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167.ハゲは甘やかす

 豪華な食事を終え、ほどほどに酔ったところで源蔵と羽歌奈はホテル一階のラウンジへと下りて、少し休憩しようということになった。


「この後、どうします? 二軒目行きますか?」


 何故か羽歌奈は妙に乗り気で、ソファーにどっしりと腰を下ろしている源蔵の巨躯に大きくて柔らかな胸をぐいぐい押し付けてきた。

 矢張りプライベートの彼女は、オフィスに居る時とは比べ物にならない程に明るく、そして妙に子供っぽい表情を見せることが多い。

 或いは、今の羽歌奈が本来の姿なのだろうか。


(まぁ、そらそうかもな……仕事の時は集中して気ぃ張ってるやろうし……ってことは、今の佐伯さんが素なんやろか)


 源蔵は最初、羽歌奈の方から告白してきた手前、可愛らしいオンナを演じているだけだとばかり思い込んでいた。しかしどうやら、違うらしい。

 実際、特撮ドラマの話を振るといつも全力で食いついてきて、日中のバリキャリウーマン姿からは想像も出来ない程によく笑い、その美貌が色々な表情へと変わってゆく。

 矢張り、今の羽歌奈が本来の姿なのか。

 源蔵は認識を改めなければならぬとひとり静かに反省していた。


「腹は十分膨れましたし……軽く飲めそうなとこにしましょか。リクエストあったらいうて下さい。何ぼでも付き合いますよ」

「え、イイんですか?」


 一瞬羽歌奈は、随分と迷っている仕草を見せた。が、彼女はすぐに意を決した様子でスマートフォンを取り出し、何かの画面を表示させようとしている。


「えっと……それじゃあ……これ、行って良いですか?」


 見ると、そこに映し出されていたのは或るアニメのコラボカフェバーのPR画像だった。

 コラボカフェというのはよく目にするが、カフェバー、つまり夜の店でこのようなコンビネーションを展開するというのは、少し珍しいかも知れない。

 最近のコンカフェ界隈も随分大人嗜好に舵を切ったものだと、源蔵は内心で驚きを禁じ得なかった。


「おー、良いですねぇ。行きましょう行きましょう」


 源蔵は自他共に認めるオタクである。

 ライトノベルのみならず、アニメも特撮ドラマも結構色々履修している。そのバリエーションの広さでは、羽歌奈には決して負けないと自負していた。

 一方の羽歌奈は自身のスマートフォンをぎゅっと握り締め、心底ほっとした様子で、そして同時に物凄く嬉しそうな、或いは安堵した表情で喜色を浮かべた。


「わぁ……ありがとうございます! わたし、誰かと一緒にコラボカフェとか行くの、実は初めてで……今まで何度も行こうと思ってたんですけど、その、おひとり様だとちょっと敷居が高かったし……」

「そんなん、何ぼでもいうて下さい。僕なんてしょっちゅう行ってますから」


 源蔵がからりと笑うと、羽歌奈は本当に感激した様子で、微妙に涙ぐんでいる。

 そんなに行きたかったのだろうか。


「やだぁ……何か、もう、すっごい嬉しいです……今まで、わたしの趣味を、こんなにも理解してくれるひと、全然居なかったから……」


 心底嬉しそうにしている羽歌奈を見て、源蔵は少し気の毒に思えてきた。

 彼女は元アイドルで、相当に見目麗しい女性である。となると、羽歌奈と過去に付き合ってきた男性陣は彼女の美しさから、オタク的な雰囲気を感じ取ることが出来なかったのだろう。

 必然的に歴代カレシは大人の嗜好ばかりに目を向け、羽歌奈が大好きな分野には目もくれなかったのかも知れない。

 そして羽歌奈自身も、相手に気を遣って己の趣味嗜好を打ち明けることが出来なかったのではなかろうか。或いは打ち明けたとしても、理解してくれなかったのだろう。

 だからこそ彼女は今、こんなにも嬉しそうな笑顔を浮かべているのかも知れない。

 尤も、羽歌奈のこの表情もただの演技なのかも知れないが。


(ま……それならそれで、別にエエけど)


 騙されてやるのも男の器量だと腹を括った源蔵は、自身の剛腕に抱き着いてくる羽歌奈をエスコートする格好でホテルを出た。

 それから小一時間後。

 件のコラボカフェバー内での羽歌奈の弾けっぷりは、想像以上だった。とてもではないが、演技でここまで出来るとは思えない。

 ということは、彼女は本当に心の底から楽しんでいるのだろう。


(何か……まるで今までの溜まりに溜まった鬱憤を晴らしてるみたいやな)


 密かに苦笑を滲ませながら、子供の様にはしゃいで喜んでいる羽歌奈の美貌を穏やかに眺める源蔵。

 源蔵自身もこのコラボカフェバーのメニューや限定アイテムを十分に楽しんでいるが、それ以上に今は、羽歌奈の元気に弾ける姿を見ている方が楽しかった。

 やがて羽歌奈は、ちょっと休憩とばかりにストゥールへと腰を下ろした。

 そしてこの時彼女は、ふと何かに気付いた様子で妙に慌て、狼狽え始めた。


「あ……ご、ごめんなさい室長。何だか、わたしばっかりがひとりで喜んで、はしゃいじゃってて……」

「いやいや、全然良いですよ。それに佐伯さんがあんなに喜んでる姿見てるのが、僕としても楽しいですし」


 すると羽歌奈は、軽く吐息を漏らしてそっと手を伸ばしてきて、グラスを握る源蔵の大きな手の甲にそっと触れた。


「んもぅ……室長、相変わらず相手ファーストな癖、直りませんね」

「うーん、中々難しいですね。気ぃついたら、まず相手が喜ぶか、楽しむかってことばっかり考えてしもうてますわ」


 相手が楽しんでくれなければ申し訳が無い。自分の様な不細工と同じ時間を過ごしてくれているのだから、相手には相手の好きな楽しみを存分に堪能して貰いたい。

 これは源蔵本来の卑屈な負け犬根性に端を発しているのだろう。しかし源蔵は、それはそれで悪い話でもないと思っている。

 尤も、そんなことは口が裂けても羽歌奈に白状することなど出来ないのだが。

 ところが、今宵に限ってはこの相手ファーストの精神が少しばかり度を過ぎた様だ。というのも、源蔵が余りに自由にさせ過ぎた為、羽歌奈は飲んでははしゃぎ、はしゃいでは飲んでを繰り返した結果、べろんべろんに酔い潰れてしまったのである。


「あー……ちょっとこれは、甘やかし過ぎたわ」


 羽歌奈の肉感たっぷりの妖艶なカラダを支えながら帰宅の途に就いた源蔵は、ただ苦笑するしか無かった。

 だが幸いにして羽歌奈は源蔵のカノジョだから、マンション自室へ連れ込んだとしても気に病む必要は無い。それだけは本当に、心の底から助かった。


「佐伯さーん。もう帰りますよー」

「ふわぁ~い」


 今にも寝てしまいそうな、とろんとした顔つきで源蔵に全てを委ねている羽歌奈。

 これは明日の寝起きが大変なことになるかも知れない。

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