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103.ブサメン、戦意高揚

 その日の夜、源蔵は業務棟内の小会議室で麗羅と顔を突き合わせていた。

 今後、源蔵が担当する具体的な業務内容について、主人である麗羅と細かく打ち合わせておく為である。


「継承権争いの為に任される事業は、輸入雑貨か輸入家具の販売代理店よ。わたしと遊玲玖、亜梨愛は輸入雑貨を、叔父さん夫婦は輸入家具を扱ってるわ」


 そしてそれぞれが任される法人だが、顧客に対しては都小路財閥の傘下にあることは伏せられている。

 大財閥がバックに居ることが知られてしまうと、顧客は必要以上に便宜を図ろうとする可能性があり、公平性が損なわれてしまう恐れがあったからだ。


「だからこの後継者争いは、純粋な実力勝負。経営力、組織力、販売力、情報力……それらが包括的に評価されることになるの」


 麗羅が指揮する輸入雑貨法人『ラヴィアンローズ』は、一般的な小規模輸入雑貨会社として見れば然程に悪い業績ではない。

 しかし遊玲玖と亜梨愛が擁する法人は、ラヴィアンローズの倍近い売り上げを誇っており、一朝一夕では逆転が難しいというのである。


「でも……父さんと母さんがここまで育て上げた財閥を、あのひと達の好きにはさせたくない……だから、わたしも負けられないの」


 そこで麗羅は大きな溜息を漏らした。

 現当主の時房翁は間違い無く都小路財閥の創始者ではあるが、実際に今の規模にまで財力を拡大させたのは、今は亡き麗羅の両親なのだという。

 今の時房翁は次の財閥継承権者が誕生するまでの繋ぎに過ぎず、勝負がついたところで即刻引退する構えであるらしい。


「御爺様にもこれ以上の無理はさせられない……でもだからといって、わたしが今すぐ、叔父様達を逆転出来る訳でもないし……」


 麗羅の美貌には、初めて顔を合わせた時と同じく諦観の様な色が浮かんでいる。

 彼女としても、都小路をこのまま手放したくはないのだろうが、今までの業績が余りに振るわない為、半ば心が折れかけているのだろう。

 そこまで追い詰められても尚、IT技術補佐をわざわざ雇い入れる訳だから、まだ少しぐらいは戦う意欲が残っていると見て良さそうだった。


「今までIT技術補佐担当が入れ代わり立ち代わりで解雇と雇用を繰り返していたのは、何でですか?」

「彼らは、悪くない……全部わたしの責任なの」


 麗羅は苦しげに呻いた。

 曰く、過去のIT技術補佐達はラヴィアンローズの業績不振の責任を負わされ、半ば強制的に首を切られていたらしい。それらの解雇手続きを取ってきたのは、時房翁だという話だった。


「御爺様はわたしの為に良かれと思って、次々と交代させているみたい……わたしがいうのも何だけど、御爺様はわたしの味方で居てくれようとしているの。でも全然業績が振るわないから、仕方なくIT技術補佐に責任を負わせる形で何とか時間を稼いで、わたしを叔父様達と同じ土俵に立たせてくれているの」


 成程、そういうことか――源蔵は静かに頷き返した。

 つまり源蔵自身も、ラヴィアンローズの業績が上向かなければすぐにでも首が切られるという訳だ。


「ところで、過去のIT技術補佐の皆さんの技術レベルは、どんな感じでした?」

「えっと……確か自社では評価担当を担っているひと達ばっかり、って聞いたけど」


 その瞬間、源蔵は思わず天を仰いだ。

 評価担当などに、技術補佐が務まる訳がない。彼らはいわば、上から指示されて対象を検証し、その結果を報告するだけの存在に過ぎない。

 自らの頭で考えて設計や開発を進め、仕様書やコードを書き、デバッグを実行するという技術はほとんど持ち得ないのである。

 その程度の技術しかない者に、IT技術補佐など務まる筈もない。

 そして麗羅曰く、IT技術補佐の人事を担当しているのは時房翁本人だという話だが、しかし実質的には清彦が人事部に介入して、自分達に有利な人選を進めているという裏があるらしい。

 だから常に、清彦一家とは一段も二段も劣るIT技術補佐があてがわれることになるのだという。


「櫛原さんも確か、御自身の会社では評価担当だったわね……でも、そう気負わないでね。今までだって皆、そうとも知らずにここへ派遣されてきたんだから……例え業績が振るわなくとも、それはあなたの所為じゃないから。責任は全部、わたしにあるから。だから例え、ラヴィアンローズの業績が振るわないからって理由で首になっても、それはあなたが悪い訳じゃないから」


 麗羅はその端正な面に、物凄く気の毒そうな色を浮かべて源蔵の強面を覗き込んできた。

 今の段階から、源蔵の不安を何とか拭っておいてやろうという気遣いが感じられる。麗羅は例え源蔵の首が切られたとしても、ダイナミックソフトウェアに対しては不当に低い人事評価を告げることはしないだろう。

 恐らく、今までの歴代IT技術補佐達も麗羅の気遣いによって救われてきたのではないだろうか。


(このお嬢さん……だいぶん、苦労してきはったんやなぁ)


 源蔵はふと、麗羅のことを助けてやりたいと思った。

 これまでのIT技術補佐達の本職は評価担当だったから、麗羅を技術的に助けることが出来なかった。

 だが今回は違う。

 一応表面上の立場は、源蔵もまた矢張り同じく評価担当だ。が、その実力はひとつのシステムを自力で組み上げることが出来る上級エンジニアだ。

 更にいえば自らハッキングして法人サーバーに侵入することが可能な程度のネットワーク技術も持っている。今までのIT技術補佐達とは、実力レベルで雲泥の差があった。

 恐らく清彦は、源蔵のダイナミックソフトウェアに於ける業務担当だけを見て、彼を麗羅の下に就かせたのだろう。

 それが、今回ばかりは仇となった。


(しゃあないな……このお嬢さん、決して悪いひとやなさそうやし……僕がちょっと、一肌脱ごか)


 源蔵は腹を括った。

 当初は、権力争いの中で下手に実力を発揮してしまうと、色々面倒なことに巻き込まれるからとなるべく避ける方向で考えていたのだが、麗羅のこれまでの苦労や彼女のひとの好さを知るにつけて、助けてやりたいと思う様になっていた。


(どれ……ひとつ、あの御家族にぎゃふんといわせてみるか)


 すっかり諦めた様子で暗い表情を浮かべている麗羅の沈んだ美貌を、源蔵はこっそりと覗き見た。

 必ずや、この美貌に希望の明るい笑顔を咲かせてみせる――源蔵の腹の底で密かに、闘志が湧いた。

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