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141.ブサメン、感心する

 ゲンさんともっと一緒に居たい――麗羅からのあの言葉は、もしかしたら彼女なりの告白だったのか。

 そんなことを悶々と考えながら、源蔵は週明けのオフィスへと辿り着いた。

 今日は朝から、社内コンペで開発権利を勝ち取った新型AI調理機器専用レシピ転送アプリの諸々の基本仕様を決めてゆく為の、最初のミーティングが開催される。

 中心となるのは奈津美だ。

 源蔵は飽くまでもアドバイザー的な立ち位置に留まり、基本的には奈津美を中心としたダイナミックソフトウェア生え抜きの面々に仕事を任せる腹積もりである。

 だがその前に、ひとつ解決しておくべき問題があった。


(上条さんと雪浦さんを、お呼びせんとな)


 あの夜、裏道の一角に在るバーの店内で美彩と璃奈から、是非とも源蔵のチームに合流させて欲しいと頭を下げられた。

 葵は既にふたりを迎え入れる腹積もりだったらしいが、奈津美と翔太はどうなのだろう。

 恐らく源蔵がうんといえば、あのカップルとて何もいわずに従ってくれるのだろうが、しかし本心から喜んで迎え入れてくれなければならない。

 仕事である以上、現場の担当者が人事に異を唱えることはご法度だが、今回は源蔵がその権限を握っている。であれば、奈津美と翔太に意見を問うのは別段問題無いであろう。

 そんな訳で、ふたりを自席横の小会議卓に呼んで、事の次第を説明した。

 すると奈津美が表情を明るくさせて、


「わぁ……本社でも若手のホープって呼ばれてるおふたりじゃないですか。全然オッケーですよ」


 と、諸手を上げて賛成してくれた。

 一方の翔太も、


「いやー、遂にこのチーム、社内最強の美女軍団になるんスね!」


 などと全く違う方向性ではあるが、異論などはひと言も口にしなかった。

 まさかこんなにもあっさりと賛意を示してくれるとは思っても見なかった源蔵だが、これでチーム内の全員からコンセンサスを得ることが出来た。

 であれば、最早議論の必要性も無い。

 源蔵は本社側に連絡を入れ、美彩と璃奈のチーム合流についての打診を申し入れた。

 結果は一時間もしないうちに届いた。勿論、人事部からもすんなり了承されたとの由。

 そうして、その日の午後には美彩と璃奈が笑顔を弾ませながら本社からDS横浜サテライトへと駆ける様な勢いで飛び込んできた。


「今日からお世話になります上条です。宜しくお願いします」

「同じく、雪浦です。精一杯、頑張ります」


 昼一の課内昼礼の際に、揃って頭を下げたふたり。課内の他チームからは拍手と同時に、羨望の眼差しも送られてきた。

 それもそうだろう。

 美貌のバリキャリウーマンへと変貌を遂げた奈津美を筆頭に、美麗なるオタク女性の葵、そして本社でもトップクラスの美女である美彩と璃奈が更に援軍として加わったのだ。

 社内でも例を見ない程の美女集団の出来上がりである。

 源蔵と翔太に、突き刺さる様な嫉妬の視線が雨あられと降り注ぐのは無理からぬ話であった。


(いやいや……僕ら、仕事しに来てんのやで)


 苦笑を滲ませながら自席に戻る源蔵。

 しかし翔太は何故か、自慢げだった。既に奈津美とは両想いの関係になっている筈なのだが、これでは彼女が少々気の毒に思えてくる。

 ところが新たに参加した美彩と璃奈は、翔太にはほとんど見向きもせずに源蔵の顔色ばかりを伺う姿勢を覗かせていた。


「師匠、やっぱ両手に花が似合うっスね」

「変なこといわんで下さい」


 あからさまに羨ましげな目線でじぃっとこちらを見つめてくる翔太に、源蔵はやれやれとかぶりを振った。

 そんな源蔵の渋い顔に、左右から美彩と璃奈が囁く様な声音で、あれやこれやと色々訊いてくる。

 確かにこの絵面だけを見れば、両手に花という表現はあながち間違いではないのかも知れない。


「おふたり共、早いこと業務内容呑み込んで下さいね。このままやと、僕が針の筵状態ですわ」

「え、そうなんですか?」


 まるで理解が及ばぬといった様子で、小首を傾げる美彩。

 この時ふと、白富士時代を思い出した。あの時も美智瑠、晶、早菜、詩穂といった大勢の美女に囲まれていた時期があった。

 普通、見目麗しい女性はイケメンの周辺に集まるものであろうが、源蔵の場合は一体何の不具合が生じて、こんなことになっているのだろうか。

 誰もが認める美男ならば彼女らの様な美人集団が集まっても、誰も文句はいわないだろう。

 しかし源蔵はただの禿げでブサメンだ。そんな男が美彩や璃奈の様な綺麗どころを左右に従えるとなると、嫉妬の嵐に見舞われるのは当然の話ではないのか。


(エラいこと、引き受けてしもたなぁ)


 今更ながら後悔した源蔵だが、人事として正式に決まった以上、最早後戻りは出来ない。

 ここはもう、腹を括るしか無いだろう。

 ところが、その様な安穏な空気は翌日には一変した。

 想定外の人事が、まるで青天の霹靂の如く通達されてきたのである。


「え……ちょっと、これってどういうことですか?」


 美彩が顔を青くして、社内イントラネットの人事通達欄を凝視している。

 同様に奈津美、翔太、璃奈の三人も、まるでこの世の終わりでも迎えたかの様な悲惨な表情だ。


(ははぁ……一敗地に塗れても、ただでは起きんてな訳か)


 源蔵は呆れるというよりも、寧ろ感心していた。

 これ程の執念を抱えているともなれば、逆に称賛しても良いのではないかとすら思えた。


「永橋さんって、こんなひとだったんですね」


 葵もあからさまに嫌悪感を滲ませている。

 この日、人事通達欄に示されていたのは、社内コンペで源蔵らに惨敗した琢磨がDS横浜サテライトの担当課長として任命された事実であった。

 そして琢磨が課長権限を以て着手するのが、新型AI調理機器専用レシピ転送アプリである。

 つまり彼は事実上、源蔵や奈津美達の上司になる訳だ。


(要するに、社内コンペで負けた腹いせに、こっちの仕事を乗っ取ろうって訳か)


 恐らく琢磨は、お得意の政治力を発揮して人事部に相当強引なやり方で捻じ込んだのだろう。

 どうやらこの仕事、一筋縄では終わりそうにはなかった。

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