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171.ハゲは実感する

 義幸のことは気にするな――羽歌奈から勇気づけられるひと言を受けて気を取り直した源蔵ではあったが、しかしそれ以降も彼女とは相変わらず、セックスには至っていない。

 源蔵の愛撫テクニックが余りに凄過ぎるというのが、羽歌奈の弁だった。


「んもぅ……室長に触って貰うだけでわたし、すっかり満足しちゃって……あんなの、反則ですよ」


 朝を迎えて、白い柔肌を披露しながらむくりと起き上がる羽歌奈だが、その美貌は満足した表情ながらも微妙に苦笑を浮かべる日々が続いている。


「っていうか室長、ホントに童貞なんですか?」

「え? そうですけど?」


 朝食を用意している源蔵に、羽歌奈は心底疑わしいといわんばかりの視線を叩きつけてくる。

 どうしてそこまで疑われるのか、源蔵にはよく分からなかった。


「だって室長、わたしの裸見ても平然としてるし、オンナのカラダの扱いが妙に手慣れてるし……どう考えてもすっごいヤリ慣れてる様にしか思えないんですけど?」

「そない疑われましてもねぇ……」


 出来たてのスクランブルエッグをフライパンからプレートに移しながら、源蔵は小首を捻った。

 羽歌奈がいわんとしていることも、何となくではあるが理解は出来る。

 源蔵が愛読している数々のライトノベルでも、大体登場する男子主人公は童貞だ。そんな彼らはラッキースケベな状況に出会うと例外無く、挙動不審に陥っている。

 翻って源蔵自身はどうかというと、羽歌奈の均整の取れた、それでいて色気満載のむっちりとした裸体を初めて目にした時でも、全く動揺しなかった。

 というのも、裸で自宅内をうろうろする美月の姿で、すっかり慣れてしまっていたからだ。


(美月も大概エロいカラダしてたけど、僕からしたら自分の娘やしな……)


 最初は驚き、己の理性を抑えるのに必死だった源蔵だが、毎日のように美月の裸族生活を目の当たりにしていると、次第に慣れてきてしまった。

 その特訓の日々の成果が、思わぬ形で出てしまっているのが現在の状況である。

 そしてその一方で羽歌奈を毎回、気絶に近い状態にまで絶頂させているペッティング技術は、これはもう完全に源蔵自身の研鑽の賜物であった。

 女性インストラクターによるセックス指南の動画やらホームページやらで徹底的に調べ上げ、男性目線を一切排した女性による女性の為の性感帯刺激技術をひたすらにマスターした源蔵。

 その結果、羽歌奈は挿入を待つまでも無く毎回性的絶頂を迎えてしまい、そのまま満足して眠りに就くというのがほとんどお決まりのパターンと化していた。

 ほぼルーティーン化している、といっても良い。


「せやけど実際、佐伯さんもイった後は触られたくないでしょ?」

「あ、ハイ。それはもう、その通りです……」


 供された朝食をつつきながら、羽歌奈は神妙な面持ちで頷き返した。

 事実彼女は、エクスタシー直後は全身が性感帯と化してしまっているらしく、ほんの少し触れられるだけでも耐えられないといった様子で逃げ回っているのである。

 流石に源蔵も、そこまでして己の性欲を満たしたいとは思わない。

 それ故、源蔵は己の指先で羽歌奈に絶頂を与えた後は、そのまま缶ビールでの晩酌でひと息ついてから就寝する様にしていた。


「はぁ~……わたし、いつになったら室長にちゃんとシてあげられるかな……」

「いや、もうそんなん気にせんといて下さい」


 そもそも朝から議論する様な話題でもない。

 源蔵は苦笑を滲ませながら、小さくかぶりを振った。


「あ、そうだ……室長、今週末の金曜なんですけど、喜美江ちゃんに合コンの頭数に呼ばれちゃってて……その……行ってもイイですか? あ、勿論お相手には、わたしがカレシ持ちの頭数要員だってことは先に伝えるつもりですから」

「ははぁ、そうなんですね……はい、良いですよ」


 羽歌奈は幾分、申し訳無さそうに源蔵の強面を覗き込んできている。

 わざわざ事前に源蔵の許可を得ようという意識が働いているということは、羽歌奈は本当に他所で別のオトコを作るつもりはない、ということなのだろうか。

 それはそれで源蔵としては嬉しい配慮ではあったが、矢張り今でも、自分なんぞが元アイドルの美女を束縛してしまって良いものかという軽い罪悪感が湧いてきてしまうのも事実だった。

 勿論、そんなことを口にすれば羽歌奈がまた怒り出すから、源蔵は何もいわずに黙っているのだが。


◆ ◇ ◆


 金曜の夜、源蔵は少しばかり遅い時間までひとり残業していたのだが、そろそろ作業を終えてチャンピオンベンチの電源を落とそうかとしていたところで、不意にスマートフォンから着信メロディが流れ出してきた。

 羽歌奈からだった。


「あ、室長……もうお仕事、終わりですか?」

「あー、はい。丁度帰ろうとしてたとこですけど……どないかしはったんですか?」


 幾分酔いが回っている様子の羽歌奈だが、呂律ははっきりしている。何かあったのだろうか。


「えっと、もし可能なら……ちょっと、迎えに来て頂いてもイイですか?」


 曰く、喜美江に誘われて参加した合コンがそろそろお開きになろうかというタイミングらしいのだが、相手側の男性陣の中でひとり、どうしても羽歌奈をモノにしようと頑張っているイケメンが居るというのである。

 羽歌奈としてはそのイケメンから早々に逃げ出したいらしく、彼の目の前で源蔵との仲を見せつけて諦めさせたいというのが本人からの要望だった。


(まぁ、そういうことなら行かん訳にもなぁ)


 源蔵は手短に場所を聞き出して、すぐに社屋を後にした。

 それからものの三十分後には、件の合コン会場となっている居酒屋前に辿り着いていた。

 どうやら合コン自体は既に終わっているらしく、居酒屋前で数人の男女が集まってわいわい騒いでいる。その中に羽歌奈の姿もあった。

 幸い、喜美江の姿は無い。他の男性陣と一緒に、二次会へ向かった様だ。


「あ、室長!」


 羽歌奈は源蔵の姿に気付くと、物凄く嬉しそうな笑顔を弾けさせて小走りに近づいてきた。

 それから彼女は、追い縋ろうとしている見知らぬイケメンに振り向く。


「ほら、嘘じゃなかったでしょ? わたし、ちゃんとカレシ居ますから」

「えー、マジかぁ~……」


 そのイケメンは心底残念そうな面持ちで、尚もぶつぶついいながら恨めしそうに源蔵の不細工な強面を睨みつけている。

 こんな奴のどこがイイんだとか何とか、結構失礼な台詞を聞こえよがしに漏らしていた。


「ねぇ羽歌奈ちゃんさぁ。やっぱ、オレにしときなよ。オレの方が絶対、気持ちイイことしてやれるぜ?」

「あはは……ざーんねん! 気持ち良さなら絶対、わたしのカレシの方が上ですから、ご心配無く」


 明るく笑いながらそのイケメンを追い払う羽歌奈。

 本当にこの女性は、オフィスに居る時とプライベートでは仕草も表情も全く異なる。

 そのオン・オフの切り替えは本当に凄いと、源蔵はいつもながら舌を巻く思いだった。

 しかし目の前で他のオトコからの誘いを断り、源蔵に身を委ねてくれる羽歌奈の想い、心遣いは思いの外、心地良かった。

 自分もいよいよ、ひとりの女性と本当に付き合っているのだなと、改めて実感した源蔵だった。

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