105.ブサメン、シェフを兼ねる
週に一度、都小路家の面々が一堂に会して行われる、業績報告会。
最初の内は全くお呼びがかからなかった源蔵だが、遊玲玖と亜梨愛の輸入雑貨業者が罠にかかってウィルス感染して以降は、どういう訳か彼も召集される運びとなった。
時房翁曰く、清彦や雅恵、そして麗羅が運営する会社にも被害が及ばぬ様に情報を共有すべきだ、ということらしい。
そこでそれぞれのIT技術補佐担当も業績報告会の場に参加することとなり、セキュリティ状況についての報告も求められる格好となった。
(流石、都小路家……ただの会議室やのに、豪勢な調度品揃いやなぁ)
そんなことを思いながら、業務棟一階にある会議室に足を踏み入れた源蔵。
この時、清彦一家から突き刺さる様な視線が飛んできたが、彼は白々しく素知らぬ風を装った。
恐らく連中は、ラヴィアンローズの業務データをいつもの様に盗み見ようとしてウィルスに感染したことまでは把握しているのだろう。
となると、真っ先に疑われるのは矢張り新任のIT技術補佐担当の源蔵ということになる訳だが、清彦一家としてもラヴィアンローズのデータを盗み見ていたことを時房翁の前で白状する訳にもいかず、ただひたすら、敵意に満ちた視線をぶつけてくることしか出来ない様子だった。
「ではまず、遊玲玖と亜梨愛の会社のサーバー復旧状態から報告しなさい」
時房翁からの指示を受けて、ふたりはそれぞれのIT技術補佐担当に報告させたものの、いまひとつ要領を得ない。どこまで解析が進み、どこまで復旧出来たのか、しっかり把握出来ていないことが窺える。
矢張り清彦一家の下に就いているIT技術補佐担当らは、評価担当レベルとまではいかなくとも、スキル的には然程レベルの高くない連中が揃っていると見て良さそうだった。
やがて報告内容は各人の一週間の業績へと移ってゆく。
麗羅が率いるラヴィアンローズは、その売り上げに於いて急激なV字回復を見せている。遊玲玖と亜梨愛のみならず、清彦や雅恵でさえ焦燥感を滲ませているのは、無理からぬ話であろう。
いずれ近いうちに、麗羅が清彦一家を抑えてトップに立つのは間違い無い。
勿論、清彦一家とてこのまま黙ってはいないだろうが。
そうしてひと通りの報告が終わったところで、清彦がじろりと源蔵を睨みつけてきた。
「ところで櫛原君……ラヴィアンローズのデータサーバーは無事だった様だが、何か特別な措置でも講じていたのかね?」
「いえ、普通にウィルス対策ソフトを導入していた程度です」
源蔵は何食わぬ顔で、しれっと答えた。
実のところ、源蔵が導入したセキュリティと権限管理は、大手メーカーでも特に社外秘や関係者外秘レベルに適用される高度なものだったが、しかしここではおくびにも出さない。
自分はあくまでも凡庸な評価担当レベルの技術しか持たないことを、清彦一家に印象付けておく必要がある。源蔵は自身でも少々わざとらしいと思う程に、凡庸な男を演じ続けた。
「ふん……まさかとは思うが麗羅、お前、櫛原さん以外に腕利きのIT技術者を秘密裏に雇っているんじゃないだろうな?」
ここで遊玲玖が、忌々しげな顔つきで麗羅にいいがかりをぶつけてきた。
対する麗羅はその美貌にしかめっ面を浮かべて、逆に遊玲玖を睨み返した。
「そんなこと、出来る訳ないじゃない……IT技術補佐に限らず、継承権争いに関わる人事は全て、御爺様と清彦叔父様が一手に握ってるじゃないの」
「ふん、どうだか……」
尚も不満げにぶつぶつと文句を並べている遊玲玖。
麗羅は小さな溜息を漏らしてから、源蔵に対して申し訳無さそうな面を向けてきた。
しかし、この状況は源蔵にとっては好都合だった。
清彦一家は今回の一件では源蔵ではなく、外部に居る協力者の存在を疑っている。
濡れ衣を着せられた格好の麗羅には申し訳ないが、これなら源蔵に疑いの目が向けられることも無い為、彼にとっては有り難い状況だった。
「まぁ良い……いずれ必ず、尻尾を掴んでやるからな」
遊玲玖は尚も挑戦的な視線を麗羅にぶつけてきているが、彼の台詞は全く以て逆恨みも良いところだ。
これまでに遊玲玖や亜梨愛が麗羅に対して仕掛けていた不正の数々を考えれば、とてもそんな台詞は出てこない筈なのだが。
(どこまでも自己中なひとばっかやな……)
源蔵は内心で呆れた。
しかし、こういう悪辣な連中であるからこそ、源蔵としても手加減する気が失せた訳である。自業自得といって良いだろう。
ともあれ、業務報告会は滞りなく終了した。
都小路家の面々はそれぞれの業務室へと引き返し、残りの仕事へと着手する。
ところが麗羅の業務室に帰り着いたところで、是枝執事が随分と慌てた様子で麗羅に駆け寄ってきた。
「お嬢様、一大事で御座います」
曰く、麗羅付きの厨房担当シェフが急遽解任され、新しいシェフが近々着任することになったということらしい。その新任シェフは調理師としては経歴が浅く、調理師免許も持っていないという話だった。
「……叔父様からの嫌がらせ、かしらね」
麗羅は深刻な面持ちで、豊かな胸を抑えつける様な形で腕を組んだ。
事業では打撃を与えることが出来ないから、生活面で追い込んでやろうという意図が見え見えである。
麗羅自身は然程に美味な料理に拘る気は無さそうだったが、是枝執事や侍女の眞子、更には源蔵以外のラヴィアンローズ事務担当らが受ける心理的打撃は決して小さくないだろう。
「困ったわね……あのシェフの腕は確かだったし、皆も彼の料理は大のお気に入りだったから……モチベーションが下がらなければ良いんだけど……」
流石に麗羅も、今回ばかりは困り切った様子だった。
ところが、源蔵は全く悲観していなかった。
「あの……もし良かったら、僕が皆さんのお食事、御用意しましょうか?」
「え……櫛原様、お料理も出来ちゃうんですか?」
最初に食いついてきたのは、侍女の眞子だった。彼女は可愛らしい顔に驚きの色を浮かべて、物凄い勢いで源蔵の巨躯に歩を寄せてきた。
一方、麗羅も驚きを禁じ得ない様子だった。まさか、一介の評価担当に過ぎない源蔵に、料理の腕があるなどとは思っても見なかったのだろう。
「櫛原さん……本当にそんなこと、出来ちゃうの……?」
「ちょっと厨房、お借りして宜しいですか? 僕の腕前で皆さんが満足して頂けるか、まずはその点をしっかり吟味しとかんと」
そんな訳で源蔵は、業務棟内にあるラヴィアンローズ専用の厨房へと足を運んだ。
麗羅も眞子も、そして是枝執事も興味津々の面持ちで、源蔵の後に続いた。