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172.ハゲは放流する

 羽歌奈、喜美江、彩華、そして貴之の四人を室長専属の解析班に任命してから、そろそろ一カ月が過ぎようとしていた。


(ぼちぼち、解放してやった方がエエかな)


 朝の室長個室内で源蔵は、四人のスキルシートをPC上に眺めながらそんなことを考えていた。

 源蔵がこの四人を自らの専属部隊として配下に置いたのは他でも無く、この四人に才能を感じたからだ。

 それぞれ一長一短を抱えていたものの、この一カ月で源蔵はプラス面ならば大きく伸ばし、マイナス面ならば気づきを与えて克服する様にと指導を続けていた。

 そして現在、この四人はどの設計部署に出しても恥ずかしくない程度の基礎スキルを身に着けつつある。

 後は現場で実践し、経験を積んでゆくばかりだ。


(さて……放流していく順番やけど……)


 解放の一番手は既に決まっている。

 羽歌奈だ。

 彼女は係長という役職を持っており、いつまでも室長個室内に隔離していて良い立場ではない。


(まぁ……仕事中に顔見れん様になるのは物凄く残念やけど……)


 作業の合間に、時折見せてくれるあの親しげな笑顔と、お別れしなければならない。プライベートの時間になれば幾らでも彼女の華やかな美貌を拝むことが出来るのだから、ここはもう割り切るしかないだろう。

 そしてもうひとり、解放すべき面子が居る。

 彩華だ。

 彼女も羽歌奈と同じく、役職持ちだ。主任という立場である以上、矢張り彩華も少数精鋭の小部隊に留め置いて良い存在ではなかった。

 貴之と喜美江にはもう少しだけ、室長専属解析班としてその力を貸して貰いたい。いきなり全員を解放してしまうと、今度は源蔵自身の業務が立ち行かなくなるからだ。


(今日辺り、説明会開こうかな)


 壁掛け時計に視線を流すと、始業までにはまだ相当な時間がある。

 が、既に四人とも出社しており、それぞれの作業デスクに就いていた。以前であれば、考えられない光景であろう。

 羽歌奈は元々早めに出社する習慣を持っていたらしいが、他の三人は大体始業直前ぐらいに出社してくるのが常だったらしい。

 それが今では、少なくとも30分以上前には室長個室に顔を揃えている。いずれも、やる気に満ちた表情を覗かせていた。


(あんまり社畜根性みたいなのは身に着けて欲しくないけど……かというて、本人のやる気を削ぐのもな)


 モチベーションが高いのは、悪いことではない。

 勿論、それぞれの体調や精神面での健康ありきの話ではあるが、本人が元気で、且つやる気に溢れているのであれば、そこに統制をかけるのは余り賢いやり方ではないだろう。


(そのパワーを本来の部署に持ち帰って貰って、周りに良い影響を与えて貰えれば成功やな)


 源蔵は執務デスク前でのっそり立ち上がると、軽く両掌を打って四人の注目を集めた。


「ちょっと手ぇ止めて、聞いて貰えますか」


 四人の精鋭は、一体何事かと僅かに驚いた様子で小首を傾げている。

 源蔵は、室長専属解析班を編成するに至った経緯と、そして今後の予定について軽く説明を加えた。

 最初は神妙な面持ちでじっと耳を傾けていた四人だったが、次第にその表情には喜色と同時に、幾ばくかの不安に近しい色を浮かべる様になっていた。


「えっと……それって、要はわたし達の力はもう不要、ということなんでしょうか……?」


 オフィスではいつも凛としたクールビューティーとしての姿を崩さない羽歌奈が、珍しく動揺した調子でそんな問いかけをぶつけてきた。

 源蔵は、苦笑を滲ませながらそうではないとかぶりを振る。


「いやいや、ホンマやったら皆さんのお力はこの先もずっとお借りしたいぐらいです。でもそれやと、うちの部署も、それに皆さんご自身の成長にも良くないんです」


 しかしながら、羽歌奈のこの反応は少しばかり意外でもあった。まるで彼女は、室長専属解析班を抜けるのが嫌だといわんばかりの様子だった。

 正直なところをいえば、そういって貰えるのは嬉しい。しかしだからといって、ここで甘えてしまう訳にはいかない。

 源蔵は穏やかな笑みを湛えながらも、内心では鬼になることに徹した。


「今後、室長専属解析班は入れ替わり制にしていきます。僕が、これはと見込んだ社員を巻き込んで一定期間、ここで作業して貰うことで実力を高めていってもらう為の場にしようと考えてます」


 そして羽歌奈と彩華は、このエリート養成コースの初代卒業生ということになる。


「えぇっと……つまり私と佐伯さんは成長が認められて、晴れて卒業、ということになる訳ですか?」


 彩華が漸く、不安の色を消して嬉しさ一色の表情を覗かせる様になった。

 こうして納得して貰う為に少しばかり時間を要してしまったが、どうやら源蔵の言葉は四人にしっかり届いた様である。


「佐伯さん、西沢さん、お疲れ様でした。いよいよ、それぞれの本来の所属部署でお力を存分に発揮して頂く時が参りました。期待してますよ」


 源蔵にハッパをかけられ、羽歌奈と彩華はそれぞれ姿勢を正して立ち上がり、深々と一礼した。

 と、ここで喜美江がふと何かに気付いた様子でさっと手を上げてきた。


「あ……っていうことは室長! 羽歌奈さんと彩華さんの代わりに、補充の人員が新しく入ってくるってことですかー?」

「まぁ、そうなりますね」


 そりゃ当然だろうと源蔵が頷き返すと、喜美江は何故かその可愛らしい顔立ちを一気に輝かせ始めた。


「わぁ~……ってことはぁ、あたしも遂にパイセンって呼ばれる訳ですね!」

「いや、まぁ、どう呼ぶかはひとそれぞれでしょうけど……」


 流石に源蔵は苦笑を禁じ得なかったが、喜美江が呼称程度のことで喜んでくれるなら、それはそれで別に構わない。

 ともあれ、伝えるべきことは伝えた。

 後は今日中に引き継ぐべき事項は全て引き継ぎ、それが終わったなら羽歌奈と彩華には自部署の席へと復帰して貰う段取りとなった。


「はぁ~あ……何だかちょっと、寂しくなっちゃいますねぇ」


 彩華が苦笑を滲ませながら、作業デスク上の片付けに着手した。その笑みが微妙に色っぽい。

 一方の羽歌奈は淡々と退去の準備を進めているものの、その横顔には少しばかりしょんぼりした気落ちの色が無いことも無かった。

 そして室長個室から去り行く直前、羽歌奈はそっとチャンピオンベンチ脇の源蔵の傍らへと歩を寄せてきて、彼にだけ聞こえる声音でそっと囁きかけてきた。


「んもぉ……そういうことは、もっと早く教えといて下さいよ……今夜は、一杯慰めて頂きますからね」


 それだけいい残すと、羽歌奈は私物の入った通函を抱えて室長個室を出ていった。

 怒っている訳ではないのだろうが、頬をぷっと膨らませた子供っぽい仕草には、源蔵も苦笑が浮かぶのを抑え切れなかった。

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