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101.ブサメン、権力争いに放り込まれる

 都小路財閥は、何代にも亘って傑物を輩出してきた国内屈指の巨大財閥グループである。

 その直系家族は成人に達した段階で財閥内のいずれかの小規模事業を担当し、その事業成績によって当主継承権争いを勝ち抜かなければならない。

 ダイナミックソフトウェアで美彩とのバディ制度上のチームが解消された源蔵は、今度はその都小路財閥内の小規模事業同士による争いの中に放り込まれることとなった。

 由歌をラブホテルに無理やり連れ込もうとしたという噂は、懲戒免職となった良亮の策略だったことが大々的に通達されたものの、社内に於ける微妙な空気はすぐには払拭されず、源蔵に向けられる何ともいい難い視線はそうそう簡単に消え去るものではなかった。

 そこで末永課長が、IT技術補佐を求めている都小路財閥の直系家族子女のもとに、出向という形で源蔵を送り込むことにした。

 この処置に依って源蔵は事実上、ダイナミックソフトウェアでの業務から解放され、社屋内で腫物の如く扱われる毎日から解放される運びとなった訳である。

 が――。


(何や知らんけど、変な権力争いの渦中に放り込まれた様な気がせんでもないなぁ)


 神奈川県内某所にある、都小路家の超巨大豪邸内に案内されつつ、源蔵は何ともいえぬ微妙な顔つきで絢爛豪華たる内装に目を奪われてしまった。

 こんなにも金が有り余っている様な大財閥の中に、ひとりの技術者として半ば孤立無援の形で投入されるというのは、普通では中々あり得ない経験であろう。

 しかも今回源蔵が仕える相手というのが、当主継承権筆頭権者でありながら、妾腹の叔父夫妻とその子供達に事業成績で苦杯を舐め続け、継承権剥奪の危機に陥っている人物ということらしい。

 いわば、いきなり負け戦の軍師に任命された様なものである。

 勿論、源蔵自身に何らかの責任が負わされる訳ではなく、業務としてはただ主人の仕事の手伝いをすれば、それで良いだけであった。

 が、今にも追い落とされようとしている人物がこれから自身が仕える相手である。

 どう接すれば良いものかと、大いに迷う部分もあった。


(まぁ……あんまり出しゃばらん様にしとこか……)


 そんなことを考えながら応接室で待たされること数分、漸く源蔵の主人となるべき人物が姿を現した。


「お待たせしちゃって、悪いわね……」


 どこか疲れた様な表情で足を踏み入れてきたのは、源蔵が思わず内心で溜息を漏らしてしまう程の絶世の美女だった。

 名を、都小路麗羅(みやこうじれいら)という。

 艶やかなキャラメルブラウンのロングレイヤーカットを揺らしながら、応接卓を挟んで反対側のソファーにゆっくりと腰を下ろしたその姿は、まさに大財閥の令嬢に相応しい貫禄と威厳を具えていた。

 が、事前に聞いていた情報の通り、妾腹の叔父夫妻やその子供達に日々苦戦を続けている様子というのが、その暗い表情からも垣間見える。

 相当、精神的に参っているのだろう。

 それでも何とか起丈に振る舞おうとしているのが、源蔵の目から見ても分かる。

 本来であれば、麗羅は何の苦労も無く都小路財閥の全ての権利を手中に収めることが出来る筈だった。しかし現当主の息子で長男に当たる彼女の父が、妻共々事故で急死し、その立場は微妙なものになったという。

 現在、麗羅と継承権争いをしている叔父は、現当主が気まぐれに迎えた妾の子に過ぎず、いわば血筋としては傍系に当たる。

 ところが麗羅の両親が死亡したことで、急遽継承権争いの中に浮上してきたということらしい。

 この叔父夫妻とその子供達というのが中々やり手で、しかも辛辣な連中だという話だった。

 麗羅はひとり、孤立無援の状態で妾腹の叔父家族と戦い続けているというのが現状なのだという。


(でもって、継承権争いのベースとなる小規模事業運営でも、片っ端から負け続けてんのか……またエラいひとの下につく破目になってしもたなぁ)


 麗羅との挨拶を交わしながら、源蔵は内心で大きな溜息を漏らした。

 それにしても、少しばかり気になる点がある。

 今まで、麗羅に仕えていたIT技術補佐達は数週間も持たずに次々と辞職していったという話を聞かされていた。麗羅個人に問題があるのか、それともこの継承権争い自体が余りに苛烈で、精神的に参ってしまったのだろうか。

 源蔵は失礼を承知でそんな意味の問いかけを投げかけてみたが、麗羅はただ寂しそうに薄く笑うばかりで、明瞭な回答は口にしなかった。


「そうね……やっていればそのうち、分かる様になるわ……」


 どこか諦めた様子の、力無い笑み。

 完璧といって良い程の整った美貌には、まるで似つかわしくない敗残兵の如き暗さを漂わせていた。


(ふぅん……まぁ別にエエけど)


 それにしても、と源蔵は麗羅の左右に視線を這わせた。

 彼女が座すソファーの両隣には侍女と執事がひとりずつ、黙然と佇んでいる。このふたりも、微妙に諦観を漂わせた顔つきを見せていた。

 自分達が仕えるべき相手に絶望しているのか、それとも自らの不甲斐なさを恥じているのか。

 今の段階では、源蔵には分からない。

 しかしひとつだけはっきりしているのは、負け戦の軍師として放り込まれたという感想はあながち間違いではなかったという事実である。

 果たして無事にやっていけるだろうか。


(まぁまずは……何が拙くて、叔父家族の皆さんにやり込められてんのか……そこを分析せんとな)


 挨拶を終え、執事から業務内容について説明を受ける間、源蔵の頭の中では今後どの様に立ち回るべきかという思考が始まっていた。

 権力争いの中では、兎に角目立たないことに尽きる。

 下手に頭角を現してしまうと、大体何らかの面倒な事態に巻き込まれるのが世の常だ。

 それは白富士に居た頃から、嫌という程に痛感してきた。


(ま、今回はただの補助的な仕事ばっかりやし……気楽にいこかな)


 しかし、その源蔵の読みは甘かったといわざるを得ない。

 今後彼は、麗羅が継承権筆頭権者に返り咲く為の切り札として、その圧倒的な頭脳とスキルを大いに発揮してゆくことになる訳だが、今の時点では想像だにしていなかった。

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