12.バレてしまった高スペック
白富士インテリジェンス株式会社では、部署ごとにレクリエーション支援金が払い出されている。
源蔵が所属する総合開発部も例外ではなく、年に二回程、部課員総出でのバーベキューやパーティーなどが開催されている。
そして若干の暑さを感じさせる陽射しの強い或る土曜日、総合開発部は企画課、営業課、第一及び第二のシステム課の所属員を対象としたバーベキュー大会を実施した。
本来なら源蔵は欠席する腹積もりだったが、操が土日限定のランチは任せて貰って大丈夫だと笑顔を見せ、冴愛もいつも以上に頑張るから心置きなく行って来いと腕まくりして、源蔵の背中を押してくれた。
(まぁ、そこまでいうてくれるんなら……)
多少申し訳無いとは思いつつ、源蔵はふたりの好意に甘えて会社の行事に顔を出すことにした。
とはいえ、矢張りここでも職業病を発揮してしまった源蔵。彼は食べるよりも、食材を焼く方にどうしても意識が向いてしまった。
他の課員らはビールや好きなドリンク片手に、源蔵が焼き上げる美味そうな肉や野菜などを、好みのタイミングで皿に乗せて去ってゆく。
源蔵も時折つまみ食いして腹の足しにしながら、ひたすら焼くことに専念していた。
そうやってひたすら調理に徹していると、美智瑠が幾らか頬を赤く染めて機嫌良さそうに歩を寄せてきた。どうやら少し酔っているらしい。
「楠灘さん、もうそろそろ、イイんじゃないですかぁ? ちょっと働き過ぎですよぉ?」
「いやー、土日に料理してないってのが、どうにも調子が狂ってしまって」
なので今日も、食うより焼いている方が気が楽だ、と自嘲気味に笑った源蔵。
「じゃあアタシもお手伝いしますから、少しはゆっくりして下さいよ」
「いやいや、流石に酔うてるひとに全部は任せられませんて。何ぼ何でも、危な過ぎます」
トングを手に取る美智瑠に苦笑を返しながら、源蔵は全く手を休めることなく食材を焼き続けた。
すると今度は當間課長が近づいてきて、ずっと焼き作業に携わっている源蔵に呆れた顔を向けてきた。
「何だ楠灘君……まだ焼き担当続けてたのか。まるで君ひとりが働いてばっかりで、これじゃあレクリエーションになってないじゃないか」
ひとりの課員にだけ仕事をさせるのはコンプライアンス上、大いに問題があるなどといい出した當間課長は、それまでほとんど飲み食いするばかりで何の仕事もしていない他の課員を呼びつけた。
「君達も少しは楠灘君を手伝いなさい。いつまで彼ひとりに、おんぶに抱っこのつもりで居るんだ?」
流石に當間課長の言葉となると課員らも逆らえないらしく、彼らは御免ごめんと謝りながら焼き担当を替わってくれた。
源蔵は少し申し訳無い気分でトングを彼らに譲りつつ、自身はノンアルコールビールを手に取って日陰へと足を運んだ。
「あれぇ? 楠灘さん飲まないんですか?」
「僕は運転要員なんで、今日はやめときます」
ベンチに座って軽く喉を潤しつつ、源蔵は美智瑠に笑顔を返した。
と、そこへ早菜と晶も近づいてきた。ふたりは、焼き立ての肉や野菜を山盛りにした皿を携えている
「楠灘さん、お疲れ様でーす。さぁ食べましょ食べましょ」
早菜が差し出す皿と箸を受け取った源蔵。その盛りつけ方に、ふと視線が行った。
「これ、うちで出してるプレート意識してます?」
「あ、分かりました? 楠灘さんから見たら全然でしょうけど、本日のバーベキューセットでございまーす」
幾分酔っているのか、早菜がテンション高めでけらけら笑った。
その傍らで晶が、妙に周囲を警戒する様な視線を左右に走らせている。一体何事かと源蔵が訊くと、
「他の女子を牽制してるんです」
などと意味不明なことをいい出した。
そしてそんな晶に符合するかの如く、美智瑠が源蔵の左横に腰を据え、早菜は早菜でアウトドアチェアを手近に引き寄せて源蔵のほぼ正面に陣取った。
晶は、源蔵の右隣。これで左右と正面を顔見知りの女性社員三人で占めた格好だった。
「……何か、エラい圧を感じるんですが」
「あー、楠灘さんは全然気にしないで良いですよ。ほらほら、どんどん食べましょ」
美智瑠が箸先に摘まんだ肉を源蔵の口元へと運ぶ。流石に源蔵は居心地の悪さを感じたが、無下に拒絶するのも悪いので、一応ひと口は美智瑠の接待を受けることにした。
「けど何でまた、こないなこと……」
「楠灘さん、最近会社でもマッチングアプリ弄ってるでしょ。皆、その話題で持ち切りですよ」
晶がこれまたおかしな話を持ち出してきた。それとこの変な防衛線に何の関係があるのだろうか。
源蔵が尚も不思議そうな面持ちで周囲を固める三人に視線を流すと、美智瑠は幾分驚いた様子でその美貌を間近に寄せてきた。
「あれ、ホントに御存知ないんですか? 今、社内の一部の女子は楠灘さんが本格的にカノジョ探し始めたって噂で結構ザワついてるんですよ?」
美智瑠の説明を受けても、矢張りよく分からない。自分がマッチングアプリを使っているからといって、どうして女性社員らが気にする必要があるのか。
「実は結構、楠灘さん人気なんですよ? それ、御存知無かったです?」
「いや、全然……っていうか、それ何の冗談ですか?」
晶の説明を受けても、源蔵は全く実感が湧かなかった。実際これまでも、ここに居る三人以外から声をかけられたことなど、ほとんど皆無に等しいのだが。
「やっぱり、リロードのオーナーってことが段々知られる様になってきて、セレブな凄腕料理人で、しかも会社の仕事もエース級だってところが、ジワってるんだと思いますよ?」
早菜の言葉で、何となく理解出来た。
要は女性からのモーションを何から何まで疑わず、素直に受け入れろ、ということをいいたいのだろうか。
「楠灘さんが高スペックだってこと、もうバレちゃってますからね」
「えー……そんなこと、急にいわれましてもねぇ」
源蔵は本気で困ってしまった。
今まで、不細工であることだけが理由で散々、女性から侮蔑の目で見られてきた。それがここへきて、いきなり正反対の反応である。
どこまで信じて良いのか、正直よく分からない。
「でもねー……今まで何の接点も無かった赤の他人が、いきなり楠灘さんにちょっかい出すのも、あたし達としちゃあ面白くないって訳で。だからこうして牽制しまくってるんです」
あっけらかんと笑う晶。
逆に源蔵は、気味が悪かった。
普通の男ならモテ期到来かと喜ぶところなのだろうが、今までの女性からの扱いが扱いだっただけに、俄かには信じられなかった。
(変なことにならんかったらエエけど……)
自分はただの禿げブサメン、しかも漫画やアニメ、ラノベなどを愛するオタクでもある。
そんな奴の為に、社内の女性らが競うなんてあり得ない話だ。
(あかん……やっぱマッチングアプリで、趣味合いそうなひとを探す方が気ぃ楽や……)
源蔵の危機感を知ってか知らずか、美智瑠、早菜、晶の三人は尚もにこにこと源蔵の為に甲斐甲斐しく色々やってくれていた。