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137.ブサメン、モヤる

 DS横浜サテライトに程近い繁華街には、美味い焼肉店が多い。

 社内コンペで見事、最優秀企画案の栄誉を勝ち取った源蔵達は今宵、翔太お気に入りの高級焼肉店へと足を運んで、柔らかくて甘みのある肉汁たっぷりのハラミやカルビ、ロースなどで舌鼓を打っていた。


「折角だし、サーロインとかいっちゃいません?」


 酔いが軽く廻っているのか、ほんのり頬を赤らめた葵が元気一杯の笑顔で提案すると、源蔵はすぐさま人数分をオーダー。

 証人保護プログラム中は相当な額の生活支援金をFBI極東支部から支給されていることもあり、資金は潤沢だ。この祝勝会では源蔵は、チームメイトには思う存分美味い肉を食べて貰おうと考えていた。


「さっすが師匠、太っ腹!」

「ははは……まぁ色々稼がせて貰うてますし、今日ぐらいはエエんとちゃいますか」


 都小路家への出向に於いても、麗羅を次期当主戦に勝利させた謝礼を相当な額で受け取っていることもあり、今夜の源蔵は中々に強気だった。


(皆さん、よぅ頑張りはったもんな。今日ぐらいは羽目外して貰てもエエやろ)


 二杯目のジョッキを空けながら、源蔵は喜びに沸くチームメイトらに誇らしげな視線を流した。この仲間達と一緒に戦えたことを、心から誇りに思えた。

 白富士時代は多くの部下や同僚に恵まれていた源蔵だったが、ダイナミックソフトウェアでは孤軍奮闘が多かった。それだけに、仲間とこうして盃を交わす機会が得られたのは個人的には非常に大きな成果だといえる。

 後は、DS横浜サテライトへの着任時から目論んでいた通り、奈津美と翔太が無事にお互いの気持ちを伝えあってくれればそれで良いのだが――。


(けど、ホンマにこのおふた方、両想いなんやろか……)


 三杯目のジョッキを手に取りながら、源蔵は僅かに自信を失い始めている。

 というのもこの一カ月間、奈津美と翔太は仕事上では色々と行動を共にすることが多かった様に思うのだが、プライベートではあまり接点が無い様に見えたからだ。

 しかし今回、社内コンペで優勝を飾ったのだから、そろそろ何らかの動きがあっても良さそうである。

 そんなことを考えながら源蔵がトイレに立つと、翔太が幾分神妙な面持ちで後についてきた。

 そうしてトイレの順番待ちの列に並んだところで、未来のイケメンエース候補は物凄く真剣な面持ちで顔を寄せてきた。


「あの、櫛原さん……ちょっと相談、乗って貰って良いっスか?」


 翔太のその表情には、どこか鬼気迫るものがある。

 源蔵はいよいよ、腹を括ってくれたかと密かな期待を抱いた。


「えっと……実は折山さんのことなんスけど」

「はいはい、何でしょう」


 源蔵は余り重苦しい雰囲気にはさせまいと、敢えて軽い調子で応じた。

 これに対し翔太は、急に口ごもり始めた。視線を左右に流したり、頭を掻いて唸ってみたりと、中々切り出してこない。

 が、そのうち意を決したのか、源蔵の巨躯と真正面から向き合う格好で直立不動の姿勢を取った。


「その、オレ……折山さんにコクりたいんス。でも凄く誠実な方で、それに真面目そうなので、今まで接してきた女性とはちょっと勝手が違ってて……だからどう切り出したらイイのか、経験豊富な櫛原さんにアドバイスを頂きたいんス」

「ん? 経験豊富? 何のですか?」


 思わぬ台詞に、つい小首を傾げてしまった源蔵。

 すると翔太は、更に想定外のひと言を放ってきた。


「いや、だから……櫛原さんってめっちゃデキるひとだから、きっと恋愛経験も豊富なんだろうな、って」


 源蔵は危うくひっくり返りそうになった。

 今までに付き合った相手といえば、偽装カノジョとしての操ただひとりだ。源蔵が恋愛経験豊富などとは、一体どこをどう見ればそう映ったのだろう。


「えっと、すみません……僕、女のひととちゃんと付き合おうたこと無いんですけど」

「……え? マジ、ですか?」


 それっきり、会話が途切れた。

 源蔵は何ともバツの悪い空気の中で、順番が巡ってきたトイレの中へと飛び込んでいった。


◆ ◇ ◆


 更に試練は続く。

 結局翔太には大したアドバイスも出来ないまま焼肉祝勝会はお開きとなった訳だが、解散となる直前、今度は奈津美がちょっと良いですかと小声で呼びかけてきたのである。

 そこで源蔵は葵と翔太のふたりから少しばかり距離を取り、自販機でお茶を買うふりをしながら奈津美とぼそぼそ囁く様な調子で言葉を交わし始めた。


「あの、実は……櫛原さんにお願いしたいことがあって……」


 何となく、嫌な予感が脳裏を過った。が、それでも源蔵は顔には出さず、にこやかに応じた。


「はて、何でしょう?」

「えっと、その……実は……わたし……影坂さんに、真剣な交際を、お願いしたいな、って思いまして」


 どうやら翔太も奈津美も、両想いだった様だ。

 それは良い。とても喜ばしいことだ。

 しかし問題は、何故恋愛相談を源蔵に持ち掛けてくるのか、であろう。しかもふたり揃って。


「でも、どうやって影坂さんにアプローチしたら良いのか、分からなくて……だから、その、経験豊富な櫛原さんから、オトコ心の攻め方ってのを教えて頂きたくて……」


 矢張り奈津美も、源蔵を恋愛玄人と見ているらしい。

 一体何をどう見れば、源蔵が恋愛経験豊富な先達になるのだろう。誰の目からも明らかな様に、ただの禿げたブサメンに過ぎないのだが。

 しかし、オンナ心は分からなくとも、オトコ心ならば何とか教えてやれないこともない。

 源蔵はちらっと翔太に視線を流してから、余り難しく考えるなと低く応じた。


「大丈夫ですよ。影坂さんも折山さんに気がありますから」

「え……そ、そうなんです、か……?」


 驚きの中に僅かな喜色を浮かべる奈津美。

 どこか恥ずかしそうに笑う大人の女性は、ほのかな色気さえ漂わせている。

 今の奈津美は、以前の様な地味で野暮ったい喪女のお局様ではない。美しく気品に溢れたバリキャリウーマンだ。誰もが羨望の眼差しで見る、デキる女だ。

 何も気負う必要は無い。そのまま自然体で、翔太に心の内を全て伝えれば良いのである。


「心配せんでエエですよ。自信持って、御自分の気持ちを伝えてあげて下さい」


 源蔵のその言葉に、奈津美は心からの笑みを湛えて小さく頷き返した。

 一方の源蔵は、複雑な気分だった。

 自分なんかが恋愛相談に乗って、本当に良かったのか――奈津美と翔太は晴れやかな気持ちで新たな一歩を踏み出すのだろうが、源蔵自身は凄まじくもやもやした気分を抱いたまま明日を迎えなればならなかった。

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