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106.ブサメン、気圧される

 都小路邸、業務棟内。

 源蔵は麗羅、是枝執事、侍女の眞子といった面々を引き連れてラヴィアンローズ専用厨房へと辿り着き、早速調理台の前に立った。

 麗羅達はすぐ近くの盛り付け台前にパイプ椅子を並べて、源蔵の一挙手一投足にじっと見入っている。


(そないに注目せないかんか……)


 内心で苦笑を浮かべつつ、源蔵は慣れた手つきでフライパンを振るい、ものの十数分程度で三人分のオムライスを完成させた。


「わっ……すっごく美味しそうです……」


 盛り付け台に並べられた三枚のプレートを、眞子が涎を垂らしながらじぃっと凝視した。


「いや……見ててもしゃあないんで、どうぞ召し上がって下さい」

「あ、それじゃ、遠慮なく……」


 それまで、半ば呆然とオムライスの出来栄えに心奪われた様子だった麗羅も、源蔵に声をかけられたところで幾分慌てた様子でスプーンを握った。

 そうして是枝執事や眞子と同じ様な所作で、半ば恐る恐るといった感じでアツアツのオムライスを口に運んでゆく。

 やがて、三人の表情が驚きと歓喜の色に染まった。


「え……え……な、何コレ……凄く、美味しいんだけど……」

「おお……櫛原様……これは何とも美味な……」


 麗羅と是枝執事は表現すべき言葉が見つからないといった様子で、両目を瞬かせている。その一方で眞子は、左掌を頬に当てて、うっとりと味わっていた。


「はわわぁ~……玉子がとろっとろでぇ、ご飯もふんわりしてて……味付けも絶妙ですぅ……」

「八奈見さん、食レポお上手ですね」


 使い終わったフライパンを洗いながら、源蔵は苦笑を滲ませた。

 眞子が食いしん坊なのは少し前から分かっていたが、こんなにも細かく表現してくれるとは、流石に思っても見なかった。

 その一方で麗羅は余程に源蔵のオムライスが気に入ったのか、黙々と一心不乱にスプーンを動かし続け、三人の中で一番早く完食していた。

 そして彼女は突然、物凄い勢いで立ち上がった。その衝撃で、大きな胸が盛大に揺れた。


「く、櫛原さん……あなた、お店出す気、無い? その腕なら絶対イケるわ! わたしが完璧にプロデュースしてみせるから、その、考えてみない?」

「いや、それはちょっと……」


 フライパンを元の調理器具置き場に戻してから、源蔵は剃り上げた頭を掻いた。

 もう間も無く、美月がオーナーシェフとしてデビューしようとしているところに、源蔵が同じ世界に足を踏み出すのは流石に拙い。

 楠灘源蔵は、死んだことになっているのだ。そこに瓜ふたつの男がシェフデビューし、美月の耳に入ろうものなら、確実に混乱が生じる。

 証人保護プログラムを自ら破る様な真似をすれば、FBIとの関係性にもヒビが入ってしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。


「お気持ちは有り難いんですけど、一身上の都合で、僕はお店出せないんです」

「え、そうなの……何だか、その……凄く、勿体無いわね……」


 出鼻を挫かれた様子で、麗羅はパイプ椅子にぺたんと腰を下ろした。

 すると今度は是枝執事と眞子が、麗羅専属シェフになって貰うのはどうか、などと別案を出してきた。


「櫛原様の腕なら、お嬢様の専属料理人として十分、やっていけますぞ」

「はいっ、あたしもそれがイイと思います! 櫛原様が作って下さるお料理なら、あたし毎日でも食べたいですっ!」


 どうにも、奇妙な方向に話が流れ始めてきた。

 源蔵が麗羅の下に就いたのは、飽くまでもIT技術補佐としてである。

 目ぼしい料理人が見つかるまでの間だけ代わりに厨房に立つつもりだったが、この先もずっと麗羅の為に料理を作り続けるというのは、正直なところ、全く考えてもいなかった。

 ところが麗羅はというと、是枝執事と眞子からの進言を受けて、真剣に考える仕草を見せていた。


「イイわね、それ……わたしも、櫛原さんのお料理なら、何だかこの先、ずっとやっていけそうな気がするわ……」

「いやいや、お嬢様、僕はダイナミックソフトウェアからの、ただの出向なので……」


 これ以上この空気のままで話が流れ続けるのは拙いと判断した源蔵。

 ところが麗羅は必要ならばダイナミックソフトウェアの社長にも直接申し入れる、などといい出してきた。


「ねぇ櫛原さん。本当に、真剣に考えてくれない? わたし、あなたを手放したくない」

「いやちょっとお嬢様……そういう台詞はそんな軽々しゅう口にしたらあきませんって」


 源蔵は冷や汗が止まらない。

 ほんの軽い気持ちで、しばらくの間だけシェフ代行を務めてやろうなどと考えたに過ぎなかったのだが、まさかこんな大事になろうとは。

 ところが麗羅も、そして是枝執事も眞子も、全く引き下がる気配を見せなかった。


「それにね、櫛原さん。わたしは別に、あなたの料理の腕だけを見込んでるって訳じゃないのよ」


 この時、麗羅は何故か神妙な面持ちで、その類稀なる美貌を寄せてきた。

 彼女は一体、何をいわんとしているのか。源蔵はふと、嫌な予感を覚えた。


「ラヴィアンローズがあんなにも売り上げが回復したり……それだけじゃないわ。櫛原さんが来てから、わたしずっと思ってたの。あなた……ただの評価担当なんかじゃないわね」


 麗羅はまるで、何かを確信したかの様な鋭い眼光を煌めかせた。その表情には、自信すら伺える。


「櫛原さんってね、今までのIT技術補佐とは決定的に違うのよ……仕事を進める時の表情とか、仕草とか、手の動きとか……全然迷いが無くて、自信に満ち溢れてて……わたし、ITのことにはそんなに明るくないけど、ひとを見る目には自信あるの。櫛原さん、あなたの仕事ぶり……デキるひとだけに共通する凄みっていうか、迫力が具わってるの。それだけは、間違い無いわ」


 だから麗羅は、源蔵をこのまま自分の手元に置いておきたいというのである。

 源蔵は、己の迂闊さを呪った。

 まさかそんなところまで見られているとは、正直なところ、想定外だった。


「いやぁ……せやけど、僕はほら、こんな不細工で、頭禿げてますし」

「あのね、櫛原さん……わたしにいわせれば、男の価値はそこじゃないの。あなたは、見た目なんかじゃ測り切れないぐらい、凄い才能と腕前の持ち主なの。わたしはね、そこに惚れたの」


 とんでもない台詞が、目の前の絶世の美女の口から飛び出してきた。

 源蔵は、ただただ気圧されるばかりだった。

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