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138.ブサメン、懇願される

 焼肉祝勝会お開き後、源蔵は葵から袖を引かれた。


「あの、櫛原さん……ちょっとこの後、もう一軒イイですか?」


 彼女から誘ってくるなど、珍しいこともあるものだ――源蔵は全然構わないと頷き返しながら、葵からの意外な申し出に内心で首を捻っていた。

 そうして葵に案内されていったのは、駅近くの裏道でひっそりと看板を出しているバーだった。


「あ、来てくれたんですね!」


 店内に足を踏み入れると、出迎えたのはバーテンダーの声ではなく、見覚えのある若い女性の幾分嬉しそうな笑みだ。

 美彩だった。

 その傍らには、璃奈の姿もある。


「あれ、上条さんと雪浦さん……何でまた、おふたりがここに?」

「まぁまぁイイじゃないですか櫛原さん。まずは座りましょうよ」


 眉間に皺を寄せる源蔵だったが、葵が誤魔化す様な笑みを浮かべながら源蔵の手を引いて美彩と璃奈が陣取っているカウンター席の隣のストゥールへと歩を進めた。

 源蔵は適当なカクテルをオーダーしてから、改めて美彩と璃奈に訝しむ視線を流した。

 ふたりは愛想笑いを浮かべているものの、何となく居心地の悪そうな空気を漂わせていた。


「えっと……実は蔵橋さんに、アタシ達の方からお願いしたんです」


 美彩の言葉を受けて源蔵が葵に振り向くと、この美麗な二次元オタク女性は苦笑を滲ませながら小さく肩を竦めた。

 一体どういう用件で、わざわざ源蔵を場末のバーに呼び出したのか。

 今日の今日まで、美彩も璃奈も社内コンペに於けるライバルチームの一員だった。いわば数時間前までは敵だったのである。

 今ひとつ相手の真意が読めない源蔵は、ひとまず美彩と璃奈の出方を待つことにした。


「あ、その前に……優勝、おめでとうございます。聞いてますよ。今回の企画内容って八割がた、櫛原さんが考えたそうですね」

「流石ですよね……ブルートゥースを使うなんて、わたし全然そんなアイデア、思いつきもしませんでした」


 美彩と璃奈からの羨望に近しい色を湛えた眼差しに、源蔵はやれやれとかぶりを振った。

 一体どこから、そんな情報が漏れたのか。

 しかし葵が、ケロっとした顔ですぐさま付け足してきた。


「え、御存知なかったんですか? 影坂さんがあっちこっちで喋りまくってますよ?」

「……マジですか」


 源蔵はがっくりと肩を落とした。

 折角奈津美と翔太に発表者の大役を任せたというのに、そのうちの一方が余計な情報をばら撒いてしまってはまるで意味が無い。これは明日、少し説教しなければならないだろうか。

 それは兎も角、美彩と璃奈が何故、葵を通して源蔵との接触を図ろうとしたのか。

 まずはその点を聞き出す必要があるだろう。


「んで、おふた方お揃いで、僕にどの様な御用件で?」

「あ、えっと、実は、その……」


 もごもごと口ごもった美彩。すると璃奈が、美彩の向こう側からずいっと身を乗り出してきた。


「単刀直入にいいますね……わたし達、櫛原さんのチームに入れて欲しいんです」


 この突然の申し入れに、源蔵は思わず葵に再度振り向いた。

 どうやら葵は事前に聞いていたらしく、ただ秀麗な美貌に笑みを浮かべるのみ。その表情から察するに、葵自身は美彩と璃奈の合流に反対の意は抱いていない様である。

 恐らく奈津美と翔太も、ふたりの優秀な美女がチームに参加することには異を唱えることはないだろう。

 となれば、後は源蔵自身の判断ということになる。

 だが、どうにもしっくりこない。

 何故このふたりの美女が、わざわざこんなことを申し入れてくるのだろう。

 美彩も璃奈も、琢磨と手を携えて仕事に臨むことを選んだのではなかったのか。


「んなことしたら、永橋さんに睨まれるんとちゃいますか? 紛いなりにもあのひとは本社のエースでしょうに……」

「あ、そのことならお構いなく。永橋さん、執行役員の皆さんからの信用失いまくって、もうエースでも何でもないですから」


 璃奈があっけらかんと笑った。

 曰く、ダイナミックソフトウェアの目玉商品であるMDフォームズの価値を地に貶めたとして、琢磨への評価は暴落の一途を辿っているのだという。

 昨日までは飛ぶ鳥を落とす勢いだった本社エースも、今ではまるで見る影もないらしい。


(そんな程度のことで、そこまで叩かれるんか……)


 そしてそのMDフォームズを社内コンペの場で批判したのは奈津美だが、そのおおもとのアイデアを出したのは他ならぬ源蔵自身である。

 であれば、次なる矛先は自分に向けられるかも知れない。

 源蔵は、明日は我が身かも知れぬと背中に冷たいものを覚えながら乾いた笑いを返した。

 と、ここで美彩と璃奈が席から立って直立不動の姿勢を取った。そしてふたりは源蔵に向けて、深々と頭を下げてきた。


「どうか、宜しくお願いします。アタシ、もうあんなモラハラパワハラ上等なひとの下では仕事する気、全然無いので……」

「わたしも、櫛原さんから色々教わりたいんです。何とか、お願い出来ませんか?」


 ふたりが今回の社内コンペに参加したのは琢磨と一緒に仕事をしたいからではなく、源蔵の目に留まりたかったから、ということらしい。

 頑張っている姿を見て貰って、もう一度、源蔵と共に仕事をする価値のある女だということを認識させる――だが結局は、琢磨のチームは最下位に沈んでしまった。

 だからもう、なりふり構わず葵に頼んで頭を下げる場を用意して貰った、ということらしい。

 だが、源蔵は内心で渋い表情を滲ませていた。


(こらぁ困ったな……僕もう、ダイナミックソフトウェア辞めるつもりでおったんやけどな……)


 証人保護プログラムの解除条件が整い、櫛原厳斗から楠灘源蔵に戻る機会を得た今、ダイナミックソフトウェアを去ろうと考えていた源蔵。

 ところが、美彩と璃奈の面倒をも見るとなれば、流石にそうはいかなくなる。

 これは少し、困ったことになった。


「お顔を上げて下さい。お話は、よぅ分かりました。けど、ちょっと持ち帰って検討させて下さい。僕も色々、考えんといかんことがありますので」


 美彩と璃奈は揃って頭を上げたが、ふたりの美貌には不安と困惑の色が伺える。どうやらこの場で即決して貰えることを期待していた様だ。

 だが源蔵には源蔵の都合というものがある。

 ひとまずこの夜は、ふたりの意思を聞くだけに留めることにした。

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