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150.ハゲは微笑ましくなる

 都小路電機株式会社の次世代AI機器設計開発部統括管理室長個室は、傍から見ればちょっとしたカオスな領域である。

 最も奥まった位置に源蔵の執務デスクが鎮座しているのだが、その存在感はほとんど無いに等しい。

 この個室内で何よりも強烈に自己主張しているのは、相当な排熱量で室内温度を同フロアー内の他部署よりも3度から5度近く跳ね上げているチャンピオンベンチであろう。

 そして左右の壁際には羽歌奈、喜美江、貴之、彩華ら四人が作業する為の執務デスクがそれぞれ割り当てられており、部屋の端の方に申し訳程度の応接セットが押し込められている。

 更に別の一角には小型冷蔵庫や急ごしらえの流し台などもあり、何も知らない者が見れば、本当にここは室長個室なのかと疑ってしまうところだろう。


「上位役職者の個室なのに、威厳とかそういうの、全然ありませんね……」

「本当にただの評価用作業部屋、にしか見えないものね」


 喜美江と羽歌奈が時折、苦笑を滲ませてチャンピオンベンチを揃って眺めることがある。

 社内で初めて源蔵と顔を合わせた当初から比べれば、ふたりの表情は随分と柔らかくなってきた様に思えた。羽歌奈に至っては源蔵に向けて、たまに冗談を発することもあるぐらいだ。

 あれ程に敵意を剥き出しにして源蔵を睨みつけていた頃に比べれば、相当に態度が軟化したといって良い。


(けど、何であんなに機嫌良くなったんやろか)


 正直なところ、源蔵には羽歌奈の心境の変化がよく分からない。

 枕業務に対して相当な嫌悪感を抱いていたのは、間違い無いところだろう。

 実際彼女は、源蔵が羽歌奈に対して枕業務を強制するであろうことを覚悟していた節が伺えた。

 勿論、源蔵が枕業務を命じることなどただの一度も無かったのだが、それにしてもこの変貌ぶりは一体どういうことであろう。

 そしてチャンピオンベンチ構築が完了した頃にはそれまでの敵愾心もほとんど見られなくなり、随分と穏やかな表情を見せる様になっていた。


(やっぱ女性の心理っちゅうのは、よぅ分からんわ……)


 内心でやれやれとかぶりを振る源蔵。

 それでも、今後もこのまま羽歌奈には笑顔で居て欲しいと願うのは源蔵の偽らざる本音でもあった。

 一方、貴之と彩華の間には何ともいえぬぎこちない空気が漂っている。

 否、ぎくしゃくしているのは貴之の方だけで、彩華は然程に緊張した姿は見せていない。


「あ、ねぇ久我山君。ここ、どうやってデコードしたらイイのかな?」

「え? あ、は、はい……えぇっと、ここはですね……」


 気さくに声をかける彩華に対し、貴之は目に見えて分かる程に緊張していた。

 しかしその癖、彼は普段から何かにつけて彩華に対してちらちらと視線を流している。彼女と隣同士の席に落ち着かせたのは源蔵だったが、この配置は貴之の心理に何らかの変化をもたらしているのかも知れない。


「室長! ここ、ちょっと教えて欲しいんですけど!」


 喜美江が手にしたノートパソコンの画面を指し示しながら、チャンピオンベンチ横の作業用PC台に足早に近づいてきた。

 源蔵は室長専用執務デスクよりも、このチャンピオンベンチに張り付いていることの方が多い。

 その為、喜美江にしろ羽歌奈にしろ、源蔵に用がある時は大体チャンピオンベンチに近づいてくることがほとんどだった。


「はいはい……あぁ、ここはですね」


 源蔵は、喜美江や羽歌奈の質問に対しては嫌な顔ひとつ見せたことは無かった。彼は、この部屋に常駐させている四人が日々成長し、毎日新たな知見を得ている現状に大いに満足していた。

 その為、誰かが何かを問いかけてくる時はいつも機嫌良く対応している。

 源蔵がそうして毎回笑みを湛えて応じるからか、喜美江も羽歌奈も全く怖気づくことなく、積極的に色々訊きにきてくれる。

 その姿勢が源蔵には本当に嬉しかった。


「あ、ところで室長……あのふたりなんですけど……何だか最近、イイ雰囲気じゃないですか?」


 源蔵からの技術的な手ほどきを受けたところで、喜美江が意味深な笑みを浮かべながら、並んで座っている貴之と彩華にちらりと視線を流した。

 矢張り若い女子は、恋バナが好きなのか――源蔵は苦笑を滲ませながら、あんまり大きな声でそういうことはいわない様にと釘を刺すことを忘れない。

 だが実際のところ、どうなのだろう。

 彩華は貴之を技術的に優れた後輩として大いに頼りにしているのは間違い無いのだろうが、それがそのまま貴之への好意に繋がっているかといえば、少し疑わしい部分もある。

 貴之はその言動の端々から彩華に相当な好意を抱いていることは傍から見ても丸分かりなのだが、彩華の本音はいまいち分からない。


「でも、どうなんでしょうね……まぁ僕は社内恋愛は否定はしませんので、業務に支障が出ない範囲であれば、好きにして貰っても全然構わんのですけど」

「楠灘室長は……何っていうか、ホント、今までの歴代室長とは全然、違いますね……」


 諸々の機材の払い出し伝票を束にして未決箱へと放り込んでいた羽歌奈が、本当に不思議そうな面持ちで源蔵のブサメン面をじぃっと覗き込んできた。


「僕何か、変なこといいました?」

「いえ……その、今までの室長がちょっと女好き過ぎてイヤらしかったっていいますか……」


 羽歌奈曰く、過去の室長はいずれも枕業務を強要するばかりでなく、課内や部内の綺麗どころの女子社員は全て自分のものだと公言して、男性社員との交際を一切認めていなかったらしい。

 それだけに、源蔵の社内恋愛公認発言は逆に新鮮だというのが羽歌奈の弁だった。


(……何ちゅう部署や。そっちの方があり得んやろ……)


 まるでハーレムを気取っているかの様な歴代室長らの言動に、内心でうんざりした源蔵。

 どう考えても、この部署は何かがおかしい。

 麗羅が源蔵をここに放り込んだのは、矢張り乱れに乱れた社内風紀を正して欲しいという意図だったのだろうか。

 確かに源蔵なら、うってつけかも知れない。


「あ、ねぇ久我山君。忙しいとこ、御免ね? またちょっと、ここ教えて欲しいんだけど……」

「はい、イイですよ」


 微妙に頬を上気させながら彩華に対応する貴之。

 源蔵は何となく、微笑ましい気分になってしまった。

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