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111.ブサメン、お誘いを受ける

 このままでは麗羅のペースに呑み込まれてしまう。

 何とかしてこの場を脱出する方法をあれこれ考えていた源蔵だったが、不意に尻ポケットの辺りから聞き慣れた着信音が漏れ聞こえてきた。


「おっと……お嬢様、少し失礼致します」


 源蔵はこれ幸いとばかりにスマートフォンを取り出して応答に出た。

 この時、麗羅は柔らかな唇を僅かに尖らせて、じぃっと源蔵の強面を見つめながら待っている。

 一方、源蔵のもとにかかってきた電話の主は或る意味、彼にとっての救世主だった。相手はラヴィアンローズの事務担当だったのだが、どうやら源蔵が頼んでいたデータの取りまとめが終わったということらしい。


「お嬢様、申し訳ありません。少し急ぎの仕事が出来ましたんで、今日のところは失礼します」


 いいながら源蔵は立ち上がった。

 急ぎの仕事、というのは嘘である。別段、然程の緊急性は無いのだが、麗羅の部屋を辞するには丁度良い口実だった。


「え、そうなの……じゃ、仕方ないわね……」


 その美貌に酷く落胆した色を滲ませながら、麗羅は小さく頷き返してきた。


(危ない危ない……あのまんまの流れやったら、何訊かれたか分かったもんやあらへん)


 内心で冷や汗を流しながら、源蔵はそそくさと麗羅の個室を飛び出した。

 それにしても、何故麗羅は源蔵にカノジョの有無など尋ねてきたのだろうか。もしかすると、良いひとを紹介するから都小路家に留まって欲しいとでも切り出す算段だったのだろうか。


(んなことしたら、相手の女性が可哀想でしょうに……)


 自分なんかと付き合うことになる女性が、不憫に思えてならない。こんな禿げのブサメン相手に、誰が恋心など抱くであろう。

 多少可能性があったかも知れなかった操は結局のところ元カレとヨリを戻し、新たな人生をスタートさせた直後にはドタキャンからのラブホテル騒ぎで美彩にも幻滅された。

 ほんの少しモテ期が訪れた様な気がしないでもなかったが、それらは全て源蔵の勘違いだった。

 矢張り、自分には女性との縁など出来やしない。改めて実感した。


(もう変に期待すんのはやめや……下手にその気になったら、後でフラれた時がしんどい)


 内心でぶつぶつとぼやきながら、源蔵は自室に引き返した。


◆ ◇ ◆


 その翌日、都小路家内で緊急の会合が開催された。

 遊玲玖の処置について、時房翁が結論を下すとの告知が邸内に流されたのである。

 源蔵は昨晩のうちに、時房翁の執事を通じて遊玲玖の暴挙に関する報告を届けていた。勿論、麗羅を救出した際の録音データも全て添えて、である。

 遊玲玖はどうやら黙秘したらしいが、源蔵が突き出した三人の暴漢連中と、そして麗羅自身による告発もあって、時房翁も受理せざるを得なかった様だ。

 そして何より、父親たる清彦が誰よりも率先して遊玲玖の今後の処置について着手していた。恐らく、清彦一家にかかる責任を少しでも軽減させる為であろう。

 遊玲玖は己の軽率な行為によって、家族からも見放される格好となった訳だ。


「当然の話だが、遊玲玖からは継承権候補者の権利を剥奪する。また今後のことも考え、遊玲玖の資金周りには常に監視の目を光らせる」


 都小路家本邸内の会議室で、時房翁が遊玲玖の処置についての結論を下した。

 麗羅の敵がひとり減ったことは幸いだが、遊玲玖が二度と麗羅に手を出すことが出来ぬ様にと策を講じてくれたのは嬉しい誤算だった。


(これで、お嬢様の心配の種がひとつ、消えたことになるなぁ)


 会議室に同席していた源蔵は、内心でほっと胸を撫で下ろした。

 そして何気なく、自身の斜め前に座っている美貌の主にそっと視線を流すと、どういう訳か麗羅も僅かに振り向いて、穏やかな笑みを返してきた。

 継承権レースで少しばかり盛り返すことが出来たという意味合いの喜色だけではなく、微妙に親愛の情が垣間見えたのは何故だろうか。

 それは兎も角、会議が終わった後になって、清彦と雅恵がふたり揃って麗羅のもとへと歩を寄せてきて、深々と頭を下げた。


「今回は本当に、申し訳無かった。遊玲玖にはきつくいい聞かせておくし、麗羅には二度と近付くなとも釘を刺しておくよ」

「ホント、御免なさいね……ちょっとお灸を据えておかなくちゃ、いけないわね」


 時房翁が居る前だからなのかも知れないが、清彦と雅恵は随分と腰が低かった。

 或いは、大財閥の当主の座を狙おうとしている者の矜持なのかも知れない。

 いずれにしても、麗羅はふたりからの謝罪を受け入れた。遊玲玖のことで余り話を拗れさせるのは拙いという判断が、彼女の中でも働いたのだろう。

 かくして遊玲玖が引き起こした問題は、一応の決着を見せた。

 後は再び、各自が継承権レースに全力を注いで戦いを勝ち抜くのみである。

 ところが――。


「櫛原君……少し、時間を貰えるかな」


 会議室を出ようとしたところで、時房翁が自ら源蔵に声をかけてきた。

 これには流石に源蔵も驚きを禁じ得ない。


「あの……御爺様、わたしも……」


 麗羅が同席したい旨を口にしたが、しかし時房翁は左掌を掲げて、そっと拒絶の意を示した。

 どうやら彼は、源蔵とふたりだけで話をしたいらしい。

 しかし、一介のIT技術補佐に過ぎない小物を捕まえて、大財閥の当主が何を話すというのだろう。

 源蔵は内心でしきりに首を捻りながら、時房翁に案内されて彼の書斎へと足を運んだ。


「さて……楠灘源蔵君、で良かったかな?」


 勧められるままに応接用のソファーに腰を下ろしたところで、いきなりとんでもないひと言が飛んできた。

 源蔵は、全身が緊張に凝り固まった。

 何故、時房翁が死んだことになっている筈の自分の本名を知っているのか。

 源蔵は愕然とした表情のまま、にこにこと朗らかな笑みを浮かべている大財閥の当主の顔を凝視した。


「いや、驚かせて済まない。わしにも色々、情報網というのがあってだね……それから、安心しなさい。このことは誰にも喋るつもりは無いよ。ただ、君にひとつ、提案したいことがあってね」


 時房翁は一瞬にして感情を消し、神妙な面持ちで源蔵の強面をじっと見つめた。


「君は都小路家に入るつもりは無いかね?」


 その予想外の申し入れに、源蔵は更に目を丸くした。

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