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147.ハゲは振る舞う

 結局その日は、羽歌奈と喜美江に不具合のログを掻き集めさせ、それらを源蔵が片っ端から解析するという作業に終始した。

 途中、昼休憩の際にはふたりを労って少しお高めのステーキハウスで美味い肉料理を食べて貰った。

 羽歌奈は相変わらず警戒心たっぷりの変な目つきで源蔵を眺めるのみだったが、喜美江はすっかり気分が解れた様子で、にこにこと上機嫌に笑っていた。

 そうしてそろそろ定時を迎えようかという頃合いになって、源蔵は或ることを思い出した。


「そういえばこの本社ビルには、終電を逃したり徹夜して作業する社員の為の宿直室があると聞きましたが、もし御存知なら場所教えて貰えますか?」


 この問いかけに対し、喜美江がまず反応した。


「あ、じゃあ、あたしで良ければ御案内しま……」


 そこまで彼女がいいかけた時、どういう訳か羽歌奈が遮る様にして間に割り込んできた。


「わたしが御案内します」


 次いで羽歌奈は喜美江にちらりと意味深な視線を流した。恐らく、ここは上司であり先輩である自分に任せておけというアイコンタクトなのだろう。

 その羽歌奈の思惑に気付いたのか、喜美江もはっとした様子で幾分の緊張の色を浮かべていた。


「では……御案内します」


 そういって羽歌奈が源蔵を先導して、最上階に近しい高層フロアへと異動。

 やがて、辿り着いたのは役職者専用の宿直室だったのだが、その内装はどう見ても三ツ星ホテルのスイートルームだった。

 島式キッチンやダブルベッド、ジャグジー風呂まで完備されている。

 どう見ても、作業者が業務の為に寝泊まりすることを前提として造られたものではない。

 そして源蔵は、気付いた。彼を案内した羽歌奈が微妙に震えていることを。


(あー……そういうこと?)


 この役職者専用宿直室もまた、恐らくは枕業務の為に整備されたものであろう。

 ということは、源蔵が宿直室の案内を乞うた時点で、羽歌奈か喜美江のいずれかに枕業務の実行を案に指示したという風に取られていたのかも知れない。

 羽歌奈はきっと、ここでカラダを開けという指示を受けたと解釈し、自身が喜美江を庇って源蔵への生贄になろうと決意したものと思われる。後輩思いの、優しい上司といえるだろう。


「中々しっかりしてますねぇ」


 源蔵は美貌を青ざめさせて恐怖の表情を浮かべている羽歌奈を敢えて無視して、キッチンへと向かった。

 寝泊まり出来ることは分かったが、調理に必要な設備がどこまで整っているのかが知りたかった。


「冷蔵庫も大きいですし、シンクも調理台もコンロも、エエのん使うてますね。これは助かる」


 ベッドルームには目もくれず、ひたすら島式キッチンとその周辺だけをチェックし続けた源蔵。食材等も、社内イントラネットで発注すれば専門の業者が運び込んでおいてくれるらしい。


(こらぁエエわ。わざわざ家帰らんでも、ここで生活しながら仕事出来るやんか)


 そのことが分かっただけでも、源蔵には十分な収穫だった。彼は早速今日から泊まり込んで、チャンピオンベンチ構築の為に動き始めようと腹を括った。


「御案内ありがとうございます。もう、戻って貰って良いですよ。緑山さんにも、キリのエエところで上がって貰う様にいっておいてあげて下さい」

「え……はい?」


 羽歌奈は心底驚いた様子でその場に棒立ちとなり、唖然とした表情で島式キッチン周辺をうろうろしている源蔵を呆然と眺めていた。

 対する源蔵は早速、キッチン横のサイドテーブルに設置されているイントラネット用端末を起動して、搬入させる食材を次々と打ち込んでいた。


「佐伯さんも、お疲れ様でした。明日から室長個室にチャンピオンベンチ作っていくんで、結構体力勝負になります。今日はもうさっさと帰って英気を養っといて下さい」

「あの……良いんですか……?」


 羽歌奈が訊いているのは、このまま本当に帰って良いのか、ベッドでカラダを開かなくて良いのか、ということであろう。

 しかし源蔵には、社内で性行為に及ぶ発想など欠片も無かった。

 源蔵にとっては会社とは、飽くまでも仕事をする場なのである。


「あ、ほんなら帰る前に、資材部と調達部の連絡先だけ僕のアカウントに送っておいて下さい。色々と揃えないかんもんがありますので……ほんなら、お疲れ様でした」


 半ば無理矢理、話を切り上げさせた源蔵。

 すると羽歌奈は今尚、信じられないといった様子ながらも小さくお辞儀して、お疲れ様でしたとか細い声を残してから宿直室を辞していった。

 そんな彼女の様子に、源蔵は大きな溜息を漏らす。

 この巨大な電機メーカーの上層部に残る、女性蔑視の古臭い慣習は余程に酷い爪痕を残しているらしい。

 或いは、麗羅が源蔵をここに配置したのは、それらの悪習を全てひっくり返して欲しいという彼女なりのメッセージなのだろうか。


(ま……僕に出来ることを、やるだけやらせて貰いましょか)


 小さく肩を竦めながら、必要な食材リストを完成させて業者へとオファーを出した。


◆ ◇ ◆


 翌朝、源蔵が業務開始よりも随分早くに室長個室で作業を始めていると、羽歌奈と喜美江が連れ立って顔を覗かせた。


「室長、おはようございます」

「おはようございま~す」


 羽歌奈は何故かぎょっと驚いた様子だったが、喜美江は源蔵が手にしているサンドイッチに興味津々の視線を送っていた。


「あ、食べます? そこの冷蔵庫ん中に入ってますよ」

「え! イイんですか!」


 喜美江は嬉しそうに、室長個室備え付けの小さな冷蔵庫を開けた。中にはふたり分のサンドイッチ。源蔵が今朝、宿直室のキッチンで作っておいたものだ。

 ふたりが腹を空かせた際の軽食に、と作っておいたのである。


「飲みモンは適当に好きなのを取って下さい」

「わぁい! ありがとうございます!」


 無邪気な笑顔を覗かせながらサンドイッチとアイスティーを取り出した喜美江。彼女は折角だからと、羽歌奈の分も取り出して壁際の事務作業用デスクに並べた。


「あ……美味しい……」

「わー! めっちゃサイコーじゃないですか! これ、誰が作ったんです?」


 目を丸くしている羽歌奈の隣で、喜美江が嬉々とした声を上げた。

 この直後、ふたりはサンドイッチを作ったのが源蔵だと知り、驚きの表情で顔を見合わせていた。

 そんなふたりの反応は無視して、源蔵は、


「ほんなら今日は、ここに書いたリストを集める作業に入ります」


 と、チャンピオンベンチ構築に向けての説明へと入った。

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