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151.ハゲは大盤振る舞いする

 源蔵の目から見ても、貴之は好青年だ。

 取り立ててイケメンという訳でもないが、しかしブサメンという訳でもない。眼鏡をかけた知的な風貌は、見た目的にも決して悪くない。

 真面目な上に仕事熱心で、決して嘘はつかず、下手な風呂敷を広げることもない。

 人当たりも良く、誰に対しても物腰の柔らかい優しい態度で接するから、特に喜美江辺りは久我山先輩は頼りになるといって何かと彼にべったりだ。

 彼は羽歌奈や喜美江に対しても普通に接しているから、女性慣れしていない訳ではなさそうだが、かといって扱いに長けている様子もない。

 源蔵が見るところ、恐らく貴之は童貞だ。年齢イコールカノジョ居ない歴だと見て良さそうである。

 実際、貴之は恐らく好意を寄せている相手であろう彩華に対してだけは、妙に態度がぎこちない。好きな女性と接する時は下手な姿など見せられないという緊張感が、貴之の態度に不自然さを与えているのだろう。

 何とも分かり易い青年である。


(けど、こればっかりは本人がどないかせんといかんしなぁ)


 同じ童貞(推定)仲間として、源蔵としても貴之を助けてやりたい気持ちは多分に持っているのだが、しかし源蔵自身が女性との縁にはさっぱりな為、良いアドバイスなど送れる筈もなかった。

 かといって、羽歌奈や喜美江に相談するのも、それはそれでハードルが高いだろう。


(まぁ、頑張れとしかいえんわな)


 一方の彩華は貴之の気持ちに気付いているのかどうか、よく分からない。彼女は相変わらずフレンドリーに貴之と接しているのだが、殊更に異性を感じさせる態度は見せていない様に感じられる。


(案外気付いてても、気付いてないふりをしてるだけかも知れんしな……)


 チャンピオンベンチ前の作業用チェアから件のふたりにそろりと視線を流しながら、源蔵は何ともいえぬ表情を浮かべた。

 別に自分の色恋の話ではないのだが、どうにも気になってしまう。

 貴之には、同じ男として全力で応援させてしまう何かがある様だった。


(一回、飯にでも誘うてちょっと場をこしらえてみるか)


 そんなことを思いながら壁掛け時計に目をやると、丁度時刻は定時前。しかも今日は金曜の夜だ。日時的にはおあつらえ向きだといって良い。

 ところが――。


「あの、西沢さん……こないだいってたお店、今日から再オープンするみたいなんです」

「あ、そうなの?」


 源蔵が声をかけるよりも先に、貴之が思い切った様子で彩華を食事へと誘っている。

 これは、余計なことをしない方が良いかと一旦だんまりを決め込んだ源蔵。

 しかしここで、思わぬ横槍が入った。

 彩華と同課の主任技術者である浅倉賢人あさくらけんとが、室長個室を出ようとしたところの彩華に明るい笑顔で呼びかけてきたのである。


「よぉ西沢ぁ! 今日さ、同期の皆で飲みに行こうって話してんだけど、オマエも来る?」


 賢人は誰の目から見ても爽やかなイケメンで、仕事も出来る有望な人材だ。

 ライバル視する同期や同僚は多い様だが、上司受けは良い人物だった。


「え、イイの? 私、長いこと皆と飲みに行ったりしてなかったけど……」

「イイってイイって! 寧ろ皆、お前が飲みに来てくれるのを待ってたんだからさ!」


 そうやって誘われて、彼女も悪い気はしなかったのだろう。照れた様な笑みを浮かべながら頭を掻き、じゃあ折角だからということで賢人からの申し入れを受けてしまった。


「御免ね、久我山君。先に誘ってくれて申し訳ないんだけど、同期で集まるの、久し振りだから……」

「あ、いえ……全然大丈夫です。同期の皆さんとの折角の飲み会なんですから、お気になさらず」


 両手を合わせて拝む様な仕草を見せている彩華に、貴之は幾分沈んだ色の笑顔を滲ませて、大丈夫ですと応じていた。


(あらら……横から掻っ攫われてしもうたか)


 間が悪いというか、押しが弱いというべきか。

 いずれにせよ、貴之の背中が涙に濡れている様に見えて仕方が無かった。

 ここはひとつ、彼を元気づけてやらなければならない。


「ほんならこっちはこっちで、駅前の鉄板焼きのお店とかどないですか?」

「え……あそこって、チョーお高いところじゃないんですか?」


 最初に食いついてきたのは、喜美江だった。

 羽歌奈も、それ程の高級店にさらっと簡単に飲みに行く様な感覚で足を運ぶのは、どうにも気が引けて二の足を踏んでいる様子だった。


「あぁ、大丈夫ですよ。今回は僕が全部出しますから」

「えー! マジですかー?」


 喜美江が声を裏返して仰天している。

 確かに、源蔵が誘った鉄板焼き屋は相当な予算を強いられることで有名なのだが、今の源蔵の資産総額からすれば雀の涙にも届かない様なはした金で飲み食い出来るところであった。


「えっと……そ、それじゃあ、御相伴に与らせて、頂こうかな……」


 羽歌奈も微妙にはにかんだ笑みを浮かべてもじもじしながら、源蔵の強面をちらちらと眺めている。どうやら彼女も、超高級肉の魅力には勝てない様子だ。


「ほんなら久我山さん、さっさと電源落として準備しましょう」

「え……ボ、ボクも、イイんですか?」


 たった今、彩華にフラれたばかりで落ち込んでいた筈の貴之も、想定外の御馳走におどおどしている。が、源蔵はからりと笑って貴之の背中をどやしつけた。


「エエに決まってるやないですか。今日はチーム楠灘最初のお食事会ですよ。ここは僕が皆さんにバーンと景気良く御馳走せな、男が廃れますわ」


 そんな訳で、彩華を除く四人で超高級鉄板焼き店へと足を運ぶことになった。


「あ~ぁ……西沢さん、後で聞いたら悔しがるんじゃないですか?」


 身支度を整えて退社の準備を終えた喜美江が、悪戯っぽく笑いかけてきた。


「もう……そういうことは、いわないの」


 一応窘める格好で喜美江の脇腹を指先で軽く突いている羽歌奈も、その美貌には何となく抑え難い笑みが滲んでいる様に見えた。


(ま……今日のところは僕と久我山さんの童貞懇親会ってとこで)


 ひとりで勝手に決めつけながら、源蔵も鞄を手にして室長個室を出た。

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