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115.ブサメン、反撃の狼煙を上げる

 その夜、源蔵は自室でPCのモニター画面をじぃっと睨みつけていた。

 そこには舘林欧州輸入に関する情報が、所狭しと踊り狂っている。のみならず、亜梨愛率いるコニーポートとの取引履歴もずらりと並んでいた。


(舘林さん……折角、お嬢様とお似合いかなって思うとったのに……)


 源蔵は大きな溜息を漏らした。結局、麗羅はまたもや表情を曇らせることになるのかと思うと、もうそれだけで残念な気分だった。

 と、その時、当の麗羅から源蔵のスマートフォンに着信が入った。

 一体何事だろうと小首を傾げつつ応答に出た源蔵。

 すると通話回線の向こう側で、麗羅が困り切った様子で溜息を漏らしているのが分かった。


「どうかされたんですか?」

「うん、実はね……」


 曰く、つい先程晴樹から連絡があって、明日の夜、ディナーはどうかと誘われたらしい。

 麗羅自身の本音からいえば出来れば行きたくないらしいのだが、ラヴィアンローズの代表者としては舘林欧州輸入の国内仕入れ担当部長を無下に扱う訳にもいかない。

 そこで折衷案として、彼女は源蔵に同席を求めようと考えついた様だ。

 これに対し、源蔵は否定の言葉を返した。


「いや、そらぁ信義に反するでしょう。お誘いを受けたのは飽くまでもお嬢様おひとりだけですから」

「うん……それはそうなんだけど……」


 麗羅の気持ちも、分からないでもない。相手はかつて、彼女を裏切った元婚約者だ。ふたりきりで顔を合わせるなど以ての外だろう。

 しかし継承権レースを勝ち抜く為には、今ここで晴樹と距離を取る訳にもいかない。そのことが頭では理解出来ている為、麗羅としても悩ましいところなのだろう。

 とはいえ、こればかりは源蔵としても助けてやることは出来ない。

 麗羅自身が己で切り開いてゆくしかないのだ。

 源蔵が、今回だけは我慢するしかないと諭すと、意外にも彼女はすんなり引き下がった。


「うん、分かった……ホントはイヤだけど、何とか頑張ってみる……」

「どうかお気を確かに……あ、ところでお嬢様、前に僕がお願いしてたアプリは、もうインストールして頂けましたか?」


 ここで源蔵は、より重要なことだとして話題を変えた。

 麗羅は、使用許諾などに全て合意の上で、源蔵が要望したアプリを自身のスマートフォンに導入済みだと答えた。


(そらぁ助かる……ここ最近はお嬢様も、僕のいうことよぅ聞いてくれるから、ホンマ有り難いわ)


 源蔵は内心でほっとひと息つく気分だった。

 ラヴィアンローズIT技術補佐就任直後は色々と懸念されるばかりでほとんど信用らしい信用も得ていなかったが、今は源蔵の言葉を全面的に受け入れる様になってくれている。

 つまりそれだけ、源蔵のこれまでの頑張りや実績が彼女に評価されたともいえるのだろうが、源蔵自身は麗羅の心の広さ、彼女のひととしての器だと信じて疑わなかった。


「お話聞いてくれて、ありがとね……じゃあ、また明日」

「はい、おやすみなさい」


 そこで通話が途切れ、源蔵は再び、舘林欧州輸入の各種データに意識を向け直した。


◆ ◇ ◆


 ところがその一週間後、思わぬ形で事態が動いた。

 麗羅に、インサイダー取引の疑惑が向けられたのである。

 都小路邸内での定例業績報告会の場で、麗羅が舘林欧州輸入の株を大量に売却し、通常では考えられない利益を上げたとして吊るし上げられたのだ。

 麗羅は身に覚えはないと反論したが、すかさず食いついてきたのが亜梨愛だった。


「えー? だって麗羅、先週晴樹とふたりっきりで会ってたじゃん。株価が上がり始めたの、その次の日からだよ?」


 これは、事実だった。

 業績報告会に同席している源蔵も、その場で麗羅と晴樹のディナーデートの日程と舘林欧州輸入の株価変動履歴を照らし合わせ、亜梨愛の言葉に嘘はないことを確認した。


「いいがかりはやめて! わたし、あの席で株価に関係しそうな情報なんて、何も聞いてないわ!」

「そりゃあ、口では何とでもいえるわよねぇ」


 亜梨愛の勝ち誇った笑み。その傍らでは清彦と雅恵夫妻が、満足げに頷いている。

 その一方で時房翁は苦り切った表情で、顎髭をしつこいぐらいに撫で廻していた。


「麗羅……事実が分かるまでは、ラヴィアンローズでの活動を控えなさい」

「そんな……御爺様……!」


 麗羅はその美貌を今にも泣き出しそうな形に歪めていたが、源蔵としてはこれもやむなしと納得せざるを得ない。寧ろ、この程度の措置で済んだと喜ぶべきだろう。


(それに、お嬢様の背中を何やかんやいうて押したのは僕やしな……ここはきっちり責任取らんと)


 この時、源蔵はちらりと亜梨愛の小悪魔的な笑みに視線を流した。


(もうちょっと早めに、お灸を据えとくべきやったな)


 今回、後手に回ったのは己の怠慢の結果だと、自らを戒めた源蔵。

 しかし、起きてしまったものは仕方が無い。

 源蔵はすっかり憔悴し切った様子の麗羅と別れて、その場で自室へと引き上げた。トップである麗羅にインサイダー取引の疑惑がかけられた以上、ラヴィアンローズも通常業務には戻れない。

 であれば、今の源蔵は無役の食客だ。外面上は、自室に引き籠るしかないだろう。

 だが、この状況は源蔵にとっては好都合だ。


(僕はあくまでも無能なIT技術補佐……それは亜梨愛お嬢様も信じ切ってはる。そこを最大限、利用させて貰おかな)


 源蔵の頭の中には既に、逆転の絵図が描かれている。

 そうして自室に引き返した源蔵はまず、亜梨愛のSNSチャット履歴にアクセスした。

 そこで漸く、確信を得た。


「で、どうだったの?」


 このチャットライン上で亜梨愛は、相手に問いかける。


「大丈夫。しっかり痕跡は残した。これで誰も疑わない」


 自慢げに答えているのは、晴樹だった。

 これは、麗羅と晴樹がディナーデートをしたその日の夜に交わされたチャットの一部だった。


(つまり舘林さんは最初から、亜梨愛お嬢様と組んでたって訳やね)


 そして、そのインサイダー疑惑を麗羅に向けさせる為に、ディナーの約束を取り付けた。実際にその場でどんな会話が交わされたのかは、余人に知られることはないだろうと踏んで。


(せやけど、甘かったな)


 源蔵は自身のスマートフォンを取り出した。

 そこには、麗羅のスマートフォンにインストールさせたものと同じアプリが起動している。


(僕の正体を知らんかったんが、亜梨愛お嬢様と舘林さんにとっては最大の不幸やったなぁ)


 今頃は亜梨愛も晴樹も、麗羅を陥れることに成功したと祝杯をあげているのだろう。

 だが、それもそう長くは続かない。

 源蔵は僅かに口元を緩めながら、反撃へと着手した。

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