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133.ブサメン、猛省

 新型AI調理機器専用レシピ転送アプリの社内コンペ開始から、早くも一週間が過ぎた。

 ダイナミックソフトウェアでは毎日の様に慌ただしい時間を過ごしている源蔵だが、そんな中でも矢張り、精神の休息は必要であろう。

 源蔵にとっての心の栄養は、矢張り何といっても愛娘との会話だ。

 彼は毎晩、美月とビデオ通話を繋いで日々の出来事やちょっとした愚痴などを語り合っている。

 特別な話題を用意する必要は無い。日常の些細な出来事を会話に上らせるだけでも、それで十分に心が安らぐ穏やかな時間となってくれた。

 そしてこの日は、同僚たる奈津美と翔太が最近良い雰囲気になりつつあることを嬉しげに語った源蔵。

 ところが美月は画面の向こう側で、その愛らしい美貌に呆れの色を浮かべてやれやれとかぶりを振った。


「お父さんさ……他人のことは良いから、ちょっとは自分のことも気にかけてあげようよ」

「ん? 僕の何を気にかけんの?」


 源蔵は美月がいわんとしていることが、よく分からない。彼女は一体、何に対して不満を抱いているのだろうか。


「んもぉ~……お父さんさぁ、そっちで誰か、イイひと見つかってないの?」

「えー、僕にかいな」


 源蔵は心底困り果てて、剃り上げた頭をぺたぺたと叩いた。

 今更カノジョを作れなどといわれても最早何をどうすれば良いのか分からないし、そもそも無駄な努力だとさえ思っている。

 もしも可能性があるとするならば、定年後に老齢婚用のマッチングアプリでも試してみようかという程度の話であろうが、まだ30年以上も先の話だ。

 それ故源蔵には、まるでピンと来ていないというのが正直なところであった。


「お父さんってさ、もう結婚適齢期だってのに全然焦んないよね」

「いや、そんなん焦る必要あらへんがな。僕には立派な娘も居てくれてるし」


 すると美月が画面の向こうで、変顔を作りながらうむむむと小さく唸り始めた。

 源蔵としては、恋愛や色恋沙汰はもう完全に他人事であり、自分とは一切無縁な話だと思っている。だからこそライバルチームの琢磨からの揺さぶりにも全く動じることが無い訳だから、何を困る必要があろうか。


「お父さんってホント、何やらせても完璧なのに……その自己肯定感の低さだけは、聞いててイラっときちゃうよね……」

「んなことないよ。ちゃんと自分の仕事には誇りもあるし、自信も持っとるよ」


 抗議の声を上げる源蔵に対し、美月はハイハイそうですかと心底呆れた様子で掌を左右に振った。


「そらそうと……神崎さんの様子、まだ全然分からへんの?」

「あ、うん……何か、会う度にちょっとずつ痩せてる様な気がしないでもないんだけど……」


 どうにも歯切れの悪い美月。

 何かを知ってて隠しているのか、或いは本当に何も分からないのか。

 しかしここで彼女を疑っても仕方が無い。

 美月が源蔵に嘘をつくとは思えないし、仮にそうであったとしても、そこには何らかの理由がある筈だ。それを詮索するのは野暮というものだろう。


「兎に角さ、お父さん。もうちょっと、自分に優しくしてもイイんじゃない?」

「僕は十分甘えてるつもりやけどなぁ……こないして毎晩、美月とも顔合わせられとるんやし」


 これは嘘ではない。

 事実源蔵は、愛娘との会話だけですっかり心が満たされている。それ以上のことは何も必要無い。もう十分に幸せな気分だった。


「お父さんの意識改革って、これちょっと難題だなぁ」

「何やの、その意識改革て」


 今度は源蔵が小首を捻る番だった。


◆ ◇ ◆


 翌日、いつもの様にDS横浜サテライトのオフィスに出社すると、葵が突然源蔵の席へと小走りに寄ってきてその美貌をずいっと近付けてきた。


「……何かあったんですか?」

「櫛原さん、ちょっと……アレですよ、アレ」


 葵は声を潜めつつ、小会議卓の方にちらちらと視線を流した。源蔵も同じ様にその先へと視界を巡らせると、奈津美と翔太が顔を近付け合って、何やら話し込んでいる様子が伺えた。

 少し前までは、あり得ない光景だった。

 翔太は割りと誰に対してもオープンなコミュニケーション力を発揮する男だが、奈津美は違う。彼女が異性とふたりきりで顔を突き合わせるなど、以前ならば到底考えられなかった。

 若手の頃に琢磨と付き合っていた事実があるということさえ、少し信じられないぐらいである。恐らく当時の奈津美はただいわれるがままに、琢磨のカノジョという身分に甘んじていただけではないだろうか。


(それとも、何かあったんかな……その何かが原因で、男性不信っちゅうか、男性恐怖症に陥った可能性もあるわな)


 源蔵は、己の過去に照らし合わせて奈津美の心理状態を推測した。自身もまた、若かりし頃に三度も手酷く振られた経験から女性との距離を置く様になった。

 流石に自分の様な扱いは受けなかっただろうが、それでも奈津美の心に傷を残すには十分過ぎる程の事件があったのかも知れない。

 その彼女が今、翔太とあんなにも親密に言葉を交わし合っている。奈津美のあの姿を見ることが出来ただけでも、源蔵としては感無量の気分だった。

 ところが――。


「あの、櫛原さん……何か、後方腕組おじさんっぽくなってません?」

「ん? 後方腕組?」


 葵からの思わぬひと言に、源蔵は頭の中で幾つもの疑問符を並べた。

 所謂ネットスラングのひとつなのだろうが、源蔵の耳には余り馴染みの無いフレーズだった。


「だって、どう見てもそんなカンジですよ? あの娘はワシが育てた、みたいな……」


 幾分呆れた様子でじろりと横目を流してくる葵に、源蔵は内心でぎょっとした。

 何となく、自分でも思い当たる節があったからだ。


(あれ……僕もしかして、すんごい上から目線になってた……?)


 まともな恋愛など、これまで一度も経験したことが無い源蔵。にも関わらず、ひとりの女性を喪女から美女へとプロデュースした気分になっていたのではないだろうか。

 よくよく考えたら、凄まじく傲慢で恥ずかしい話である。


(あかんあかん……何っちゅう思い上がりや)


 源蔵は内心で、奈津美に謝り倒した。

 と同時に、昨晩美月にいわれたことが何となく脳裏に蘇ってきた。彼女は案外、源蔵のこういう姿勢を見透かしていたのかも知れない。


(反省せなあかんわ)


 源蔵はげんなりした顔つきで自席に就いた。

 と、そこへ奈津美と翔太が笑顔を交わしながら戻ってきた。ふたりは源蔵の微妙に落ち込んだ強面に、不思議そうな視線を送るばかりだった。

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