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134.ブサメン、同僚の過去を知る

 MDフォームズというスマートデバイスがある。

 これは都小路電機とダイナミックソフトウェアが共同で開発した商品で、独自のOSを搭載したA4版サイズのタブレットだ。

 Mは都小路、Dはダイナミックソフトウェアの頭文字から取って製品名にしたということらしい。

 操作性と速度、多彩な機能で多くのユーザーを満足させているという話だが、実際少し触ってみたことがある源蔵自身も、中々の出来栄えに舌を巻いたことがあった。


「実はオレの同期に、MDフォームズのシステム開発に参画してた奴が何人も居るんスよ」


 毎日の進捗ミーティングの場で、翔太が幾分前のめりの勢いでそんな台詞を口にした。


「MDフォームズに、わたし達の企画するソフトを載せようということでしょうか?」


 いち早く翔太の意図を察した奈津美が、隣の席で小首を傾げている。恐らく彼女自身、MDフォームズを新型AI調理機器専用レシピ転送アプリの基盤に据えようというアイデアは無かったのだろう。

 一方の葵は、成程と何度も頷いている。

 自分達の企画するソフトがMDフォームズ搭載アプリとなれば、自社の上層部のみならず、都小路電機に対してもウケが良くなる。となれば、社内コンペで優勝する確率もぐんと跳ね上がると考えたのだろう。


「それ、イイですね。私も悪くないと思います」


 葵が表情を明るくして頷くと、翔太は我が意を得たりとばかりに上機嫌で胸を反らせた。

 ところが――。


(MDフォームズねぇ……)


 源蔵は顔には出さなかったものの、翔太のこの案には余りピンと来ていなかった。

 実のところ源蔵自身は、他の案を考えていたのである。が、この場はまず翔太の提案を受け入れ、彼の好きな様に動いて貰おうと腹を括った。


(このチームの主役はこのひと達やしな……僕は、何かあったらケツ拭くぐらいで考えとこか)


 まずは兎に角も翔太と奈津美に、このチームを引っ張って貰う。

 だがこの時既に源蔵は、大きな障害が目の前に立ちはだかるであろうことを予感していた。


◆ ◇ ◆


 そして同日、午後。

 DS横浜サテライト社屋内の廊下を歩いていたところで、源蔵は琢磨とばったり顔を合わせた。

 お互いに会釈を交わし合い、そのまま行き過ぎるつもりだった源蔵だが、思いがけず琢磨の方からコーヒーでも如何ですかと誘ってきた。

 社内コンペではライバル同士といえども、一応相手は同じ会社の同僚だ。無下に断る訳にもいかない。


「ほんならちょっと、休憩させて貰いましょうか」


 そんな訳で源蔵は琢磨と肩を並べて自販機が置かれている休憩室へと足を運んだ。


「で、折山はどうでした?」

「……何がですか?」


 唐突にそんな問いを投げかけてきた琢磨に、源蔵は虚を衝かれた顔つきで思わず訊き返してしまった。

 すると琢磨は意外そうな面持ちで、まだ手を出してないんですかと目を丸くしている。


「櫛原さんぐらいの実力者なら、折山を誘うぐらいのことなんて簡単でしょうに……」

「あぁ……そっちの話ですか」


 苦笑を禁じ得ない源蔵。

 どうもこの琢磨という男は、一旦仕事を離れるとオンナのことしか頭に無いらしい。もうここまでくると、余程に好き者なのかと却って感心してしまうぐらいだった。

 それでもしっかり結果を出し続けてエースの座に昇り詰めるのだから、そのギャップは中々凄まじい。


「僕はもう、こんなツラですからね。まともな女性は相手してくれませんよ」

「何をおっしゃってるんですか。仕事のデキるオトコはね、顔なんて関係ありませんって」


 琢磨は妙に息巻いている。もうこれまで、散々耳にしてきた台詞だった。

 白富士時代も色々なひとびとが似た様な言葉を発していたし、もっといえば都小路出向時にも麗羅が何度も何度も同様の台詞を口にしていた。

 が、それでも源蔵の根底に刻まれた自分自身への否定感は覆ることはない。

 そういえば美月にも同様のことをいわれて何度も叱られたが、こればかりはどうにもならないだろう。


「ところで今回の社内コンペ、優勝したら他のチームから人員を引き抜くことが出来るって話が先日追加で発表されてましたね……俺、もう一度折山を自分の手元に置こうかなって考えてるんですよ」


 人員追加補充の話は源蔵も知っている。

 社内コンペで優勝したチームは、新型AI調理機器専用レシピ転送アプリの正式な開発スタートに伴って、同じ社内コンペに参加した他のチームから追加で人員を招集することが出来るという話だった。

 既に優勝することが既定路線だと考えているらしい琢磨は、元カノの奈津美を再び自分の手の中に収めたいと考えているのだろうか。

 確かに、今の奈津美は見違える程に美しくなり、そして従来からの仕事のデキる女としての価値も高い。琢磨が再び奈津美とヨリを戻したいと考えても不思議ではなかった。

 今では社内屈指の美女である美彩と璃奈も左右に侍らせている訳だから、もう完全にハーレム状態となるだろう。


「ま、そんな訳ですから、折山を抱くなら今の内ですよ」


 自信満々の笑みを湛える琢磨に対し、源蔵はただ苦笑を返すしかなかった。


◆ ◇ ◆


 その後、更に数分程度他愛も無い雑談を交わしてから休憩室を出た源蔵だったが、どういう訳かすぐ近くの角で奈津美が真っ青な顔つきで佇んでいた。

 この時源蔵は、ピンと来た。恐らく彼女は休憩室でのやり取りを聞いていたのだろう。


「わたし……絶対、優勝したい、です……」


 源蔵が何かを訊くよりも前に奈津美の方が先に、震える声で決意表明に近しいひと言を搾り出してきた。

 曰く、彼女はもう絶対、そして二度と、公私を問わず琢磨と密接に関わることは避けたいということらしい。何か理由があるのだろうか。


「あのひと……実は……物凄い、DV気質があるんです……」


 加えて、とんでもないモラハラ男だとも口走った奈津美。

 その青ざめた表情は、嘘をついている様には思えない。

 或いは、奈津美が今まで社内の男性とプライベートでほとんど関わってこなかったのは、そこに原因があるのだろうか。


(そういえば折山さん、本格的に付き合った男性は永橋さんが初めてっていうてはったっけ……)


 その初カレシがまさかのDV男でモラハラ男だったというのか。

 であれば、男性不信に陥るのもやむなしといったところだろう。


(けど、普通はそんな話、こんな廊下での立ち話なんかで軽々しくするもんちゃうやろな)


 それでも彼女は、苦しそうな表情で吐露した。

 つまりそれ程に追い詰められ、切羽詰まっているのだろう。奈津美の美貌がこんなにも恐怖で歪んでいるのが全てを物語っているともいえる。

 思わぬ形で同僚の過去を知ってしまった源蔵だが、ここで何かを確約することは出来ない。


「ま、頑張りましょう」


 そのひと言を返すのが、今は精一杯だ。

 そして奈津美も心得ているのか、ただ小さく頷き返すばかりだった。

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