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155.ハゲは暗躍する

 一時はぎくしゃくしていた貴之と彩華だったが、再び以前の様な、お互いに気兼ねなく協力し合う同僚として共に室長個室内での業務に励む様になっている。

 これでひと安心かと思った源蔵だが、しかしすぐに別の問題が他のところで持ち上がっていることに気付いてしまった。


(あれ……佐伯さん、ちょっと元気無いな)


 羽歌奈の様子が少しばかり、おかしい。

 日頃から業務時間内はクールビューティーとして余り感情を面には出さない彼女だが、ここ数日は妙に表情が硬い。

 その異変には喜美江も気付いていたらしく、チャンピオンベンチ横の作業PCでデバッグを進めていた源蔵の傍らに歩を寄せてきて、幾らか心配そうな色を浮かべた。


「あのぅ室長……ここんとこ羽歌奈さんが元気無いの、お気づきですか?」

「あぁ、やっぱりそうでしたか」


 源蔵は、己の気の所為ではなかったと確信したものの、かといって直接羽歌奈に訊いて良いものかどうか、大いに迷った。

 もしも羽歌奈の気分を沈ませている原因がプライベートなものであったら、必要以上に踏み込むのは上司として如何なものであろうか。

 かといって、業務上は特に大きなミスも無く、日々堅実にワークフローを捌いている羽歌奈。となると、矢張りどうしても業務外のところに問題があると判断せざるを得ない。


(中々、困ったモンやな……)


 剛腕を組んで僅かに首を傾げた源蔵。

 ところが喜美江は思い当たる節がある様子で、何かをいいたげな顔色を覗かせていた。


「あの、緑山さん……もしかして、何かご存知なんですか?」

「えぇっと……はい、そうですね……これ、いっちゃってイイのかな……」


 喜美江も大いに悩んでいる様子だった。

 こういう時は上に立つ側が責任を持ってやらなければならない。源蔵は、自分でケツを拭くから教えて欲しいと小声で囁きかけた。


「分かりました……実はですね……」


 喜美江も、作業デスクで業務に集中している羽歌奈の耳には届かせまいとして声を潜めた。

 ここで源蔵は初めて、羽歌奈の身に起きていることを知った。


「カラダで今の仕事を取った……って、つまり佐伯さんが、僕相手に枕業務をやった、ってな話になっとる訳ですか」

「はい……どうも、そんなカンジです」


 沈痛な面持ちの喜美江から視線を外し、源蔵は幾分暗い表情で作業を黙々と続けている羽歌奈の美しい横顔をじっと眺めた。

 羽歌奈は誰よりも、枕業務を嫌悪していた。そんな彼女が、よりにもよって源蔵を相手に廻して枕業務に手を染めたなどという声が社内に流れているとなれば、傷つかない方がおかしい。

 しかし何故、そんな根も葉もない噂が取り沙汰され始めたのか。


(ちょっと調べてみる必要があるな)


 源蔵は羽歌奈には黙って、自力で噂の拡散範囲と出どころを探ることにした。

 アメリカ合衆国でテロリスト壊滅に手を貸した際に受けていたエージェント養成訓練課程では、情報収集や分析、そして情報発信源の割り出しなどについても大いに学んだ。

 今の源蔵なら犯罪者集団相手でも、それなりに情報を掻き集めることが出来る。

 ましてやここは、日本国内の民間企業である。

 CIA仕込みの技術を駆使すれば、羽歌奈を貶めようとしている者の正体を探るなど朝飯前だ。

 そして浮上してきたのが、谷中義幸たになかよしゆきというひとりの技術社員だった。

 どうやら、羽歌奈の元カレらしい。

 年齢は羽歌奈よりふたつ年上だが、入社年度は同じ、つまり彼女の同期ということになる。この義幸だが、立ち位置的には既に中堅社員といって良いのだが、役職は無し。

 つまり、平社員なのだ。

 スキルや知識、そして業務実績の全てに於いて羽歌奈よりも遥かに劣っており、中堅と呼ぶには余りに非力な男だった。

 が、態度や声の大きさだけは一人前で、自分よりも優秀な後輩を顎で使うことが多いらしい。

 その義幸が何故、羽歌奈を貶める噂を流したのか。


(普通に考えたら、嫉妬やろな)


 この義幸という男は、自分が常に上に立たなければ気が済まない性格らしい。恐らく羽歌奈のカレシだった頃も、彼女を何かと見下す言動が続いていたのではないか。

 しかし今や、元カノである羽歌奈は主任どころか係長にまで昇進しており、義幸は相当に後れを取っている。加えて今、羽歌奈は室長専属班の一員として目覚ましい活躍を見せ始めていた。

 義幸が嫉妬の炎を燃え上がらせて、事実無根の噂を流して羽歌奈を貶めようとしていることは想像に容易いだろう。


(さて、どうしたモンかな)


 源蔵としては、義幸如きを始末するのはいつでも出来る。

 が、問題は羽歌奈だ。

 彼女は義幸と戦うことを是とするのか。源蔵が手を下すことを良しとするのか。


(流石に、御本人の意思を無視する訳にはいかんか)


 良かれと思ってやったことが、却って当人を傷つける場合もある。本人の希望を無視して勝手な行動に出るのは、源蔵としては最もやってはいけないことだと自覚していた。


(ちょっと、探り入れてみるか)


 源蔵は定時の終業チャイムが鳴るまで、ひたすら待つことにした。

 そして業務終了と同時に、源蔵は帰り支度を始めた羽歌奈の傍らに歩を寄せていった。


「佐伯さん、久々にあそこのバー、どないです?」

「あそこのバー、と仰いますと……」


 どうやら羽歌奈も、ピンと来た様子。

 彼女と初めて出会った、あの路地裏のバーである。


「あ、無理にとはいいませんよ。それに、先に飯も食いたいでしょうし」

「いえ……誘って下さって、ありがとうございます。是非、御一緒させて下さい」


 羽歌奈の瞳には、縋りつく様な色が滲んでいる。どうやら彼女は、救いを求めていた様だ。

 であれば、最早迷うことは無い。


(まぁでも……まずは事情聴取やな)


 どこまで彼女が、源蔵による鉄槌を求めているのか。

 話は、それからだ。

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