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124.ブサメン、妙案に至らんとす

 奈津美は、お世辞にも社交的とはいえない。

 仕事は抜群によく出来るのだが、対人能力に余り自信を持っていない傾向が伺える。

 コミュ障という訳ではないのだろうが、優し過ぎる性格なのか、或いは引っ込み思案の類なのか、兎に角自分の意見、意思を強く前面に押し出すのが苦手なタイプである様だ。

 その結果、年下の女子社員らにも随分と舐められ、馬鹿にされている空気がそこかしこで伺える。


(本人が気にしてないならそれでエエ……っちゅう訳にもいかんぞ、これは)


 DS横浜サテライトの休憩室内で缶コーヒーを飲みながら、ひとり思案に耽っている源蔵。

 気の持ちようというレベルで済めば良いのだが、既に奈津美の場合は業務に支障が出かねない事態に陥りつつある。

 これは、彼女の工数を管理する源蔵としても捨て置けない事案だった。

 しかしすぐには妙案が浮かばない。


(個人の意識改革なんてモンは急に出来る話やないし、一朝一夕でどうにかなるモンでもないしな)


 奈津美の年齢的に考えても、今から思考方法を変えろなどと押し付けたところで、そう簡単に結果が出るとは思えなかった。

 三十年程も生きた人間の意識、その根底に滲みついた性格というものは、口でいう程に簡単には変えられないだろう。

 であれば、周りがフォローしてやるしかない。

 その突破口への順序立ては矢張り、事実上彼女の業務を指揮する源蔵にしか出来ないことだと思っている。

 と、そこへ翔太がふらっと顔を覗かせた。

 ふたりは互いに会釈を送り、お疲れ様ですと笑顔で挨拶を交わす。


「櫛原さん、随分と難しい顔されてますね」

「あ、分かります?」


 源蔵は苦笑を滲ませた。

 翔太は一見すると何も考えていないノー天気なイケメンに思われがちだが、彼は本当に相手のことを細かいところまでよく見ている。

 人間観察が得意というよりも、その空気感の中から微妙な変化や機微を察している様に思われた。

 それ故、彼はまともに取り合うべき相手、友人として付き合うべき人間をしっかり見抜いているのではないかと、源蔵ですら舌を巻くことが何度かあった。


「当ててみましょうか……折山さんのことじゃないっスか?」

「いやぁ、よくお分かりで」


 剃り上げた頭をぺたぺたと叩きながら、乾いた笑いを返した源蔵。

 矢張りこの青年には、嘘はつけない。

 源蔵は素直に、奈津美に対する若手女子社員らからの敵意について、どう対処すれば良いのかと色々頭を悩ませていた事実をそれとなく口にした。


「いやー、ホント、何でなんでしょうね。オレ、まだ折山さんのキャリアの半分ぐらいしか働いてませんけど、あのひとの仕事ってホントすげぇーなって思うんスよ。なのに、どーして誰も彼も、折山さんをリスペクトしねぇのかって、それがもう不思議で……」


 ここで源蔵は、内心で苦笑を漏らした。

 奈津美に敵意が向けられている原因のおよそ半分は、翔太自身にある。

 彼の様な人気の高いイケメンが、地味で野暮ったい三十路のお局様に御執心だという姿が若い女子社員らには我慢ならないのだろう。

 ところが翔太自身にはそんな自覚は無さそうで、彼は恐らく単純に仕事のデキる奈津美を尊敬し、その素晴らし手腕に心酔しているだけなのだと思われる。

 否、或いは彼の心の奥底には奈津美に対する特別な感情が在るのかも知れない。こればかりは本人の口から聞き出す以外に知りようが無いのだが、流石に社内でそんなことを訊く訳にはいかなかった。


(けど、折山さんも影坂さんのことは憎からず思うてはるんとちゃうかな)


 奈津美が翔太を見る瞳の中に明るい色が萌しているのを、源蔵は何度も見ていた。

 だが彼女は本当に奥手で、下手をすれば源蔵以上に異性への耐性が無い様にも感じられる。

 源蔵自身、余りひとのことをいえた立場ではないのだが、奈津美にはもっと自分の気持ちを外に向かって押し出して欲しいという願いがあった。


(けど、まだ今はその時期やないよな……周りを黙らせてからやないと、折山さんが不幸になる)


 そんなことを考えていると、今度は更に葵までもが休憩室にぶらりと顔を出した。

 相変わらず高身長でスタイル抜群のモデル級美女な葵だが、その表情には変に取り澄ました色は無く、オタク趣味全開の腐女子なオーラが漂っていた。


「え、もしかして、これって……おふたり、そういう仲なんですか?」


 突然訳も分からず、はぁはぁと興奮し始めた葵。

 彼女の思考が即座に読めてしまった源蔵は、渋い顔つきで大きくかぶりを振った。


「やめて下さい蔵橋さん。BLみたいな展開がそんなしょっちゅう、ある訳ないでしょ」


 源蔵にぴしゃりと否定され、露骨に残念そうな色を浮かべた葵。

 本当に何から何まで、自分に正直過ぎる美女である。それでいながらこれ程の絶品な美貌な訳だから、反則にも程があるだろう。

 と、ここで源蔵は葵のコスメ技術に目が行った。次いで、一案を思いついた。


「ところでちょっとお聞きしたいんですが、蔵橋さんの目から見て、折山さんの美容とか化粧とか、どんな感じです?」

「え……櫛原さん、ご自分でも御化粧したいんですか?」


 全く明後日の方向に質問を返してきた葵に、源蔵はそうじゃありませんと鼻の頭に皺を寄せて否定。

 傍らでは翔太が、腹を抱えて笑っていた。


「折山さんをね、もっとうちのチームの顔として押し出そう思うたら、ちょっとぐらい変身して貰てもエエかなーなんて思うとる訳です」

「それってつまり、私に折山さんのコーディネートを任せてみたいってことですか?」


 漸く葵も、源蔵のいわんとしていることを理解した様だ。

 後は奈津美自身がこの案を受け入れるかどうかだが、まずは葵の見立てを聞いておく必要がある。


「そぉですねぇ……お肌も綺麗ですし、髪のお手入れもしっかりなさってるのが見て分かりますから、きっと大化けすると思いますよ」


 その瞬間、源蔵の腹は決まった。

 後は奈津美を上手く誘導する方法を考えれば良い訳だが、実はこれが一番の難関だった。

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