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110.ブサメン、問い詰められる

 何ともいえぬ表情で、ふたり掛けのソファーに腰を下ろした源蔵。

 するとどういう訳か麗羅も同じソファーに歩を寄せてきて、隣にそっと腰を落ち着けてきた。

 今にも密着しそうな勢いでその整った顔立ちを近づけてきた麗羅に対し、源蔵は幾分引き気味に屈強な上体を傾けた。


「いやちょっと……お嬢様、流石にこれは拙いですよ」


 つい先程、彼女は遊玲玖の手によって貞操を奪われそうになっていた。男に対して、恐怖感や嫌悪感を抱いていてもおかしくないだろう。

 にも関わらず、麗羅は微笑を浮かべて源蔵に迫って来る。一体、どういう心境なのだろうか。


「櫛原さん……さっきは本当に、ありがとう……わたし、凄く、嬉しかった」


 麗羅はしかし、源蔵の台詞など完全に聞き流しているかの様子で、尚も体を寄せてくる。

 ここで下手に拒絶する様な態度を取れば失礼に当たるから源蔵は極力我慢したが、それもいつまで持つか分かったものではない。

 と、そこへドアがノックされた。

 続いて是枝執事がお茶菓子を乗せたトレイを抱えて入室してくる。

 この時麗羅は、はっとした表情で慌てて立ち上がり、斜め向かいのひとり用ソファーに移動した。

 是枝執事は何食わぬ顔でふたりの前にティーカップとお茶請けの菓子を並べてゆくが、その際に一瞬だけ、彼は源蔵に意味深な笑みを投げかけてきた。


(何やの、このひとら……)


 居たたまれない気分に陥ってきた源蔵。麗羅からの感謝の言葉を聞くだけ聞いたら、さっさとこの部屋を辞去してしまった方が良いかも知れない。

 やがて、是枝執事は何事も無かったかの様に麗羅の個室を出て行った。


「あ、えっと、ごめんなさい……わたしったら、ちょっとせっかち過ぎたかな」


 麗羅ははにかんだ笑みを浮かべながら、ティーカップを手に取った。

 源蔵もこの微妙な空気感を誤魔化すべく、大きな手で同じ様にティーカップを掴み取る。


(せっかちって、どういうことよ……)


 麗羅がいわんとしていることが、ますます分からない。

 正直なところをいえば、早く本題を切り出して欲しかったのだが、源蔵の方から催促するのは何となく憚られる様な気がして、黙りこくってしまった。


「櫛原さん、実はね……さっき是枝さんから聞いたんだけど」


 ここで麗羅が、話題を変えてきた。


「その……あなた、データサイエンティストっていう資格を持ってるんですって?」


 源蔵はほとんど瞬間的に、渋い表情を浮かべてしまった。

 いずれバレるだろうとは思っていたが、少しタイミングが悪い様な気がしてならなかった。


「えぇ、まぁ、そうですね」

「でもって、そのスキルでラヴィアンローズの立て直しに、ひと役買ってくれたって、是枝さん凄く絶賛してたわよ……もぅ、どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」


 麗羅は嬉しそうな、その一方で少し悔しそうな、複雑な感情の籠もった笑みを浮かべている。

 源蔵としては、麗羅が継承権争いに勝利した頃にバラせば良いと思っていただけに、この場で詰問されるのは少し想定外だった。

 だが、知られてしまった以上は黙っていても仕方が無い。

 源蔵は正直に、自身が考えていたプランを明かすことにした。


「敵を欺くにはまず味方から、といいますんで」

「……どういうこと?」


 不思議そうな面持ちで、両瞼を何度も瞬かせる麗羅。

 源蔵は剃り上げた頭をぺたぺたと叩きながら、清彦一家を騙し通す為の策だったことを告げた。

 過去のIT技術補佐と同様のスキルレベルしかないことを装い、彼らを欺いてラヴィアンローズを業績トップへと押し上げる。

 その為には、普段から清彦一家と顔を合わせることが多い麗羅には極力何も知らせない方が良いというのが源蔵の判断だった。

 下手に知っていればボロが出てしまうかも知れないが、そもそも最初から何も知らなければ、迂闊なことを口走ることも無い。

 源蔵のその説明に、麗羅は気分を害した風もなく、ただ感心して成程と何度も頷き返していた。

 そして同時に彼女は、幾分心配げな色をその美貌に浮かべる様にもなっていた。


「でもそれって、もし何かあったら、責任は全部櫛原さんが背負うってことでしょ? それは、幾ら何でもあんまりだと思う……」

「いやいや、僕みたいな下っ端やからエエんですよ。下手に立場のあるひとに責任がかかってしもたら、そっちの方がダメージがデカいです」


 源蔵の言葉に一応納得した様子の麗羅ではあったが、それでも矢張り、彼女の心配そうな色は中々消えようとはしなかった。


「まぁ、もし何ぞあっても僕は自分とこの会社に戻ったらエエだけですし」

「……そんなに、会社に帰りたいんだ?」


 呑気に笑う源蔵に対し、麗羅の口から思わぬ返しが飛び出してきた。

 彼女が何をいわんとしているのか、この時の源蔵にはよく分からなかった。


「いえ、別にそこまで戻りたいって訳でもないですよ。やっぱり僕はお嬢様が継承権争いに勝つところを見たいですし」

「ふぅん……でも、会社に櫛原さんを待ってるひととか、居そうだよね」


 源蔵は思わず小首を傾げた。

 どうも、話が変な方向にすり替わってきている様に思えた。


「もう、はっきり訊いちゃうね……櫛原さん、お付き合いしてるひとって居るの?」

「えぇ? 僕にですか?」


 流石に驚きが隠せなかった源蔵。何故この場で、そんな話になるのか。

 麗羅の意図が更に分からなくなってきた。


「まぁ、見ての通り、図体がデカいだけの不細工なんで、カノジョなんて居ませんけど……」

「別に見た目なんて、どうでもイイじゃない……まぁ、それは置いといて……」


 麗羅はここで、意を決した様に気合を入れた表情を見せた。


「じゃあさ、その……好きなひととかは居るの?」


 彼女は一体何を訊きたいのか――源蔵は流石に困惑してきた。


「いや……僕はそういうのは、もうエエかなって思ってるんで、極力考えない様にしてるんです」


 この時、源蔵の脳裏にはカフェ『リロード』を元気に切り盛りする操の顔が浮かんだ。

 偽装カノジョとはいえ、一時は男女の仲になりかけた操。

 だが結局は彼女も、元カレとヨリを戻した。源蔵に気が在る様な態度を見せておきながら、最終的にはイケメンの元カレへとなびいたのである。

 そんな事実がある以上、最早自分には女性との縁など絶対に作れないと源蔵は改めて悟った。

 ダイナミックソフトウェアで美彩に対して壁を作ったのも、要は自分がこれ以上傷つきたくないからだ。その予防線を張っていたに過ぎない。

 ところが麗羅は、そんな源蔵に驚きに視線を投げかけてきた。


「え? どうして? だって櫛原さん、仕事も出来るし、お料理も凄いし、喧嘩も強くて頼りになるのに」


 まるで信じられないものを見たといわんばかりの表情で、麗羅が声を裏返らせた。

 そんなにも、自分はとんでもない台詞を口走ったのだろうか。

 源蔵は少し不安になってきた。

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