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154.ハゲは納得がいかない

 尚も青ざめた顔で床をじっと凝視し続けている彩華に、源蔵はふと小首を傾げた。

 何故彼女が、この様な反応を見せているのか。

 貴之が彩華との間に壁を作ったことに対して、衝撃を受ける必要があるのか。あるとすれば、それは一体どういう心理からであろうか。


(もしかして西沢さんも、久我山さんを憎からず想うてたって訳かな?)


 ふと、そんな疑問が湧いてきた。

 そういえば彩華は、賢人からの交際の申し込みを断ったと語っていた。それが何故なのかも、源蔵はまだ何も聞いていない。

 かといって、ここで下手に踏み込んで良いものかどうかも判断がつきかねる。

 会社の男性上司と女性部下が、社内で恋愛の話を交わすというのは少し間違えば非常にデリケートな問題にも発展し得る。

 ここは少し、慎重になって然るべきだろう。


「それで、西沢さん的には今後、どうされたいんですか?」


 まずは当たり障りのないところ、即ち彼女がこの先、室長個室内でどうしていきたいのかを訊く。その応え次第で源蔵の出方も考えなければならない。

 これに対し彩華はしばらく考え込む仕草を見せていたが、やがて意を決した様子でその美貌を源蔵に向けた。彼女の瞳には、何らかの意思が宿っている様にも見えた。


「えぇっと……そのぅ、まずは久我山君の誤解を解きたいです」

「かというて、社内でそういう話ばっかりされても困りますよ」


 源蔵は釘を刺すことを忘れなかった。

 会社は飽くまでも、仕事の場である。男女のもつれ、痴話喧嘩、修羅場などを展開して良い場所ではない。

 彩華は一瞬、驚いた様子で目を白黒させていた。が、すぐに苦笑を滲ませて頭を掻く。


「それは、そうですよね。あはは……私、また危うくやらかしちゃうところでした」


 しかし彼女の表情には先程までの暗い色は無い。どこか吹っ切れた様子も伺えた。


「それにしても、今って凄くフロアーの雰囲気変わりましたよね……何っていうか、特に若手や中堅の皆が和気あいあいとしてるっていうか」

「そうなんですか? 僕はこないだ来たばっかりなんで、前の状況ってのがよぅ分からんのですが」


 すると彩華は、もう全然空気感が違うと変なところで力説し始めた。


「以前は、そうですね……若手や中堅の男女の間で、凄い壁があったんです。会話があっても業務の内容だけでしたし……でも今は、色んな話が出来る様になってます。それこそ仕事のことからプライベートのことまで、本当に色々と」


 そして彼女は、他人事の様に素知らぬ顔で聞いている源蔵に、綺麗な顔立ちをぐっと迫らせてきた。


「それって絶対、楠灘室長の影響だと思うんです。今までの室長は、若手の女子社員は全部自分のモノだ、みたいな圧力をフロアー内に押し付けてましたから」


 それは即ち、枕業務の相手となり得る女子社員をハーレムの様に囲っておきたいという意思の表れだったのだろう。

 源蔵が調べたところによると、これまでの次世代AI機器設計開発部統括管理室長というポストは、財務省の天下り先として確保されていたという話だった。

 いわば、政府の高官に対する接待の為のポストだった訳だ。そこに枕業務として自社の美麗な女子社員を人身御供の様に差し出してきたというのである。

 まさに旧態依然とした古い悪習だといって良い。歴史のある大企業だからこそ、この様なふざけた悪習がまかり通っていたのだろう。

 そこに麗羅がメスを入れようとした。その尖兵が源蔵だったという訳だ。


(まぁ確かに……んなこと続けとったら、どこでリークして会社がヤバい状況に追い込まれるか、分かったモンやない……今まで、よぅ隠しおおせてきたモンやな)


 源蔵は呆れると同時に、感心もした。

 だが、それもこれまでの話だ。ここから先は、絶対にそんな悪習を復活させる訳にはいかない。


(けど……僕が来たことで、久我山さんや西沢さん……それに浅倉さんらの男女関係が前に進んだってんなら、僕にも或る程度の責任はあるってことかな)


 自身の着任が、この三角関係を招いたというのであれば、全く他人事として無視する訳にはいかないのではないか――そんな思考も、源蔵の頭の中に浮かび始めてきた。


(けど、浅倉さんもエエ社員やしな……)


 源蔵は室長という立場である。つまり、如何に貴之が自身の専属班の一員だからといって、下手に依怙贔屓する訳にはいかない。

 賢人には賢人の良さがあり、守ってやらなければならない室員、課員のひとりでもあるのだ。


(ちょっと、落としどころを上手い具合に考えんといかんやろな)


 そんなことを考えながら、源蔵は腰を浮かせた。そろそろ、室長個室に戻らなければならない。

 すると、彩華も同時に立ち上がった。


「ありがとうございました、室長……話を聞いて頂けただけでも、割りとすっきりしました」

「はは……まぁ仕事の話ならなんぼでもアドバイス出来ますけど、こういう話は僕は全然さっぱりなんでね」


 源蔵が苦笑を滲ませると、彩華が冗談めかして笑顔を返してきた。


「またまた、そんなこと……室長みたいに百戦錬磨の恋愛達人だったら、私がどうすれば良いのか、実はもう答えを持ってたりするんですよね?」

「いや、僕今まで女のひととちゃんと付き合うたこと、ありませんけど」


 その瞬間、彩華はこの日一番驚いた様子でその場に立ち尽くしてしまった。


「え……それ、本当ですか? 御冗談ですよね?」


 またこのパターンか――ダイナミックソフトウェア時代、奈津美や翔太が同じ様なケースで驚いていたのを思い出した。

 どうしてこう、誰も彼も源蔵にそんな誤解を抱いてしまうのか、謎過ぎて思考が追い付かない。

 結局源蔵はそれ以上の説明は口にせず、彩華と揃って室長個室へと引き返した。

 ここで彩華は、すぐに貴之の傍らへと歩を寄せていった。


「あ、ねぇ久我山君……ほら、こないだいってた再オープンしたお店、今日ぐらい行ってみない?」

「え……えぇ、ボクはイイですけど……っていうか西沢さんは、大丈夫なんですか?」


 困惑する貴之に、彩華は勿論だと頷き返した。

 相手が奥手で引っ込み思案ならば、自分の方からぐいぐい行くしかないということを、彩華は悟ったらしい。それもまた、ひとつの手であろう。


「……西沢さん、元気になったみたいですね」


 チャンピオンベンチ脇の作業用PC机に戻る途中、羽歌奈がほっとした様子で口元を緩めている。

 源蔵はそうですねと頷き返しながら、何となく疑いの目で羽歌奈の美貌をチラ見していた。もしかすると彼女も源蔵を恋愛熟練者だと見ているのだろうか。

 どうにも納得のいかない源蔵だった。

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