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162.ハゲは距離を取る

 週が明けて月曜、源蔵は念の為にもう一日だけ休む様にと羽歌奈に指示を出しつつ、自らは羽歌奈の分の作業も引き受けて頭脳をフル回転させた。


「室長……あたしも少し、分担しましょうか?」


 昼休み、昼食を終えてから源蔵が幾分呆けた表情で傾けた作業用チェアの背もたれに上体を預けていると、横合いから心配そうな面持ちで喜美江がそっと覗き込んできた。

 一応成人はしているのだが、その顔立ちはどこか幼く、まだ幾分のあどけなさが残っている。美女というよりも美少女といった方が正しいかも知れない。

 そんな彼女の不安げな視線に、源蔵は大丈夫ですよと口角を吊り上げてかぶりを振った。

 自慢ではないが、源蔵は体力には大いに自信がある。

 勿論社畜根性などというものは決して褒められたものではないが、これまでに何度も徹夜を繰り返し、数多の修羅場を潜り抜けてきた。

 羽歌奈の分の溜まっていた作業を捌く程度など、いちいち音を上げる程でもない。


「でもホントに、無理だけはしないで下さいね」


 逆方向から、彩華も心から案じる様子でその整った顔立ちをそっと寄せてきた。

 ふたりの部下から不安げな顔を向けられるということは、それ程に今の源蔵は疲れた様子を覗かせているということだろうか。


「僕そんなに死にそうな顔してます?」


 流石に少し気になって、スマートフォンのミラー機能を駆使して己の強面なブサメンを凝視した。

 多少目の下に隈が出来ているが、そこまで深刻な様子とは思えなかった。

 或いは、このふたりは源蔵を相当な年寄りだと勘違いしているのかも知れない。よくよく考えたら、源蔵は己の年齢を喜美江にも彩華にも明かしたことは無かった。

 加えて、このブサメンでスキンヘッドである。恐らく、相当なジジイと思われているのだろう。

 特にスキンヘッドは、年齢不詳に見られ易いという話をどこかで聞いた覚えがある。きっと喜美江も彩華も、源蔵の実年齢にプラスして十歳程度は年上に感じているのかも知れない。


「僕まだ、そこまで体力衰える程の歳でもないんですけどねぇ」

「……っていうか室長って今、お幾つなんですか?」


 改めて喜美江が訊いてきた。

 源蔵はまだ三十代半ばだと答えると、喜美江のみならず、彩華も貴之も相当に仰天した様子で目を白黒させていた。


(やっぱり、めっちゃジジイに思われとったんやな)


 源蔵は苦笑を禁じ得ない。

 老けて見られるということは、それだけ貫禄やら風格などがあるという意味合いにも取れるが、この場合はどう解釈して良いものか自分でもよく分からなかった。


「えっと……そう、だったんですか……室長って、私と十歳も離れてなかったんですね……」


 何故か彩華が、すみませんでしたと頭を下げてきた。

 きっと彼女の中では、源蔵は五十代ぐらいに見られていたのだろう。


「いやー、でもそれなら納得ですよー。だって室長、めっちゃマッチョですっごくイイ体格ですもん。全然中年太りとかしてないから、凄いなーって思ってたんです」


 両手を口元に添えて、喜美江がくすくすと肩を揺すった。

 世の中には還暦を迎えても、綺麗にシェイプアップされている老人だって少なくない。だが喜美江や彩華の中の常識では、四十代や五十代は腹回りがだらしなくなる年齢なのだろう。

 そういう意味では、源蔵の鍛えに鍛え抜かれた逆三角形の上半身は、三十代半ばという実年齢を立派に証明してくれているのかも知れない。


「でも、あんまり油断しないで下さいね。羽歌奈先輩の看病とかも、してあげてるんでしょ? 疲れてたら風邪伝染(うつ)されるかも知んないですし、要注意ですよー?」


 源蔵の自宅マンションの隣室に羽歌奈が越してきたことは、この室長個室内の面々は全員知っている。

 恐らく源蔵が先週末に羽歌奈の看病に出向いたことも、喜美江辺りはラインか何かで既に羽歌奈本人から知らされているのだろう。

 しかし、もうその心配は不要だ。

 羽歌奈は今朝時点では既に熱も引いていたということだったし、風邪の症状は随分薄らいでいる。それに何より今の彼女には、知彬という立派なカレシが居る。

 今後はもう源蔵が羽歌奈のプライベートに関わることもない。つまり、羽歌奈から風邪のウィルスを貰う機会など微塵にも無いという訳だ。

 最早、何も心配する必要は無い。


◆ ◇ ◆


 その夜、少し遅めに帰宅した源蔵だったが、数分と経たずしてインターホンが鳴った。

 ドアを押し開けると、すっかり顔色が良くなった羽歌奈がはにかんだ笑みを浮かべて静かに佇んでいた。


「あの、お帰りなさい室長……それから、色々ありがとうございました。もう御覧の通り、元気でピンピンしてますから、明日から復帰致します」

「何やったら、もう一日ぐらいゆっくりして貰ってても大丈夫ですよ」


 折角だから知彬との時間もじっくり取らせてやりたい。週末は発熱と看病で恋人同士らしいことは何も出来なかっただろうから。

 と、ここで源蔵は玄関口から顔を出して、隣室のドアへ視線を流した。

 そういえば、知彬の姿が無い。


「あれ? 甲斐田さんは?」

「知彬ですか? いえ、もうとっくに帰りましたけど……」


 不思議そうな面持ちで小首を傾げている羽歌奈。直後、彼女は急に顔を赤らめて、慌てて否定のポーズを取り始めた。


「あ……ち、違いますから。知彬とはわたし、別に何でもないですから」

「そうなんですか?」


 源蔵としては、俄かには信じ難かった。

 実際、彼は証拠も目にしている。


(分別されてへんかったゴミ袋ん中に……開封されたコンドームの個包装の袋もあったんやけどな)


 あんなものを見せられても尚、羽歌奈と知彬が男女の仲ではないというのは余りに嘘臭い。

 何に対して気を遣っているのかは分からないが、別段誤魔化さなければならない話でもない筈だ。それとも、源蔵に知られて困る様なことでもあるのだろうか。

 ともあれ、羽歌奈とプライベート空間で長時間に亘って顔を合わせ続けるのは、知彬にも悪い。

 ここははっきりと伝えて、突き放すべきだろう。


「けどコンドーム使う仲のおふたりを邪魔すんのは、僕の性分には合わんです。今後はもうちょっと、上司と部下として節度ある交流にとどめましょうね」


 それだけいい放って、源蔵は羽歌奈を自室に引き取らせた。

 彼女は尚も否定しようと必死の形相だったが、源蔵はそれ以上聞く耳は持たなかった。

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