意味する。

 果たして自分に、羽歌奈を妻に娶るだけの器量と将来性はあるのか。そもそも羽歌奈に、伴侶として見て貰えるだけの価値はあるのか。

 自分の様な不細工な男のDNAを我が子に残すことに対して、羽歌奈は納得するのだろうか。

 単に恋人同士という範疇であればこそ、羽歌奈もこうして付き合ってくれているだけなのかも知れない


(流石に結婚はなぁ……それに美月のこととかも、何も話してへんし……)


 羽歌奈に対しては、源蔵は己の過去の全てを明かし切った訳ではない。普通の人生を歩んできた者であれば、源蔵の過去は余りに重過ぎるかも知れぬと考えたからだ。


(まぁ……もうちょっと様子見かな……)


 羽歌奈との付き合いは、まだ半年も経過していないのである。もっと彼女との関係を、見極めてゆく必要があるだろう。


「あ、ところで室長……最近、久我山くんの元気が無いって喜美江ちゃんから聞いたんですけど、何かご存知ですか?」


 羽歌奈は自部署に係長として復帰した後も、喜美江とはランチや休憩時間などでよく顔を合わせるらしい。

 その喜美江から、羽歌奈は室長個室内の状況や雰囲気を逐一聞き出しているのだという。


「久我山さんですか……うん、確かにここ二日程、ちょっと顔が暗い様な気はしてました」


 以前貴之は、彩華との間で関係がぎくしゃくし始めたと源蔵に訴えたことがある。

 あの時、源蔵はちょっとしたアドバイスを与えてやった訳だが、その後しばらくは、貴之と彩華の関係は修復されていたかの様に見えた。

 ところが今は、彩華が室長個室内には居ない。つまり、ふたりの日中のやり取りを直接自分の目で見ることが出来ない訳である。

 そうなると、貴之と彩華の間で何か新しい問題が生じていたとしても、すぐに気付ける環境には無いというのが実情であった。


「でも確かに、気にはなりますね……また明日辺り、鉄板焼き屋で聴取ですかねぇ」

「え……もしかして、あの、お肉がチョー美味しいお店ですか?」


 ソファーで寛いでいる源蔵に、横合いから羽歌奈が柔らかくて大きな乳房を押し付ける様にして、ぐいぐいと迫ってきた。

 自分も行きたい、と連呼している羽歌奈。余程にあの店の肉が美味かったらしい。

 しかし羽歌奈を呼ぶとなれば、彩華も呼ばなければおかしい。ひとりだけ解析班OBとして特別扱いするのは流石に拙いだろう。

 そんな意味のことを源蔵が口にすると、羽歌奈は露骨に不機嫌そうな表情を浮かべ、柔らかな唇を尖らせてぶーぶーいい始めた。


「あぁはいはい……また今度、一緒に行きましょうね」

「ぜーったいですよ。約束ですからね」


 日中のオフィスで見せるクールなバリキャリウーマンの姿はすっかり影を潜め、本当にただの甘えん坊な大人女子と化している羽歌奈。

 源蔵はただ苦笑を返すしか無かった。


◆ ◇ ◆


 そして翌日の定時後。

 源蔵は新たに加わった二名の新人の歓迎会という体で、喜美江と貴之も誘っていつもの高級鉄板焼き屋へと繰り出した。

 この鉄板焼き屋の席では普通に飲んで食って楽しむことだけに徹していたのだが、お開きになってから源蔵は密かに、貴之をふたりだけの二次会へと誘った。

 貴之も、ふたつ返事で応じてきた。どうやら彼にしても、渡りに船だった様だ。

 そうして源蔵が貴之を伴って足を運んだのが、すっかり馴染みとなっている路地裏のバーだった。

 ところが――。


「あ、室長お疲れ様です。先に飲んじゃってました」


 何故か羽歌奈が、当たり前の様にしれっとした顔でカウンター席に陣取っていた。それも、一度帰宅してからラフな部屋着姿で。

 流石の源蔵も、この時ばかりはぎょっとした顔を覗かせてしまった。


「あれ、佐伯さん……こちらのお店、よく来られるんですか?」


 貴之も相当、面食らった様子だ。いつものクールビューティーなOL姿ではなく、恐ろしく気さくでざっくばらんな姿の美女に、かなりの衝撃を受けている顔つきだった。


(さては佐伯さん……僕と久我山さんの恋バナを酒の肴にするつもりやな……)


 内心でやれやれとかぶりを振りながら、仕方なく羽歌奈の隣に腰を落ち着けた源蔵。更にその傍らに貴之も席を取った。

 幸い、貴之と彩華が付き合っている話は、或る程度近しい者の間では知れ渡っている。羽歌奈も知っている事実だから、わざわざ隠し立てする必要も無かった。


「西沢さんとはその後、何も問題起きてないですか?」


 本来であれば、上司の方から部下のプライベートな領域に足を踏み込んでゆくのはご法度だ。

 しかし今回は貴之の方から、この話題に関する議論を求めてきていることは明白である。源蔵は敢えて、自身の口から斬り込んでゆくことにした。

 貴之は一瞬口ごもったが、しかし羽歌奈の存在は然程気にする素振りも無く、正直に語り出した。


「いえ、それが……ちょっと、ツラい展開になってきまして……」


 曰く、自部署に戻って主任としての仕事を再開した彩華に、別部署の企画課に所属するイケメン社員がアプローチを仕掛けてきているということらしい。


「え……西沢さんのカレシが久我山くんだってこと、そのひと、知らないの?」

「いえ、知ってはいると思います。知った上で、西沢さんに粉かけてるんだと思います……」


 すっかり意気消沈した様子で羽歌奈に答えた貴之。

 矢張り、過去に枕業務に手を出していたことが、何かと足を引っ張る要素になっているのか。

 源蔵は腕を組んで天井を見上げた。

 その源蔵に、羽歌奈が不安げな視線をちらちらと投げかけてきている。

 何とかしてあげられないのか、という期待を寄せられているのは間違い無かった。

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