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121.ブサメン、劇的ビフォーアフターに驚く

 源蔵と奈津美のチームにもうひとり、専任の評価担当者が新たに就くこととなった。

 この評価担当者は本社に勤務していたが、この度自ら希望して、DS横浜サテライトに異動してくることになったらしい。


「櫛原さんも御存知の方なんですか?」


 始業直後、朝のミーティングを終えてから奈津美が問いかけてきた。

 源蔵は、評価担当者としてはそこそこの社歴があるから信頼出来ると太鼓判を押した。


「蔵橋葵さんという方で、短大卒の五年目の方です」


 しかし源蔵は、ラノベを愛する同好の士である事実は伏せておいた。他の面々が居る前で余計な情報を与えてしまうのは、葵に対して失礼だろう。

 源蔵は自身がオタクであることを公表しているが、彼女の趣味を何の断りも無く勝手にいいふらすのは、大人としてのマナーに反する。


「まぁちょっと背の高い方なんで、来られたらすぐ分かると思いますよ」


 などと話していると、フロアの一角が妙にざわつき始めた。

 男性社員からは嬉々としたどよめきが、そして女性社員からはどこか羨望の色を含んだ憧れに近しい声が、そこかしこで湧き起こっている。

 一体何事かと小首を捻っていた源蔵だが、そのざわついた空気が次第に近づいてきた。

 そうして源蔵と奈津美が揃ってその方角に首を巡らせると、ひとりの美女が背筋をピンと伸ばして近づいてくるのが見えた。

 身長は175cm前後はあり、女性としては相当に背が高い。

 レッドブラウンのウェーブロングレイヤーにピンクブラウンのメッシュを利かせた鮮やかな髪を揺らしつつ、更にははち切れんばかりの豊満で柔らかな胸を揺らして歩くその姿は、一流のモデルを思わせた。

 オフショルダーのニットに七分丈のパンツルック姿だが、然程に肌の露出面積が多い訳でもないのに、彼女の匂い立つ様な色気は男性社員らの目を釘付けにしている。

 そして何より目がゆくのは、その顔立ちの美しさであろう。シルバーフレームのお洒落な眼鏡が、その美貌に知的な雰囲気を与えている。

 ところがその美女の姿に、源蔵は妙な既視感を覚えた。


(はて……どこで会うたかな)


 そんなことを考えていると、件の美女は源蔵の席の前にまでやってきて、そこで漸く足を止めた。


「御無沙汰してます、櫛原さん」


 その女性はにっこりと極上の笑みを浮かべながら小さく頭を下げてきた。

 周囲からは再び小さなどよめきが立ち、そして源蔵との関係性を訝しむ声がそこかしこで囁かれている。


「え……もしかして、蔵橋さん?」

「はい、蔵橋です」


 源蔵は危うく、椅子から滑り落ちそうになった。

 地味で野暮ったい、見た目そのまんまのオタク女性はそこには居なかった。

 まるでファッション雑誌から飛び出してきた様な抜群のプロポーションを惜しげもなく披露している高身長の美女。

 それがまさか、あの葵だとは俄かには信じられなかった。

 が、彼女が首から下げている社員証の写真は確かに、源蔵がよく知る地味な黒髪の女性だった。

 それによくよく相手の目鼻立ちを見れば、彼女が間違い無く葵であることが理解出来る。

 一体何があったのか――思わずそんな疑問を抱いてしまう程に、今の葵は劇的な変化を遂げていた。


「いやぁ~、驚きました……変われば変わるもんですねぇ」

「んふふふふふふ……でしょ? でしょ? 私、色々頑張ったんですよぉ」


 笑い方は相変わらずオタク女そのままだったが、その華やかな美貌はもうあの時までの葵ではなかった。


「それに、随分と明るくなって、自信も付いてきたみたいですね」

「そぉなんですよぉ。こう、何ていうか、見た目が変わると性格も変わるもんですねぇ」


 どや顔で巨乳を揺らしながら胸を反らす葵。

 こんなにも見目麗しいセクシー美女へと変貌を遂げたのだから、きっと多くの男共が黙っていないだろう。


「あ、あの……えっと……この方が、その、新しくチームに加わって下さる、蔵橋さんでしょうか?」

「おっとっと、こらぁ失礼しました。御紹介しますね。こちらが先程お話した、蔵橋葵さんです」


 源蔵が立ち上がってふたりを引き合わせている間も、フロア内のあちこちからは、注目の視線が飛んできている。

 それ程までに葵の美貌と抜群のスタイルは、多くの若手社員らにとっては刺激的だったらしい。


「んはぁ……やっぱり櫛原さんとお話すると落ち着きますねぇ……私より背が高いし、ラノベの話題も気兼ねなく振ることが出来るし……」


 こういうところは相変わらず、以前のままの葵だった。

 この超絶セクシー美女がラノベ大好きオタク娘だというそのギャップが、きっと周囲の若手男性社員らの興味を惹き、彼らをときめかせているのだろう。


「ところで櫛原さん、お腹の方はもう大丈夫なんですか?」


 いいながら葵は前かがみの姿勢となって、源蔵の左脇腹辺りをまじまじと眺め始めた。もうほとんど、その形の良い鼻梁が源蔵のワイシャツに触れそうかという辺りにまで迫っている。

 以前からそうだったが、葵はオタク仲間同士では少々距離感のおかしいところがあった。

 当然ながら、こんなセクシー美女が異性の同僚の脇腹に顔をくっつけようとしている場面は余程に刺激的だったらしく、近くに居る若手男性社員らからは羨望と嫉妬の視線が容赦無く飛んできた。


「いやいや蔵橋さん、近い近い」


 源蔵が慌てて上体を仰け反らせると、葵は然程悪びれた様子も無く、


「あははは~……御免なさ~い」


 などと、大して反省もしていない様子で誤魔化し笑いを浮かべながら頭を掻いている。


(なぁんかこれ……またひと悶着あるんとちゃうやろな)


 三十路のお局様たる奈津美が女子人気の高い翔太と距離を詰め始めているだけでも何かと話題を提供していることに加えて、超絶セクシー美女でオタク娘でもある葵の登場。そんなふたりの女性が、源蔵と同じチームを組むとなれば、色々と外野が騒がしくなるのは目に見えていた。

 ここDS横浜サテライトは確かに、激戦区である。

 が、源蔵周辺に限っていえば、意味の異なる激しい戦いが繰り広げられる様な気がしてならなかった。


(これは早いとこ、防衛線引いといた方がエエな)


 源蔵は右隣の席が葵のデスクだと案内しながら、変な方向で腹を括らざるを得なかった。

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