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122.ブサメン、可能性を見出す

 その日の定時後、源蔵は奈津美と葵に声をかけ、軽く飲みに行こうと誘ってみた。

 新しくチームに加わった葵のプチ歓迎会をやろうという訳である。

 実は葵、日中の時点でかなり色んな方面から食事或いは飲みへのお誘いが殺到していたらしいのだが、彼女はそのことごとくに対してお断りの返事を連発していた。

 どのお誘いも傍目から見て分かる程に、ワンチャンあれば彼女をモノにしてやろうという下心が丸見えだったのだが、葵自身が果たして、どこまで考えてそれらを全て断ったのかは分からない。

 しかし彼女は、源蔵からの誘いにはふたつ返事で応じてきた。

 同じラノベ同好の士という安心感が、源蔵に対してはあるのかも知れない。

 そうして定時の終業チャイムが鳴ったところで帰り支度を始めた三人だったが、そこへ翔太が目ざとく近づいてきた。


「あー、どこか行くんですかー? もしかして、飲み?」

「そうなんですけど、今日はチーム内だけで軽く済ませようかと思ってましてね」


 源蔵は奈津美に幾分申し訳無いと思いながらも、今回は翔太も突っ撥ねることにしていた。

 対する翔太は残念そうな面持ちではあったが、すんなり引き下がってくれた。

 見た目は陽キャなパリピで、美女相手にはしつこく食い下がる様なチャラ男という偏見を持たれがちだが、翔太はこういう部分ではきっちり空気を読んでくれる人物だった。


「まぁ、またそのうち、埋め合わせしますよって」

「そんな気ぃ遣って貰わなくたって大丈夫っスよ。でも一度ぐらいはこの面子で、飲みに行きたいっスねぇ」


 そういって三人から離れていった翔太。

 ここで源蔵はそっと奈津美の表情を盗み見たが、彼女は別段気を悪くしたり、残念がっている仕草は見せていなかった。

 そこは矢張り、経験を積んだ大人の対応というところであろうか。

 ともあれ、他の若手連中に捕まる前にさっさとオフィスを後にした源蔵達三人。

 向かった先はお洒落なバーやレストランではなく、普通の安居酒屋だった。

 源蔵は以前から葵の性格を知っているから特に何の違和感も持たなかったが、奈津美は葵の超絶セクシー美女姿と安居酒屋のギャップに困惑し、目を白黒させている。


「それじゃあ乾杯といきましょー」

「歓迎される側のひとが音頭取るってのも、珍しいですね」


 誰よりも早くキンキンに冷えたビールのジョッキを掲げて声を上げた葵に、奈津美は可笑しそうに笑うばかりであった。


「せやけど蔵橋さん、一体何があったんですか。そんな急にお洒落し始めて……」


 ひと息ついたところで、源蔵は改めて訊いた。

 すると葵は、よくぞ訊いてくれたとばかりに、その美貌をニヤニヤと嬉しそうな笑みに歪めた。


「えっとですね、私これ、別にお洒落してるつもりは無いんですよ」


 予想外のひと言が飛び出してきた。源蔵と奈津美は意味が分からず、ただ顔を見合わせるのみ。

 すると葵はトートバッグから一冊の文庫本を取り出した。現在愛読中のライトノベルで、現代もののラブコメ作品だった。


「ほら、見て下さい、この準ヒロインの子」


 表紙を繰った後の登場人物紹介のページ、その一角を葵は何故か自慢げに指差した。

 そこに、今の葵とそっくりなスタイルのクールビューティーが居た。つまり葵はお洒落している訳ではなく、日常の中で出来る普段着コーデでのコスプレを楽しんでいる、ということらしい。


「このカナコちゃんが、私の推しなんですよ」

「あぁ成程……せやけど、思い切ったことしましたねぇ」


 源蔵は心の底から感心した。

 今目の前に居るのはコスプレの結果として誕生した超絶セクシー美女なのだが、その発端は矢張りオタク魂だった。そういう意味では葵は以前から全く変わっていないし、ブレてもいない。

 ところが葵は、どういう訳か苦笑を滲ませながら小さくかぶりを振った。


「何いってるんですか……私にこの勇気を下さったのは、櫛原さんなんですよ?」

「え、僕がですか? そらまた一体、どういう経緯で……」


 葵がいわんとしている意味が、よく分からない。源蔵はジョッキを呷りながら、頭の中に幾つもの疑問符を浮かべていた。

 この時、葵は何故か神妙な面持ちで居住まいを正し、源蔵の強面を真正面からじぃっと見つめてきた。


「櫛原さんが、会社でも平気な顔してラノベを読んでた時、私、思ったんです。あ、そうだ、自分の『好き』を追い求めるのに、他人の目なんか気にする必要無いんだって」


 葵曰く、その源蔵の姿に自分の背中が押された、ということらしい。

 それ以来彼女は、自身の『好き』を追い求め、表現することに何の躊躇いも感じなくなったのだという。

 その集大成が、この日の超絶セクシー美女という訳だろう。


「でも……そんなに綺麗で素敵な美人さんになったんだから、カレシさんとかもすぐに、出来そうじゃないですか?」


 ここで奈津美が、幾分気圧された様子で問いかけた。

 すると葵は、変にニヒルな笑みを浮かべて小さく肩を竦めた。


「私の好きなひとは二次元の中にしか居ませんから……」

「その格好でいわれても、全然説得力無いですよ」


 思わず突っ込んでしまった源蔵。これ程の美人が、現実のオトコに興味が無いなどと放言しても、一体誰が信じるだろうか。

 どう見ても、オトコ漁りが大好きそうな美女スタイルである。


「今日だって声かけてきたひとは、みぃんな陽キャかオレ様かパリピっぽいひとばっかりでした。私の理想は一途に相手を想ってくれる、根暗で陰キャなモブ男子です」

「……蔵橋さん、それ普通にラノベの主人公にありがちな設定やないですか」


 源蔵は苦笑を禁じ得ない。

 これ程のグラマラスな美人に変貌を遂げても、その脳内はラノベ大好きなオタク女子のままだというのが、嬉しくもあり、残念でもあった。

 オタクに優しいギャル、というよりも、オタクがそのままギャルになったというべきか。


「はぁ~……そうなんですね……凄いです……」


 奈津美は奈津美で、何か思うところがあるのだろうか。彼女はしきりに、オタク道を追求した結果としての超絶セクシー美女誕生に、心から納得した様子を見せると同時に、羨望の眼差しを送っている。


(もしかしたら折山さんも、蔵橋さんのオタク精神から何か学べることがあるんかも知れへんな)


 余りに奥手で、余りに引っ込み思案な奈津美。

 そんな彼女の考え方に、葵の前向きなオタク魂が良い影響を与えることが出来るかも知れない。

 これはこれで、ひとつの可能性といって良いだろう。

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