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164.ハゲは省みる

 源蔵は、嘘はついていない。

 これまで彼の前に現れ、そしてその能力や価値を認めてくれた女性は少なくなかった様に思う。そして今にして思えば、彼女らはそれとなく好意を示してくれていたとも感じられた。

 しかし羽歌奈の様にはっきりと口に出して、好きだから付き合って欲しいと真正面からその想いをぶつけてきた女性は皆無だった。

 いずれもそれなりに匂わせていただけで、羽歌奈程に明瞭な形で男女の仲を申し入れてきた女性は、ひとりとして居なかった。

 勿論、過去に源蔵は、


「これはと思った女性には自分から声をかける。女性からの交際の申し入れは一切断る」


 と宣言していたからこそ、多くの女性達は遠慮していたのかも知れない。

 だが仮に、羽歌奈に対しても同じことをいい切っていたとして、彼女は果たしてそこでたじろぎ、二の足を踏んでいただろうか。

 今の羽歌奈の表情を見ると、例え源蔵が女性からの好意を撥ね退けると公言したとしても、真っ向勝負を仕掛けてきていた様に思える。

 それだけに源蔵は、自分でも思った以上に困惑している。


(こんなことって、あるんやなぁ)


 感激したというよりも、ただただ驚いた。

 まさか自分の様な禿げのブサメンに、付き合って欲しいと打ち明けてくる女性が居ようなどとは。

 そしてまたもや、いつもの様にネガティブな思考が頭の中に鎌首をもたげてくる。

 羽歌奈の告白もまた、本気ではないのではという疑惑。

 何か別の思惑があって、ただ源蔵のことが好きだという風に振る舞っているだけなのではないか。


(けどまぁ……それならそれで、嘘に付き合ってやってもエエかな)


 麗羅から、女性の想いを無下にするなと散々キツくいわれてきたが、どんなに頑張ってもそう簡単には己のこれまでの思考やスタンスを切り替えることなど出来ない。

 だが、相手が嘘やまやかしで交際を申し入れてきている可能性を含んだ上で受け入れるとなると、話はまた別であった。


(まぁ折角やし、僕にも恋愛ごっこが出来るかどうか、ひとつ試したみたろか……)


 羽歌奈程の器量の良い女性は、自分には勿体無い。いずれ彼女も、源蔵の存在感など一瞬で霞んでしまう程のイケメンと出会えば、きっとそちらに乗り換えるだろう。

 であれば、それまでの間は恋愛脳を鍛える為の相手として付き合うのも悪くない。

 仮に源蔵が本気で羽歌奈に惚れてしまう様なことがあっても、それはそれで構わない。過去に源蔵は、本気で惚れた女性らからこっ酷くフラれ、徹底的に叩きのめされた。

 今更羽歌奈に捨てられたところで、どうということは無い。勿論精神的にキツいのは重々承知だが、恋愛のいろはを知り、女性心理を少しでも理解する為の一助となるのであれば、安い投資だといえなくもないだろう。


「あの、それで……室長……お、お返事は、その……」

「あぁ、そうでした。勿論、是非ともお願いします。佐伯さん程にもなると、本来なら僕の方から頭を下げてお願いせないかんぐらいの高嶺の花なんですけどね」


 剃り上げた頭をぺたぺたと叩きながら、源蔵は乾いた笑いを漏らした。

 それにしても、よく分からないことがある。

 源蔵が羽歌奈と最初に出会ってから、まだ然程の月日を過ごした訳ではない。にも関わらず、何故彼女が源蔵と付き合いたいなどと思ったのか。

 元カレの義幸が余りに低俗で酷い男だったからだろうか。その義幸を源蔵が徹底的にやっつけたのを見て、羽歌奈は胸がすく思いを抱いたのかも知れない。

 そしてその思いを、恋心と勘違いした可能性もある。


(まぁ仮に一時の思い込みやったとしたら、そのうち醒めるやろ)


 まだ告白されたばかりだというのに、源蔵は早くも羽歌奈から別れ話を告げられた場合のシミュレーションを頭の中に幾つも並べ始めた。

 というよりも、彼女が己の先走った想いに気付き、源蔵を毛嫌いして去ってゆくであろうという予想は、源蔵の中ではもうほとんど確定事項として根を下ろす様になっていた。


(まぁフラれるまでの間は、色々と勉強させて貰おうか)


