130.ブサメン、因縁を得る
都小路電機の新型AI調理機器専用レシピ転送アプリ開発を受託する為の、社内コンペ開催キックオフミーティング当日。
源蔵は久々に、ダイナミックソフトウェア本社の入っている社屋へと足を運んだ。
同伴者は奈津美のみ。評価担当である葵は今回、出番は無い。
「しばらく見ない間に色々変わりましたね……」
玄関ロビーからエレベーターへと向かう最中、奈津美は不思議そうな面持ちできょろきょろと屋内を見渡していたのだが、それ以上に周囲からの驚きを滲ませる視線の方が遥かに多かった。
どうやら彼女を知るそこそこ社歴のある者達が、奈津美の変わりように仰天しているらしい。
ここ最近奈津美は、随分と美しくなった。
葵の勧めで色々な美容法にチャレンジしているらしく、更には眼鏡からコンタクトレンズに変え、髪型も明るい色の華やかなヘアスタイルへと一新している。
元々顔の造りやパーツのひとつひとつは綺麗に整っており、少し手を加えれば大いに化ける可能性があったのだが、源蔵自身も、奈津美がこれ程の変貌を遂げようとは流石に予想外だった。
(けど、そのお陰で随分前向きになってくれたし、物怖じもせんようになってくれたわな)
矢張り自信というものは、ひとの考え方を大きく変えてくれるものだと改めて感じ入った源蔵。
この調子なら、きっと彼女にも良運が巡ってくるだろう。
そんなことを考えながらキックオフミーティング会場となっている大会議室前へと辿り着くと、そこで思わぬ人物とばったり顔を合わせた。
美彩だった。
「あ、どうも。御無沙汰しております」
源蔵はいつもの調子で軽い笑みを湛えながら頭を下げたが、対する美彩はどういう訳かその端正な面に強い緊張の色を浮かべたまま、小さく会釈を返してくるばかりだった。
最初は何故彼女があんなにも硬い表情を見せたいるのかがよく分からなかった源蔵だが、いざキックオフミーティングが始まってみると、その理由が明らかとなった。
どうやら美彩も、この社内コンペに参加するチームの一員らしい。つまり源蔵とは敵対する立場にあるという訳だ。
(あー……せやからあんなに警戒してはったんかな?)
大会議室内の一角で、配布された資料を手に取りながらちらりと美彩の面を覗き見た源蔵。
すると偶然、美彩もこちらを見ていたらしい。彼女は一瞬源蔵と目が合うと、慌てて顔を背けて自身の手元にある資料へと視線を落とした。
(そこまで嫌わんでも……)
内心で苦笑を禁じ得ない源蔵。
しかし、これからしばらくは美彩ともライバル関係となる訳だから、かつての先輩後輩バディとしての立場は一旦忘れなければならない。
その美彩とチームを組むのは、手元の資料にある社内コンペ参加者リストによれば永橋琢磨というエース級の技術者だった。
年齢は源蔵と然程変わらない様で、独身のイケメンらしい。
(上条さんも、ああいうひととくっついたらエエのにな)
ミーティング主催者の説明を聞きながら、全くどうでも良い思考が脳裏を過った。
美彩は元カレだった良亮から色々と酷い仕打ちを受けてきた。そんな過去を忘れさせてくれる新しいカレシが早々に現れてくれれば源蔵としても一安心なのだが、中々そうはいかないらしい。
その様な意味では、この社内コンペは彼女にとって新たな出会いの場となってくれるかも知れない。否、そうあって欲しいと変なところで期待を寄せてしまう源蔵。
美彩程の美人が、いつまでも過去の下らないオトコに縛られ、囚われているのは余りに気の毒だった。
やがて、社内コンペ参加者がひとりずつ自己紹介してゆく段になった。
この時、今度は何故か奈津美の表情が微妙に硬くなっている。特に、最強のライバルになり得ると思われる琢磨がマイクを受け取って立ち上がると、その美貌が更に強張っていた。
(何か、あったんやろか……?)
奈津美のこの表情は少し、尋常ではない。
一見すれば冷静さを装っている様にも取れるが、唇を僅かに噛み締めているその様子から見て、ただならぬ縁があると思えてならなかった。
(微妙に嫌な予感するなぁ)
自信に満ちた表情で朗々と声を張り上げる琢磨。流石にエース級の技術者と呼ばれるだけのことはあり、その立ち居振る舞いは中々堂に入っている。
ここで源蔵はもう一度手元の社内コンペ参加者リストに視線を落とし、改めて琢磨の来歴について記されている箇所をじぃっと見入った。
(あぁ……折山さんと同期なんや)
新人年度に配属された部署も、どうやら奈津美と同じだったらしい。
ということは、彼女と琢磨は単なる顔見知りという程度にはとどまらず、入社直後の頃は同期社員としてそれなりの交流があったのだろう。
であれば、奈津美の琢磨を見る視線に色々と複雑な感情が見え隠れしていたことにも納得がゆく。
(そらぁ、かつての同期が今度は強力なライバルとして立ちふさがるってなったら、複雑な気分やろな)
しかもその強敵が、美彩とチームを組むというのだ。
奈津美のみならず、源蔵にとっても多少の因縁が生まれたといえなくもない。
(まぁ、でも……僕は僕に出来ることをやるだけの話やけどな)
源蔵は別段、今回の社内コンペで自分自身の評価を上げようとは思っていない。この戦いは飽くまでも、奈津美が次の一歩を踏み出す為の切っ掛けになってくれれば良いという程度にしか考えていなかった。
或る程度のところまで勝ち残ることが出来ればそれに越したことは無いだろうが、源蔵としてはそこまで結果を求めている訳でもない。
ところが、相手側はそう考えてはいなかった様だ。
キックオフミーティング終了後、大会議室を出ようとした源蔵と奈津美に、思いがけない相手が声をかけてきた。
琢磨だった。
「よぅ折山、久し振り……っと、失礼しました。えぇと、櫛原さんですよね?」
最初は気軽な調子で奈津美に声をかけてきた琢磨だったが、源蔵の強面なスキンヘッドに対しては幾分態度を改めて丁寧なお辞儀を送ってきた。
「永橋です。これからしばらくの間、お互いに切磋琢磨する間柄になりますが、どうぞ宜しくお願いします」
「御丁寧にわざわざ痛み入ります。櫛原です。どうぞ宜しくお願いします」
源蔵も腰を折って頭を下げた。
こういう時は、如何に相手よりも丁寧に、そして礼儀正しく振る舞えるかがカギとなる。
既に、戦いは始まっていたのだ。