114.ブサメン、その目利き
源蔵の目から見れば麗羅と晴樹は理想のカップルなのだが、どうにも当人同士には変な温度差がある。
晴樹がすぐにでも麗羅にプロポーズしそうない勢いであるのに対し、麗羅は傍目から分かる程によそよそしく振る舞い、なるべく晴樹から距離を取ろうとしている様にも見えた。
(まぁ流石に、昨日の今日やから、そらしゃあないか……)
一方的に婚約破棄を突きつけてきたかつての恋人――その経緯を考えれば、麗羅の態度に棘を感じるのも無理からぬ話であろうか。
それでも晴樹は、麗羅を落とす自信に満ち溢れている様に見える。つまり、恋人だった頃の麗羅はそれ程までに晴樹にぞっこんだったのだろう。
「ところで舘林さん、本日こちらにお越しになられたのは、麗羅お嬢様との復縁だけが目的ではないとお察ししておりますが」
「あぁ、そうだった……流石、仕事が出来るひとは違うな」
源蔵に指摘されて、晴樹は苦笑を浮かべながら頭を掻いた。
その傍らで麗羅が、
「わたしは絶対、復縁なんか……」
などと不満げにぶつぶつと呟いている。
が、源蔵がいう様に、この場はプライベートな話ではなく、飽くまでもビジネスで進めるべきだということを彼女も分かっているのだろう、それ以上は下手に抗議する様子も見せずに、黙って俯いていた。
「改めまして、舘林欧州輸送株式会社の国内仕入れ担当として参りました舘林春樹です」
いいながら晴樹は名刺を差し出してきた。
それまでのぞんざいな態度も改め、ひとりの企業人、ビジネスマンとしての丁寧な応対に切り替わっているのは流石だろう。
源蔵も、麗羅に作って貰っていたラヴィアンローズIT技術補佐兼データ分析主任の肩書が入った名刺を返した。
そうしてふたりが名刺交換を終えたところで源蔵、麗羅、晴樹の三人は応接ソファーに腰を下ろしたが、いつの間にか麗羅が源蔵の傍らに移動してきていたのには、若干の驚きを禁じ得なかった。
その麗羅は随分と警戒の表情を浮かべており、何故か源蔵の傍らから離れようとしない。
(よっぽど、失恋の痛手が堪えてはんのやろなぁ)
そんなことを考えながら、源蔵は晴樹が応接テーブル上に広げる欧州輸入雑貨の品目一覧にざっと目を通してゆく。
実は源蔵、データサイエンティストのスキルを活用し、幾つかの新しい取引先の発掘を他のスタッフらと進めていたのだが、そのうちのひとつが晴樹の居る舘林欧州輸入だった。
そこに国内仕入れ担当部長として帰国していた晴樹が在籍していたのは単なる偶然が、或いは必然か。
いずれにしろ、目の前に居るこのイケメンは源蔵にとっては今のところ、敵ではない。麗羅の胸中は相当に複雑であろうが、兎に角この場は我慢して貰うしかないだろう。
「失礼ですが、コニーポートともお取引を?」
源蔵はずばりと訊いた。
コニーポートとは、亜梨愛が代表を務める輸入雑貨業者である。つまり、都小路家の継承権争いに於けるラヴィアンローズのライバル会社だ。
この源蔵からの問いかけに、晴樹は一瞬だけ微妙な色を浮かべてから素直に頷き返してきた。
「はい、コニーポートさんとは去年からお取引させて頂いております」
つまり現在、晴樹はふたりの元カノと仕事上で接することになる訳だ。これはこれで、或る種の修羅場の様な気がしないでもないが、源蔵にとっては完全に他人事だった。
そこまで気を遣ってやる必要性は欠片にも無いだろう。
しかし、晴樹が差し出してきた品目一覧の内容は決して悪くはない。麗羅は当分、晴樹を相手に廻しての冷静な判断は出来ないかも知れないが、源蔵ならば可能だ。
後はデータサイエンティストとして叩き出した分析結果とすり合わせて、どの様に対応してゆくかを考えれば良いだろう。
「失礼ですが櫛原さんは、輸入雑貨に関する知見がおありで?」
「いえ、僕は専門家ではありませんから、各品目の良し悪しは分かっておりません。せやけど、数字から見えてくるものは全て把握しとります」
売れ筋に関連するあらゆる数値――購買客層の地理上分布や年齢層、品目毎の傾向、好まれるデザイン、時期による変化、流行りの移り変わりから予測される次のトレンドなど、源蔵はあらゆる方面での分析を既に終えていた。
それ故、今回晴樹が持ってきた品目の中から、どれが次の有力商品になり得るのかをものの数分で見抜いていたのである。
「僕にはお客様の心理は読めませんが、数字は嘘をつきませんからね」
「成程……コニーポートの担当者とは見ているところが全く違いますね」
この時、晴樹は感心した様子で穏やかに笑っていたが、しかしその目には挑戦的な感情が浮かんでいた。どういう訳か彼は、源蔵をライバル視している様にも思えた。
(いやいや……何をそないに警戒する必要があんのよ)
内心で呆れつつ、しかし源蔵は表向きは穏やかな紳士で押し通した。
「検討結果につきましては、改めてご回答差し上げます。一両日中にはご連絡出来るかと存じます」
「ありがとうございます。良い御返事をお待ちしております」
ここでビジネス上の会話は終わった。
源蔵は傍らでほっとした表情を浮かべている麗羅を尻目に、お昼ご飯は如何ですかと晴樹に問いかけた。
「僕が作った料理で良ければ、どうぞ召し上がっていって下さい」
「おや……櫛原さんは厨房も担当してるんだ?」
晴樹は目に見えて驚いている様子だったが、それ以上に驚いているのが麗羅だった。彼女は漸くこの緊張した空気から解放されると踏んでいたのだろう。
「ちょっと櫛原さん……晴樹とランチまで御一緒するの?」
「まぁエエやないですか。折角これから先も良いお取引をさせて貰えるかも知れんので、昼飯ぐらい一緒にさせて貰ても宜しいでしょう」
そんな訳で源蔵は、晴樹をラヴィアンローズ関係者専用食堂へと案内した。
そうして小一時間後――晴樹は、源蔵が振る舞った料理の数々に目を丸くしていた。
「いや、マジで美味い……これ全部、櫛原さんが……?」
「はい。僕の手料理です」
この時、どういう訳か晴樹の面には妙な敗北感の如き色が漂っていた。
逆に麗羅は、先程までの緊張した面持ちから一転してドヤ顔的な笑みを浮かべ、しかも何故か、勝ち誇っていた。