 こうして羽歌奈は、源蔵の中では時限的な恋愛の師匠としての立ち位置を得た。勿論そんなことは、羽歌奈に対して面と向かっていうつもりはない。

 わざわざ彼女の気分を害する台詞を口にするまでも無く、いずれ羽歌奈の方が源蔵を見限って去ってゆくだろう。

 その時になったら、あぁやっぱりね、と己を嘲笑えば良いだけの話である。

 そんな源蔵のほとんど諦観に近しい思考などには全く気付いた様子も無く、羽歌奈はその美貌に歓喜の笑みを浮かべていた。微妙に瞳が潤んでいるのは、もしかすると感極まっているのだろうか。

 その笑顔も、果たしていつまで持つのだろうか。


(まぁ……よぅ続いて一カ月かな)


 大体そんなもんだろうと予測を立てた源蔵。

 問題は、羽歌奈が源蔵を捨てた後だ。彼女はもしかすると、居たたまれなくなって室長専属の解析班を辞そうとするかも知れない。

 それだけは、何とか阻止したかった。

 源蔵は羽歌奈の技術と知識、そして経験を大いに買っているのである。


(何とか、僕をフッた後も機嫌良う仕事して貰える様に、環境整えておかんといかんよなぁ)


 そんなことを考えていると、羽歌奈が不安げな面持ちで間近から源蔵の強面を覗き込んできた。


「あの、室長……その、何か……気になることでも?」

「あぁ、いやいや、別に佐伯さんとお付き合いするのが嫌とか、そういう話ではないですよ。ただちょっと、僕がいつまで佐伯さんの歓心を買ってられるかなぁと思って、自分の賞味期限を色々考えとったんです」


 すると羽歌奈は、驚きの中に幾分の悲しさを滲ませて更にその美貌を寄せてきた。


「室長……今までに何があったんですか? 室長ぐらいの凄くデキる男性がそこまで御自身を過小評価するなんて、ちょっと普通じゃないですよ?」

「まぁ、そうですね……佐伯さんには僕の黒歴史、ひと通りお話しときましょか」


 源蔵は羽歌奈と並ぶ格好で、ベッドの端に揃って腰を落ち着けた。

 そこで源蔵は過去に三度女性からこっ酷くフラれ、ゲテモノ扱いされたことを手短に伝えた。

 更に、ここ二年から三年程の間に何人かの女性からそれとなくアプローチされた気はするものの、はっきりとした想いを告げられたことは無かったとも語った。


「やっぱり、居たんじゃないですか、室長のこと、好きになったひと……ただ……でも、そうですね……室長のツラい過去から考えると、ただ匂わせるだけじゃダメなんじゃないかって思います」


 そういう意味では、真っ直ぐにはっきりと己の意思を伝えた羽歌奈は、或る意味勝者だ。

 羽歌奈は何故か豊かな胸の膨らみを誇張するかの如く上体を反らせ、得意げにふふんと笑った。


「やっぱりですね、好きって想いは、ちゃんと伝えないとですよ。室長は確かに三度もフラれちゃいましたけど……それは大事なことだと思います。それだけツラい過去を持っている方なら尚更、本気の想いをちゃんと言葉にして伝えないと! 匂わせて、気付いて欲しいなんて考え方、わたしは共感出来ません」


 直後、羽歌奈は源蔵の太い剛腕にぎゅっとしがみついてきた。

 絶対に離さないという意思の表れだろうか。

 そういえば操にも過去に何度か、抱き着かれたことはある。あの時の操の想いは果たして、源蔵に向けられていたものなのだろうか。

 否、仮にそうだったとして、源蔵が操の気持ちを素直に受け止めることが出来ただろうか。

 今こうして羽歌奈の想いを受け入れることが出来たのは、麗羅から女性心理の手ほどきを受けたからであり、麗羅の教えが無かったなら、羽歌奈からの告白も操の時と同様、嘘か冗談だと笑い飛ばしてまともに取り合わなかったかも知れない。

 そう考えると、操には随分と酷いことをしてしまった可能性がある。


(僕は己の殻に閉じ籠って、随分色んなひとの気持ちを蔑ろにしてきたかも知れんな)


 今にして悟った。

 麗羅に叱られ、美月に小言を喰らってきたからこそ、やっと分かった。

 そして同時に思う。これまで何人もの女性の想いを足蹴にしておきながら、羽歌奈の想いを受け入れる資格が己にあるだろうか、と。

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