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125.ブサメン、スーパー銭湯を堪能

 仕事上のことならば、指示という形で強制力を与えることは出来る。

 だが本人自身の問題やプライベートのことに関しては、無理強いなど絶対にご法度だ。


(けど、折山さんの場合はそこにメス入れんと、どないしょーもないしなぁ)


 腕を組んだまま休憩室の天井を見上げた源蔵。

 まだこれといったアイデアが浮かんでこない。

 すると、傍らで同じ様に考え込んでいた翔太が、自信をつけさせるのが一番ですねと小さく呟いた。


「手っ取り早いのは、やっぱ誰かに褒められることじゃないっスか?」

「一理ありますねぇ」


 ここで源蔵は、葵に視線を流した。

 今やDS横浜サテライト内では最高ランクの美女と化した彼女が奈津美の素材の良さを褒めれば、それは相当な説得力を以て奈津美の心に突き刺さりそうな気がした。

 しかし、いきなり何の切っ掛けも無く葵が奈津美を褒めそやす様な真似をすれば、それはそれで余りに不自然だろう。

 何とか、極々自然な形で奈津美を葵が絶賛する場を設けることが出来れば良いのだが。


「あ、それじゃスーパー銭湯とかどうっスか? こないだ新しいのがオープンしてたじゃないですか」


 翔太が、悪くないプランを出してきた。

 源蔵は成程と頷き返す。

 奈津美と葵が裸の付き合いで一緒に湯船につかるなどすれば、そこで初めて奈津美の美しさに葵が気付いた、という体を取ることも出来るだろう。


「良いですね、やりましょう」

「あ、んじゃあ今回はオレも御一緒させて下さいよ。アイデア出しした御褒美ってことで」


 ニヤリと笑う翔太。中々ちゃっかりしている。

 しかし彼の様なこういう無邪気さは、源蔵も嫌いではなかった。

 次いで源蔵は、葵にも視線を流した。彼女は、


「もっちろん、OKですよ~……あ、でも私も何か御褒美欲しいなぁ」


 などと幾分茶目っ気を匂わせながら小さく笑った。

 源蔵は勿論、最初からそのつもりではあったのだが。


「そいやぁ蔵橋さん……あそこのコラボカフェ、行きたいっていうてはりませんでした?」

「え? マジですか? イイんですか?」


 途端に、葵が喰いついてきた。

 以前葵は、自身が愛読しているTL漫画がアニメ化する記念にコラボカフェが開催される旨を盛大に語っていたのだが、実はそのカフェではカップル限定でスペシャルアイテムが購入可能となる特典があるらしい。

 葵は以前から、誰か一緒に行ってくれる男性は居ないかと探していたらしいが、オフィス内の男性社員は誰も彼も下心丸出しで迫ってくる為、声をかける気にもならなかったという。


「櫛原さんなら、安心して御一緒出来ます! 是非是非、お願いします!」


 交渉成立。

 そんな訳で、奈津美改造計画が始動した。


(けど、折山さんが苦に感じる様なら、すぐに中止せんといかんよな)


 飽くまでも、奈津美の気持ち最優先で動かなければならない。本人に少しでも否定的な気分が生じるならば、それはただの押しつけに過ぎないのだから。


◆ ◇ ◆


 その週末の夜。

 源蔵、奈津美、葵、翔太の四人は会社帰りに連れ立って件のスーパー銭湯へと足を運んだ。

 このスーパー銭湯は設備が充実しており、サウナや岩盤浴も楽しむことが出来る。勿論食堂も併設されているのだが、ネット上のレビューを見る限りでは味のレベルも決して悪くないらしい。


「風呂上がりに、ぱーっといきましょう! ぱーっと!」


 翔太がやけにテンション高く気勢を上げる。源蔵と葵は苦笑を滲ませるばかりだが、奈津美は訳が分からず、ただ不思議そうにきょとんとしていた。

 ともあれ四人はおよそ二時間弱、このスーパー銭湯内でのリラックスした時間を楽しんだ。


(傷跡については流石に、何もいわれんよな……)


 入湯の際、少しびくびくしていた源蔵。

 入れ墨やタトゥー禁止の銭湯は多いが、傷跡までは流石にどうこういわれることは無い。

 とはいうものの、源蔵の肉体には白富士の北米支社時代に撃たれた銃痕や都小路で刺されたナイフの傷跡などが刻まれており、ちょっと普通ではない。

 だが幸いなことに、周囲からの目線は源蔵の傷跡よりも、その無駄無く鍛え上げられた筋肉の方に注目が集められていた様だ。

 恐らくこれらの傷跡に気付いたのは、翔太ひとりだけであったろう。

 実際彼は、源蔵の腹部周辺に残されていたふたつの歪な傷跡に一瞬だけぎょっとした表情を見せていたが、しかし何もいおうとはしなかった。

 恐らく翔太は翔太なりに、気遣ってくれたに違いない。


(影坂さん、やっぱエエひとやなぁ)


 心の内で感謝しつつ、源蔵はサウナや岩盤浴などもしっかり堪能して、日々の疲れを癒した。

 そしてある程度体をほぐしたところで、レンタルの館内着に身を包んだ四人が顔を揃えて食堂へ向かう。

 葵も奈津美も、ほぼすっぴん状態だ。が、化粧っ気が無くともふたりの整った顔立ちは際立つ程に美しく、ふたりに視線を奪われる男性客はひとりやふたりでは済まなかった。


「ねぇねぇ、聞いて下さいよ」


 ここで葵が計画通り、奈津美の女性としての素材の良さを喧伝し始めた。

 男性陣が下手に褒めてしまうと、それはもうただのセクハラに過ぎないのだが、葵がこうして無邪気に語ることで性的な意味を消し去り、同時に奈津美にも外部からの賞賛という形で自信を付けさせることも可能なのではないか。

 これは或る意味、賭けだった。奈津美が少しでも否定的な表情を浮かべたら、このプランは即刻中止せねばならない。

 しかし、この時彼女が見せた笑顔には、拒否の色は感じられなかった。

 奈津美は葵という社内随一の美女に肯定されたことで、ほんの僅かではあったが、前向きになってくれた様である。


(切っ掛けは、掴んでくれたかな……?)


 翔太と揃ってビールの大ジョッキを呷りつつ、源蔵は嬉しそうに微笑む奈津美の端正な面を、ちらりと盗み見た。

 これ程の美人なのだ。もっと自信を持って、もっと前向きに考えて欲しい。

 自分の様なブサメンには不可能だが、奈津美ならばきっと良い転換期を迎えてくれる筈だ。

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