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160.ハゲは真理を悟る

 羽歌奈の部屋に居たのは、甲斐田知彬かいだともあきという青年だった。佐伯家の遠い親戚だそうだが、羽歌奈とは所謂幼馴染みに近しい間柄なのだという。

 聞けば、知彬は同じく東京都内にひとり暮らしをしているそうで、たまたま先日、羽歌奈が風邪で寝込んでいることを知り、こうして駆けつけてきたのだという。

 年齢は羽歌奈よりひとつ年下で、証券会社に勤めているらしい。


(こないして看病に来てくれるんやから、良さげなカレシさんやんか)


 知彬が居てくれるなら、源蔵の看病など不要だろう。

 にも関わらず羽歌奈は是非とも源蔵に、引き続き看病をお願いしたいなどといい出している。一体どういう心境なのだろうか。


(頼むから、変な恋の駆け引きとかに僕を利用すんのはやめてや……)


 内心でぶつぶつとぼやきながらもリビングダイニングへと通された源蔵だが、この時、テーブル上のプレートに食べかけの料理が放置されていることに気付いた。

 レバニラ炒めだった。

 思わず足を止めて、皿の中身をじぃっと凝視してしまった源蔵。すると背後から知彬が、むっとした表情で覗き込んできた。


「何? それ、オレが羽歌奈の為に作ってやった昼飯だけど、何か文句あんの?」

「……佐伯さん、食べられそうですか?」


 源蔵は知彬には答えず、羽歌奈に強面を向けた。羽歌奈は未だツラそうな様子ながら、知彬の気分を害さぬ様にと気を遣ったのか、うっすらと苦笑を浮かべながらかぶりを振った。

 矢張りそうか――源蔵は小さな溜息を漏らしながら知彬に振り向いた。


「な……何だよ」


 流石に源蔵の巨躯と鋭い眼光に気圧されたのか、知彬は幾分たじろいだ様子で低く唸るばかりだった。


「佐伯さんは昨日まで結構な高熱でして、食欲もありませんでした。栄養をつけてあげたいという気持ちは分かりますが、今はまだ栄養よりも体力を回復して貰う方が先です。この料理はまだちょっと、佐伯さんには早かったですね」


 いいながら源蔵はキッチンへと廻り込み、冷蔵庫の中をチェックした。幸い、ニラがまだ少し残っている。


「これ、お借りしますね」


 残り物のニラを取り出し、ついでに卵も手に取った源蔵は、そこから手早く玉子粥を作り始めた。

 塩加減は若干薄めにしつつ、ニラの臭みを消す為に梅肉で爽やかな酸味をインパクトに添える。

 そうして十五分程度で仕上がった熱い玉子粥を椀に装い、ベッドに身を沈めている羽歌奈のもとへと持って行ってやった。


「熱いから、しっかり冷ましてから食べさせてあげて下さい」


 源蔵は知彬に振り向いた。

 羽歌奈は相当に驚き、同時に物凄く残念そうな面持ちだったが、それ以上に知彬の方が仰天した顔つきでじっとこちらを見つめている。


「え……何でオレが……」

「わざわざ、佐伯さんを看病しに来はったんでしょ? ほんなら、ちゃんと役目を果たさんと」


 応じてから源蔵は再度、椀を突き出す仕草を示した。

 すると知彬は、複雑そうな面持ちで受け取ってからベッド脇に腰を据えた。


「佐伯さんの体が受け付けそうなレシピを書いておきますから、今日はもう一日、優しい病人食を作ってあげて下さい」


 源蔵はペンとメモ用紙を借りて、ものの数分程度で幾つかの病人食レシピを一気に書き上げた。

 知彬は羽歌奈に玉子粥を食べさせてやりながらも、怪訝な表情でちらちらと源蔵に視線を送り続けている。


「……っていうか、何であんた、そんなに料理のこと、詳しいんだよ」


 どうやら知彬も料理にはそこそこ自信があるのだろう。でなければ、レバニラ炒めなどそう簡単に出来るものではない。

 しかし、料理の腕が良いのと病人食に詳しいのとは、また別の話だ。


「僕も二回程、色々あって入院したことがありましてね。そんでちょっとばかし気合入れて、入院食とか病人食の研究したことがあったんです。もともと調理師免許も持ってたんで、作る方の技術は先に身についてましたからね」

「え……室長、調理師免許もお持ちだったんですか?」


 声を裏返したのは、羽歌奈の方である。道理で美味しい筈だとその美貌に納得の表情を浮かべながらも、驚きを禁じ得ない様子だった。

 そういえば、都小路電機に来てからは調理師の話は余り口にしたことが無かったかも知れない。

 源蔵は苦笑を滲ませながらも、小さく頷き返した。

 すると羽歌奈はどういう訳か知彬の手から椀を奪い取り、結構な勢いで玉子粥を平らげた。


「あ、あの……室長、お、お代わり、イイですか?」

「おや……ちょっとは食欲、戻ってきましたか」


 そろそろ羽歌奈の部屋を辞そうと考えていた源蔵だったが、二杯目の玉子粥を所望された為、再びキッチンへと足を運んだ。

 そうして源蔵が、二杯目の玉子粥が入った椀を知彬に手渡そうとしたところ、何故か羽歌奈が横合いから手を伸ばしてきて、半ば強奪する格好で自ら食し始めた。


「この玉子粥……ホントに、美味しいです。結構何杯でもイケちゃいそう……」

「ははは……でもあんまり無理はせんといて下さいね。急に腹一杯食うたら、胃がビックリしますよって」


 今度こそ羽歌奈の部屋を出ていこうと踵を返した源蔵。

 羽歌奈はまたもや残念そうな面持ちを覗かせていたが、逆に知彬は心底ほっとした顔色を浮かべている。


「えっと……やっぱり、その……帰っちゃうんですか……」

「そらぁねぇ。病人の部屋に大の男ふたりがっても、しゃあないでしょう」


 源蔵が見るところ、知彬は羽歌奈に惚れている。否、もしかすると過去にふたりは男女の仲にあったのかも知れない。

 そんなところに、上司となってまだ然程の時間を過ごしていない源蔵の様なお邪魔虫が、いつまでもふたりの空間を汚し続ける訳にもいかないだろう。

 そして今後の羽歌奈との隣人付き合いも、考え直さなければならない。

 引っ越し直後の一週間は何かと源蔵の部屋を訪ねて来てくれた彼女だが、知彬というオトコの存在が分かった以上は、今までの様に気軽に接する訳にもいかなくなる。


(美月には悪いけど、やっぱり僕には女性との縁は無かったって訳やわ)


 愛娘の残念がる顔が脳裏に浮かんだが、こればかりは仕方が無い。

 しかし、それで良い。

 操にはバリスタ講師の元カレ、美智瑠には初恋の相手、晶には玲央、麗羅には政界次期エース――矢張り、美女は美男と落ち着くというのが世の常だ。

 そして今回は羽歌奈と知彬。結局、そういう風に出来ているのだ。

 源蔵の如き禿げのブサメンに、女性との縁を結ぶ様なチャンスなど巡ってくる筈も無い。


(ま……それが世の真理ってやつやな)


 もう随分前から、分かっていたことである。今更、残念に思う気分も無かった。

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