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107.ブサメン、残念な気分

 男の価値は、容姿には無い――麗羅が放った驚くべきひと言に、源蔵は困惑を隠せない。

 しかし、今すぐに結論を出す訳にはいかぬと判断した彼は、追々検討させて頂くという意味の言葉で何とかその場は誤魔化した。

 ともあれ、源蔵の料理の腕については麗羅達から太鼓判を押して貰った格好となった。源蔵はこの日の夕食からラヴィアンローズ専用厨房に立つ運びとなった。

 業務棟内で働くラヴィアンローズの事務方連中は驚きを禁じ得ない様子だったが、是枝執事と侍女の眞子による説明と大絶賛の連続で、ひとまず事無きを得た。

 そして実際、源蔵が手掛けたその日の夕食はラヴィアンローズ関係者全員から、称賛の嵐を浴びた。


(ちょっと大袈裟ちゃうかな……)


 洗い物を片付け終えてから、源蔵はしきりと首を捻りながら自身の個室がある居住棟へと足を向けた。


(せやけど、お嬢様も大概やな……僕のどこに、そないに惚れ込む要素があんねんな……)


 自室に戻る途中、源蔵は尚も疑念に疑念を重ねて自問し続けていたが、結局答えが出なかった。

 麗羅程の美女にとって、禿げのブサメンなんぞにどれ程の価値があるのか。

 全く分からない。


(アレかな……珍獣でも見てる様な気分とちゃうかな)


 源蔵を人間の男、つまり異性として見ているのではなく、動物園の檻の中に居るちょっと変わった種の獣か何かを見る様な発想なのかも知れない。

 そう考えると、何となく腑に落ちた。

 恐らく麗羅が抱いている感情は、単なる気の迷いだ。それ以外に説明のしようが無い。

 しかし源蔵個人としては、すっきりと納得のゆく答えだった。であれば、どうせ麗羅もそのうち飽きて、この日放った台詞などすっかり忘れてしまうことだろう。


(絶対そうやな……あー、これですっきりしたわ)


 何となく、喉の奥につっかえていたものが綺麗さっぱり取り除くことが出来た様な気分だった。

 ところが――。


「あぁ、櫛原様。お戻りになられましたか」


 どういう訳か、源蔵の個室前の廊下に是枝執事がぴんと背筋を伸ばして佇んでいた。こんなところで一体何をしているのかと、源蔵は思わず眉間に皺を寄せてしまった。


「夜分遅くに申し訳御座いませんが、少し、お時間を頂戴願います」


 言葉こそは丁寧だったが、何となく有無をいわせぬ迫力が言葉の端々に感じられた。

 源蔵は業務用の手荷物を自室内に放り込んでから、是枝執事と共に近くの休憩室へと足を運んだ。


「実は、麗羅お嬢様のことで少しばかり、御耳に入れさせて頂きたいことが御座いまして」

「何か問題でも?」


 てっきり、業務関連の話かと思った源蔵は一瞬で仕事モードに頭を切り替えたが、しかし是枝執事はプライベートな話です、などと驚くべきひと言を放ってきた。


「実は麗羅お嬢様にはかつて、幼馴染みの婚約者がいらっしゃいました」


 休憩室内のテーブルで差し向かいに腰を下ろした是枝執事は、いきなりとんでもない話題を振ってきた。

 源蔵は慌てて周囲に視線を走らせてから、声を潜めた。


「いやいや是枝さん……流石にそういう話を僕にするのは、拙いでしょう」

「いえ、櫛原様……寧ろ、逆で御座います。櫛原様だからこそ、是非にも御耳に入れさせて頂きたいのです」


 是枝執事の神妙な面持ちに、源蔵は混乱し始めていた。

 何故、麗羅の過去について自分が聞かされなければならないのか。その必要性が全く分からない。

 しかし是枝執事は源蔵の困惑などまるで知らぬといわんばかりに、更に言葉を繋いだ。


「お嬢様と元婚約者様は、小さい頃から大の仲良しでして、おふたりが御結婚なさるのは誰の目から見ても当然の流れで御座いました」


 ところが、その婚約が相手の方から一方的に破棄されたのだという。

 そしてその原因は清彦の娘、亜梨愛にあった様だ。彼女が麗羅の幼馴染みを誘惑し、婚約者の座を奪い取ってしまったというのである。

 最初は全く相手にもしていなかった元婚約者だったが、麗羅が都小路家の継承者として頑張り過ぎる姿に嫌気が差したのか、次第に亜梨愛へと心が傾いていったらしい。

 婚約破棄をいい渡された時、麗羅は酷く落ち込んでいたという。その心の傷は長い間彼女の精神を蝕んでいた様だが、そのツラそうな表情がここ最近、随分と和らいできたというのである。


「ははぁ……それは、まぁ、良かったですね」

「何を他人事みたいに……お嬢様を立ち直らせて下さったのは、ひとえに櫛原様のお力があればこそ、なのですよ。今やお嬢様は、かつての婚約者のことなどほとんどお忘れになられた御様子。それもこれも櫛原様、貴方の存在が大変に大きいからで御座います」


 是枝執事の口から吐き出された、信じられない台詞。

 しかし源蔵は、一笑に付した。


「ははは……いきなり何をいい出すかと思ったら、んなアホな」


 そんな馬鹿な話が、あろう筈がない。

 麗羅が立ち直ったとすれば、それは彼女自身の精神力がなし得たことだ。自分の様なブサメンが彼女の心に癒しや安らぎの類のものを与えられる筈がない。


「そらまぁ、お仕事面ではそれなりに頑張りました。けど、そんなもんで婚約者から受けた裏切りの心の傷が、そないに簡単に癒える訳ないでしょう。僕は何もしてませんよ。麗羅お嬢様ご自身の、御心の強さがツラい過去に勝った……単純にそれだけの話です」


 源蔵は心の底からの自信を持って、はっきりといい切った。自分の様な禿げのブサメンが麗羅程の絶世の美女の心を癒すなど、絶対にあり得ない。

 そんなことは天地がひっくり返っても起きよう筈がないだろう。

 流石にもう、これ以上この話題を続けるのは馬鹿馬鹿しくなってきた。

 源蔵はさっと立ち上がり、踵を返した。


「あ、く、櫛原様! まだ、わたくしめの話は……」

「いえいえ、もう十分ですって。明日も仕事ありますんで、今日はもうお開きとさせて下さい」


 それだけいい残して、源蔵は自室へと引き返した。

 しかし、是枝執事も非常に優秀な人物である筈なのに、一体何をどう解釈すれば、あんな話になるのだろうか――源蔵は少しばかり、残念な気分だった。


(とはいえ、お嬢様にもそないなツラい過去があったんやな……ってことは、亜梨愛お嬢様にも少し、お灸を据えてやらんとな)


 源蔵の腹の底に、新たな戦闘意欲が湧いてきた。

 麗羅の為に、更にもう一段階、清彦一家を叩きのめす為のギアを上げてゆかねばならないだろう。

 自らに気合を入れるべく、源蔵は両掌で己の頬を軽く張った。

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