11.バレてしまった恋愛偏差値ゼロ
その週の土曜日。
リロードでの土日限定ランチをあらかた作り終え、最繁時を脱したところで、源蔵はカウンター前のストゥールに腰を下ろしてスマートフォンを弄り始めた。
「楠灘さん、何されてるんですか?」
本日のオススメランチであるパスタセットを平らげ、食後のコーヒーを満喫していた早菜が、ひょいっと顔を覗かせてきた。
「え? マッチングアプリ?」
「あぁ、はい。ただこれ、登録がごっつい面倒臭いですね……」
源蔵はバンダナの上から頭を掻いた。
しかし早菜はそんなことよりも、もっと別の点で驚いている様だ。
「えー、マジですか! 楠灘さん、とうとうカノジョ作る気になったんですか!」
「うーん、まぁ、もう何回かフラれるぐらいは我慢してもエエかな、なんて思う様になりまして」
過日の美智瑠とのサシ飲み時、今ならまだまだチャンスはあるという彼女からの言葉を、どういう訳か信じてみようという気分になったのだ。
もしかすると源蔵の中には未だ、自身でも認識していなかった女性への憧れや、信用したいという思いが僅かにでも残されていたのかも知れない。
「でもさオーナー、何でマッチングアプリ? 周りに一杯、素敵なひと居るじゃん」
今度は接客を終えた冴愛がトレイを携えたまま傍らに顔を近づけてきた。
源蔵は、周りの女性は皆さんハードルが高過ぎるとかぶりを振った。
「何か知らんけど、僕の周りは綺麗なひとが多過ぎて、ちょっと釣り合いが取れんていうか、僕の方が一方的に惨めな気分になりそうで……」
「いやいやいや、それはちょっと違うと思いますよ?」
早菜が幾分興奮気味に上体を乗り出してきた。
曰く、源蔵は結婚相手としては理想的だ、というのである。しかし源蔵は、それはどうなのかと却って疑問を呈した。
「よぅ考えて下さいよ? 夫婦ともなったら、夜の生活もありますよね? こんなゴリラ顔で皆さん、それでもヤろうって気になります?」
スマートフォンの画面を操作しながら、源蔵は渋い表情を返した。
すると早菜は、それは考え過ぎだとかぶりを振った。
「楠灘さんがカノジョ募集中っていってくれたら、私、立候補しますっ!」
早菜が更に勢い込んでぱっと手を挙げた。
すると冴愛も負けじと直立不動の姿勢で、同じ様に手を挙げた。
「じゃあウチも!」
「ちょーっと待って下さい、おふた方。僕にもちゃんとプランはあるんです」
源蔵は登録操作を途中で止めて、ふたりを落ち着かせようと両手で制する仕草を見せた。
ふたりはどういうことなのかと顔を見合わせている。
「僕は募集なんかしません。僕の方から、これはと思った女性にアタックかけます。女性の方から迫られてきても一切拒否します」
「えー、何でー?」
冴愛が物凄く不服そうな顔でぷぅっと頬を膨らませた。
こういう仕草は本当に可愛らしいのだから、同年代にもっと幾らでも彼女に相応しいイケメンは居るだろうにと思ってしまう。
「何かね、どう考えても裏がある様に思えてしまうんよ。ほら、嘘告とかドッキリとか」
「……オーナー、こないだから思ってたけど……それちょっと漫画とかラノベの読み過ぎじゃない?」
冴愛からの思わぬ反撃に、今度は源蔵の方が一瞬固まってしまった。
「え? そーなの?」
「楠灘さん……幾らなんでも、社会人でそんな暇なことするひと、居ないですって……」
早菜が苦笑しながら、やれやれとかぶりを振った。
恐らく彼女は、これだから恋愛偏差値ゼロのブサメンは、などと内心で呆れているに違いない。
すると今度は、更に操までもが参戦してきた。彼女は今の今までカウンター裏で洗い物に専念していた筈なのだが、源蔵達の会話はずっと捕捉していたのだろうか。
「もしそんな詐欺みたいなことしたら、多分周囲から凄く怒られると思います。流石に良い大人になって、そんな学生みたいなことは誰もしませんよ?」
操が可笑しそうに口元に手を当てながら、小さく肩を揺すった。
そうだったのか――源蔵は己の恋愛経験の無さを改めて露呈した格好だった。
「あー、でもオーナーの資産目当てってことは、あるかもねー」
と、ここで冴愛が中々不穏な台詞を口にした。
「だってホラ、その若さでお店とこの建物をぜーんぶ買い取っちゃうぐらい、セレブな訳でしょ? そりゃーやっぱり、お金目当てのハイエナ女も多少は居るかもねー」
「んもー、冴愛ちゃん、そーゆーこといわないの! それいっちゃったら、自分で自分の首、絞めることになっちゃうよ?」
早菜が眉間に皺を寄せて冴愛に睨みを利かせると、冴愛は、しまったとばかりに自身の口元を両掌で覆った。が、もう遅い。
源蔵は、確かにその線は捨てきれないと改めて考え込んでいた。
少なくとも、彼が相当な資産を持っていることを知っている女性は数名に絞られる。その女性達はまず、最初に篩にかける必要があるだろうか。
「あー、楠灘さん、今ここに居る子、全員除外って思ったでしょ?」
「いや、そらそうなるでしょ」
当たり前の様に答えた源蔵に、早菜は腕を組んで考え込んだ。
しかし源蔵は源蔵で、悩ましいことに変わりは無い。
「僕から声かけて付き合う相手を決めるって方針に変わりは無いんですけど、またこっ酷くフラれたらどないしようっていう恐怖感もあるんで、中々踏ん切り付かないのが悩みどころですかね」
「オーナー、また随分拗らせちゃってるね……」
冴愛が物凄く気の毒そうな顔で覗き込んできた。
源蔵は、そうなんですよと大きな溜息。
自分でも、分かっていた。しかしこの拗らせ具合を突破しなければ、明るい未来は待っていない。
どういう訳か、この場の全員が一斉に、深い深い溜息を漏らしていた。