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132.ブサメン、有力株を確保

 都小路電機の新型AI調理機器専用レシピ転送アプリ開発受託に向けた社内コンペが、正式にスタートとなった。

 一カ月後の企画案発表会に向けて動き出した各チームは、キックオフミーティング翌日から精力的に動き始めている。

 その中でも特に活発なのが、人員の確保だった。

 この企画案作成に際しては最大で四名でのチーム体制を取ることが許されている。つまり源蔵のチームに於いてはあとひとり、追加で戦力を招集することが可能になる訳だが――。


「……誰、入れましょうかね?」


 昼食後に毎日開催することとなった進捗ミーティングの場で、源蔵は奈津美と葵に幾分すっとぼけた表情で問いかけた。

 実のところ源蔵、あともうひとり誰を引っ張り込むかという点については既にアイデアを持っている。

 が、己の意見ばかりを押し付けるのは余り宜しくないと考え、まずは奈津美と葵から意見を募ろうと考えた次第である。

 奈津美は、幾分困った様子で俯いた。私案はあるが、口に出すことに対して抵抗感を覚えている様な仕草である。

 その一方で葵は、物怖じする様子など欠片も見せずにさっと手を上げて、その美貌にどこか意味深な笑みを浮かべた。


「影坂さんが良いと思います」

「あー、奇遇ですね。僕も同じこと考えてました」


 奈津美に気を利かせたのか、或いは本心から翔太の実力を見込んでの発案なのかは分からない。しかし葵が提案した人事案は源蔵が腹の底に抱いていた私案と見事に一致していた。

 逆に奈津美は、見ている方が気の毒に思ってしまう程に狼狽している。恐らく彼女も翔太を招き入れる希望を抱いていたのだろうが、まさかこの様な形で提案を受けることになろうとは、思っても見なかったのだろう。

 しかし源蔵は奈津美の困惑を敢えて無視して、更に話を進めた。


「いや、実はですね、影坂さんとこの上司にも話は通してありまして、うちへの合流についてはもうネゴってあるんですよ」

「わぁ……流石ですね」


 両手を軽く叩いてにこにこと笑う葵。

 対する奈津美は何ともいえぬ表情。嬉しさと気恥ずかしさ、そしてそれ以上の動揺が今の彼女の心を大きく掻き乱しているのかも知れない。

 源蔵は奈津美に視線を流し、穏やかに笑った。


「折山さん的にはどうですか? 何か問題とかありますか?」

「いえ……わたしは、その全然……だ、大歓迎、です」


 若干どぎまぎして俯いてしまっている奈津美だったが、源蔵は容赦無く結論を下した。

 奈津美の気持ちの整理を待っていたのでは、埒が明かない。それ以前に翔太を他のチームに取られてしまう恐れもある。

 ここは迅速に動かなければならない場面だった。


「ほんなら、このまま申し入れます」


 源蔵は立ち上がって、フロア内の隣の開発部署へと足を急がせた。

 その源蔵の背中に、奈津美がもごもごと何か声をかけてきたのだが、余りはっきりとは聞き取れなかった。

 恐らく彼女は、感謝の意を伝えようとしていたのだろう。しかし源蔵は聞かなかったことにした。


(これは飽くまでも仕事ですからね。プライベートのことは御自身で頼みますよ)


 随分とお節介な真似をしたものだと自嘲しつつも、源蔵は己の決断に対してはいささかも後悔はしていなかった。


◆ ◇ ◆


 そして、その日の夕刻。

 翔太が弾丸の如き勢いで源蔵達のデスク島へと飛んできた。


「お、お招き頂き、あ、アザーッス!」


 妙に興奮している様子の翔太。

 源蔵と葵は揃って苦笑を漏らしたが、奈津美は喜色と困惑を綯い交ぜにした表情で小さく頭を下げていた。

 ここで源蔵は臨時で用意した座席に翔太を座らせつつ、改めて宜しくと同様に頭を下げた。


「引継ぎの方は、どんな感じですか?」

「あ、全然問題無いっス。明日にはもう全部片付きますんで」


 未だ興奮冷めやらぬといった熱っぽい口調で、翔太は嬉しそうに破顔した。

 が、彼のその笑顔はすぐに真剣な色へと塗り替えられた。その理由を源蔵は何となく察してはいたが、矢張りここは本人の口から直接語らせるべきであろう。

 翔太はそれまでの軽い調子の笑顔を消し去り、真顔で新たな仲間達に視線を流した。


「オレ、今回めっちゃ気合入ってます……一番のライバルは永橋さんとこのチームなんスよね?」


 そのひと言に、まず奈津美が不思議そうな面持ちで反応を返した。どうやら彼女は、翔太と琢磨の因縁を知らないのだろう。

 実は源蔵もつい最近知ったばかりなのだが、琢磨の性格を考えれば、決して不思議な話でもなかった。


「ぶっちゃけますけど、オレ……まだ二年目の時に、永橋さんに結果を横取りされちゃってるんですよね」


 その告白に奈津美のみならず、葵も驚きの色を浮かべていた。

 源蔵は既に、自身の情報網を駆使してこの事実は知っていたものの、いざこうして本人の口から聞いてしまうと矢張り気分の良いものではなかった。

 この時、奈津美は随分と申し訳無さそうな顔つきで視線を落としている。

 別段、彼女に何らかの非がある訳ではない。しかしかつて自身が付き合っていた男が、翔太に卑劣な仕打ちをしていたという事実を今初めて知り、罪悪感に苛まれているのかも知れない。

 奈津美は、そういう感性を持つ女性なのだろう。


「あの時はオレまだペーペーの若手で、実績も発言力も全然無かったから良い様にされるがままだったんスけど……」


 だが今は違う、と翔太は胸を張った。

 それなりに経験も結果も残してきている。そして今回は違うチームなのだから、正面切って戦うことが出来ると興奮気味に語った。


(やっぱり、誘って正解やったわ)


 内心でほくそ笑んだ源蔵。

 その一方で彼は、琢磨が新たに引き入れたふたりの人員について多少思うところがあり、内心で小首を傾げていた。


(せやけど永橋さん……何や、よう分からん人事してはるなぁ)


 源蔵は自身のノートPCにちらりと視線を流した。

 琢磨もまた同じく、新たな人員をふたり自らのチームに補充している。

 そのふたりというのが、璃奈と祐司の先輩後輩バディコンビだった。かつては源蔵の料理で胃袋を掴まれた璃奈と、美彩をカノジョにしようと頑張っていた源蔵と同期の祐司。

 このふたりを敢えて自らのチームに引き入れた琢磨の思惑が、どこにあるのか。


(……まぁどうせ、僕への心理戦か何かのつもりなんかも知れんけど……)


 源蔵は呆れて、小さな吐息を漏らした。

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