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109.ブサメン、虚無る

 麗羅を彼女の自室に送り届け、後の介抱を眞子に任せてから、源蔵は居住棟内を徘徊した。

 遊玲玖の手の者が、何か余計な仕掛けを施していないかを調べる為である。が、それらしきものはどこにも見当たらない。

 矢張り所詮は平和な国、日本の住民だということであろう。物騒な手段を講じるところまでは、流石に頭が廻らなかった様だ。


(これがアメリカとかヨーロッパのヤバいとこやったら、こうはいかんかったやろな)


 内心で胸を撫で下ろしながら、源蔵は休憩室へと足を運んだ。

 実は源蔵、FBIによる証人保護プログラムを受ける前に、テロリストから自らの身を守る為にと、或る訓練を受けていた。

 彼がFBIの友人らに頼み込んで受けさせて貰ったのは、CIAなどで採用されているエージェント養成訓練課程だった。

 そこで源蔵は格闘術のみならず、隠れた敵や集団で襲いくる敵を排除する為のあらゆる技術を短期間で学び、そして習得した。

 あの時の訓練が今回、活きた格好だった。

 以前の源蔵であれば如何に格闘技の達人だとはいえ、空手の有段者三人を相手に廻して一瞬で勝負をつけることなど出来なかっただろう。

 更には、遊玲玖が麗羅を連れ込んだ部屋を突き止める際に用いた追跡術も、源蔵がアメリカで身につけた斥候兵技術の一端であった。

 僅か半年間だったとはいえ、己の命に関わることでもあったから、源蔵はそれこそ死に物狂いでひたすらに学び続けた。

 そして同時に彼は、データサイエンティストのスキルも並行して習得していた。

 帰国後、全く異なる職種に就いた時でも食っていける様にと考えた上での決断だった。

 データサイエンティストとは、膨大なデータを分析し、そこから洞察や新たな価値を導き出す専門家のことを指す。数学や統計学、プログラミングなどの知識とスキルを駆使し、ビジネスの意思決定をサポートすることを主な業務とするが、あらゆる業種のあらゆるデータを予備知識なしに分析可能となることから、かなり潰しの利く技術であるといえる。

 そしてその具体的な仕事内容はデータ収集、分析、可視化、モデル構築、結果の解釈と報告など多岐に亘り、その技量がラヴィアンローズの奇跡的なV字回復に繋がっている。

 ビジネス戦略、マーケティング、顧客行動、リスク管理など、幅広い分野で活用されていることから分かる通り、データサイエンティストをひとり雇い入れるだけで、その経営戦略は驚く程の拡大を見せることになる。

 結果的にではあるが、麗羅は源蔵を下に就けることで、遊玲玖や亜梨愛を圧倒的に凌ぐ頭脳を手に入れたといって良い。

 但し源蔵は、自身がデータサイエンティストであることを麗羅に対しては黙っている。彼は是枝執事と一部のラヴィアンローズ関係者だけに己の技量を開陳し、その経営戦略に活用させていた。

 是枝執事などは、


「是非お嬢様にお話下さいませ。そうすれば櫛原様の待遇も、もっと良くなるでしょう」


 と、事あるごとに進言してくれていたが、源蔵はその全てを拒絶していた。

 源蔵が今ここに居るのは、麗羅の夢を叶える為である。己の立身など、どうでも良かった。


(せやけど、今回の一件で敵はひとり、確実に減るやろな)


 遊玲玖は完全に墓穴を掘った。

 時房翁は絶対に、黙っていないだろう。源蔵の見るところ、平気で法を犯す様な輩を大財閥の当主に据えることなどあり得ないから、遊玲玖はこの時点で継承権レースから脱落したと見て良さそうだ。

 が、源蔵の気分はどうにも晴れることはなかった。

 今回、麗羅の身に危険が及んだのは、源蔵が遊玲玖を追い詰め過ぎたことが発端だったともいえる。


(僕の所為で、お嬢様があんな目に遭ったんやったとしたら、僕はお嬢様にとってはただの疫病神やな)


 ふと、そんな考えが脳裏を過った。

 源蔵が麗羅の傍らに居ることで彼女が不幸になるのなら、麗羅が都小路家の継承権を勝ち取った時点で、自分はすぐにでも彼女のもとから去るべきであろう。


(お嬢様には幸せになって貰いたいけど、僕が居ることで足を引っ張るなら、さっさと消えた方がエエよな)


 麗羅を貞操の危機から救ったのは間違い無く源蔵だが、しかし同時に、危険の種を蒔いたのも源蔵自身であるならば、これ程に皮肉な話は無い。

 ここ最近は麗羅も随分と打ち解けてくれている様子を見せていたが、結局のところ、源蔵は女性と良い縁を持つことが出来ない運命なのだろう。


(神崎さんは元カレとヨリ戻すし、上条さんには誤解与えるし……ホンマ、僕はどうしょうもない男やな)


 考えれば考える程、情けなくなってきた。矢張り自分には異性との縁は無いと諦めるしか無いだろう。

 と、そこへぱたぱたと廊下を駆けてくる足音が聞こえてきた。

 見ると、麗羅を介抱していた筈の眞子が居住棟内を慌ただしく走り回っていた。

 そして――。


「あ! 櫛原様、そんなところにいらっしゃったんですね!」


 どうやら彼女は、源蔵を探していたらしい。ということは、麗羅の介抱はもう済んだのだろうか。


「僕をお探しですか」

「あ、はい……っていうか、正確にはお嬢様が櫛原様をお探しなんですけどね!」


 源蔵は、思わず首を傾げた。何故麗羅が、自分を探す必要があるのか。

 訳が分からず眉間に皺を寄せていると、眞子は源蔵の手をぐいぐい引っ張り始めた。


「ほらほら、行きますよ! お嬢様がすぐにでも、櫛原様とお会いしたいって仰ってますから!」

「僕にですか? はて、何の用なんでしょね」


 尚も訝しげな顔で首を捻っていると、逆に眞子の方が驚いた顔を寄せてきた。


「なぁ~にいってんですか! 櫛原様はお嬢様を危機から救った恩人なんですよ! お嬢様が櫛原様とお会いしたいって思うのは、当然じゃないですか!」


 眞子が張り上げた声に、源蔵はどうにも釈然としない顔のまま、ずるずると引っ張られてゆく。


(僕みたいな疫病神と会うたところで、何もエエことないやろに……)


 源蔵は渋い表情のまま、眞子に連れられて麗羅の個室へと足を運んだ。

 そうして源蔵が麗羅の部屋に到着すると、美貌の主は薄手の部屋着姿で源蔵を出迎えた。

 その面は相変わらずうっすらと上気し、照れた様な笑みを湛えている。


「来てくれたのね……さ、櫛原さん、そこに座って、楽にして」


 この時、どういう訳か眞子はさっさと室を辞していってしまった。

 つまり今、この部屋の中には源蔵と麗羅のふたりしか居ない。

 余りの気まずさに、源蔵は何ともいえぬ虚無の表情を浮かべてしまった。

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