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16.バレてしまった二階の住み心地

 そろそろ本格的な夏を迎えようかという頃合い。

 源蔵は蒸し暑い夜の最中(さなか)で、心底肝が冷える思いを味わった。


「楠灘さん……た……助けて……!」


 もう間も無く日付が変わろうかという深更、いきなり操からスマートフォンに着信がかかった。

 こんな遅い時間に一体何事かと小首を捻りながら応答に出ると、回線の向こう側から、この搾り出す様な切羽詰まった声が届いたのである。

 この時源蔵は、心臓が握り潰される様な恐怖を感じた。


「どないしたんですか!」


 思わず、叫んでしまった。

 スマートフォンのスピーカーからは、操の声にならない声が響くのみである。


「今、マンションに、居るんですけど……全然、知らない、ひとが……!」


 そして彼女の声の更に向こう側から、ドアを激しく叩く暴力的な音が伝わってくる。

 これは拙い――源蔵はまず、警察に連絡を取る様にと指示を出し、続けて操の自宅住所をすぐにSNSアプリを通じて送る様にと口早に伝えた。


「お……送りました……!」


 源蔵はたった今届いたばかりの操のマンション所在地を地図アプリに転送し、自身のマンションからの到着時刻を即座に割り出した。


「すぐにそちらに向かいます。良いですね、この通話が終わったら警察に連絡して下さい」

「分かり……ました……!」


 そこで源蔵は回線を切り、必要最低限の準備だけを整えると、逸る気持ちを抑えながら自宅マンションを飛び出した。


◆ ◇ ◆


 それから、小一時間後。

 源蔵は操のマンション自宅玄関口で、駆けつけた警察の事情聴取を受けている彼女の傍らに佇んでいた。

 どうやらストーカーと思しき不審者が、自宅最寄り駅から操の後を尾行してマンションまで追いかけてきたらしい。

 すんでのところで玄関扉を閉め切ることが出来た操は、不審者がドアを強く叩いている間に源蔵へと電話連絡してきたということだった。

 そして警察が駆けつけてきた時には、件の不審者は姿を消していたとの由。

 残念ながら操は、その不審者の姿を余りはっきりとは覚えておらず、警察としては周辺の防犯カメラから容疑者を割り出す以外に方法が無いと説明していた。

 やがて、数名の婦人警官だけをマンションに残し、他の警察官らは周辺捜索へと駆け出していった。

 現在はもう操は落ち着いているものの、その美貌は未だ青ざめている。

 精神的な衝撃が、十分に拭い去れていないのだろう。

 源蔵も表面上は冷静を装っているが、内心では相当に焦っていた。

 また同じことが起きる可能性がある現実を考えると、このまま彼女を置いて去る様なことは、到底考えられなかった。

 そこで源蔵は、ひとつの案を提示することにした。


「神崎さん……もし良ければの話ですけど、しばらくリロードの二階で生活しません?」

「え……良いんですか?」


 操の自室内で漸くひと息ついたところで、源蔵はリロードの店舗が入っている建物の二階に幾つもの空き部屋があることを思い出し、その様に提案してみた。

 当然ながら操も、二階空き部屋の存在については知っていたであろうが、現在あの建物は源蔵所有である為、彼の許可無しには無闇に立ち入ろうとはしていなかったらしい。

 だが今回の様なことが今後も起きる可能性を考慮すると、当面はリロードの二階で生活して貰う以外に手は無さそうに思える。

 源蔵は、自身の心理的な安寧を保つ意味でも、是非そうしてくれと自分の方から頼み込んだ。


「もう今回みたいなことは勘弁して欲しいんで、僕の方からもお願いします。あそこなら警備会社とも契約してありますし、近所には常連の奥さん方も居てはるから、防犯面でも何かと安心出来ます」

「えと……それは確かに、そうなんですけど……本当に良いんでしょうか。わたしなんかが、あのお店の二階を自由に使って……」


 操は尚も、遠慮がちに源蔵の強面を上目遣いに見つめてきた。

 源蔵はその方が自分の精神的にも助かるから是非そうしてくれと、こちらも何度も頭を下げてお願いした。


「神崎さんの身に何かあったら、それこそ洒落にならんので、ホンマにもうお願いしますて。リロードの二階で生活して下さい。あそこなら普通の一軒家と同じ設備が全部揃ってます。生活する分には何の不足も無いでしょうし。ね、僕を助けると思うて、是非そうして下さい」


 源蔵が言葉を尽くして何度もお願いすることで、やっと操も踏ん切りがついたらしい。


「ありがとうございます……じゃあ、御言葉に甘えて、そうさせて頂きます」


 操からこのひと言を引き出せたことで、源蔵は漸く胸を撫で下ろして安堵した。

 二階には合計、三部屋ある。そのどれを使ってくれても良い。女性ひとりが住むには十分なスペースがある筈だ。


「もう早速、今晩からあっち移りましょ。僕が車で送りますんで、是非そうして下さい。家具も寝具もテレビもインターネットも揃ってますし、諸々発注用のPCとかも置いてありますから、快適に過ごせる筈です」

「本当に、何から何まで、ありがとうございます」


 操は深々と頭を下げたが、どちらかといえば源蔵の方こそ頭を下げたい気分だった。もし彼女が源蔵の提案を拒否したら、本当に気が休まらないどころの話ではなかったからだ。

 それにしても、リロードの二階をいつでもひとが生活出来る様に以前から準備を整えていたのが、こんな形で役に立つ日が来ようとは思ってもみなかった。 

 矢張り備えというものは、常々心がけておいて正解ということなのだろう。

 そしてそれから更に一時間程が経過した頃には、操は衣服や諸々の生活用具、化粧道具などを詰め込んだスーツケースと共にリロード二階の一室に移動を終えていた。

 エアコンのフィルターも早い段階で清掃を終えていたから、今からでも普通に生活可能な状態である。


「ほな、今日からしばらくこちらでお過ごし下さい。色々ご不便かけるかも知れませんが、そこはしばらく御辛抱願います」

「いえ、そんな……こちらこそ、本当にありがとうございます。こんなに何から何まで甘えさせて頂いて」


 操が何度も頭を下げる姿を背に受けながら、源蔵はリロードを後にした。

 もし可能なら、本格的にこのまま操をリロード二階の住人に据えることも考えていた。

 その方が源蔵としても何かと安心だった。

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